いつかの約束
「……最近、会うたびにそんな顔してますね」
「参考までに、どんな顔なのか聞いていい?」
「え、なんでしょう……ん、と…………ポジティブに、困っているような?」
「………………意外と、チョロいのかな、俺」
イスティア街区の小さな酒場――いつもの待ち合わせ場所へと赴いた俺は、観察眼に優れた相棒からの指摘に苦笑いを浮かべていた。
俺とニアのアレコレをそれとなく伝えているため、事情を知る少女はあちらも少々困ったように曖昧な笑顔をして見せる。
……いやまあ、そりゃ困るよなと。所構わず表へ出して褒められるようなものでもない、感情の切り替えとコントロールは気を付けておこう。
「そしたら……とりあえずコレ。細工師殿から受け取ったソラの分ね」
「わ……ありがとうございます!」
パートナーゆえにインベントリは共有なのだが、こういうのは形が大事だ。
全てのプレイヤーが備える異次元収納から取り出したアクセサリーをカウンターの上に並べれば、それら一級品の輝きを映す琥珀色の瞳がキラキラと輝いた。
「とっても綺麗――です、けど……」
と、嬉しそうなのは間違いないのだが、またしてもソラは困ったような顔。
はて?――そう首を傾げる俺の前で、とりあえず左右の腕輪を身に着けた彼女は……席から立つと、俺に見せるようにしてクルリと一回転。
「あの、どうでしょう?」
どうでしょうって、なにが?
膝丈スカートがフワってなった時点で、俺に限らず男が口にできる感想など一つしか存在しないんだけど???
「今日も俺のパートナーは可愛いですが」
「……、……今日もハルはハルですね」
もはや慣れ切ってしまったのだろう。ほんのり頬を染めたりはするものの、ソラはペシッと俺の肩を叩きながらお澄まし顔。
こう言っちゃ悪いが、これに関してはお互い様だ。よくよく考えれば、直球で褒めてくるのは俺よりむしろソラの方が頻度高めであるからして。
やれ素敵だの、格好良いだのと――拗らせてる俺が相手じゃなければ、何度やられていたかわからないぞ、この美少女め。
「ごめんごめん。で、『どう』ってなにが?」
「もうっ……あの、〝色〟です。服が青と白で、首輪が赤……それから髪がこんな色ですし、今度は緑まで加わってチグハグになってませんか?」
「ん? んー……!」
左腕の【仮説:王道を謡う楔鎧】が若干ゴツいので合わせてくれたのだろう。俺が受け取った【翡王翠の腕輪】は対になるようデザインされた幅広バングルなのだが、そこは流石のニアちゃん。
俺とソラとではガラッと造りを変えており、細身のブレスレットタイプの腕輪は自己主張の少ない代物となっている。
ただし――
「色は別に? ただ、なんだろう……こう、服が完成され過ぎてるせいで……」
「あはは……やっぱり、ちょっと浮いちゃいますよね」
決して、悪くはないんだけどね?
ただやはり、そちらもニア渾身の【蒼空の天衣】の完成度が高過ぎるせいで違和感になってしまっているのは否めな――んんんんんんん???
「ちょっと待って今なにした?」
「はい?」
どうしたもんかと首を捻っている最中、パッと両腕から姿を消したアクセサリーに思考を全て持っていかれる。
インベントリを開いて放り込んだのではない。ただソラが一度二度と腕輪をタップしたかと思えば、クイックチェンジスキルのようなエフェクトも無しにスッと消えてしまったのだ。
「なにって、あの……非表示設定に」
「非表示設定???」
「え、と……アクセサリーに関しては、高位の職人さんならそういった細工もできるんですよ? ニアさんが付けてくれていたようなので、使ってみました」
「はぇえ……」
お洒落さんには嬉しいであろうファッション機能に感心しつつ、俺もソラを真似して腕輪をつついてみる。
俺のには無かった。なんで……。
「あとは……これで、良しですねっ」
「うん、似合ってるよ……」
ブレスレットよりも更に衣装を邪魔しない指輪は、左手の中指に。そして髪紐タイプの魔晶アクセは、元から一つ結びにしていた長い髪のワンポイントに。
それらもやはりニアが意図したものだったのだろう。新たな輝きがバッチリ嵌まり込んだ我がパートナー殿は、重ねて今日も可愛らしく何よりである。
で、そんな彼女を他所に――
「……あの、なんで突然いじけてるんですか?」
「いじけてはいない……断じて」
知ってるかいソラさん。
諸説あるけど――基本的に男の子は必要か不必要かに関わらず、痒い所へ手が届く便利機能に目がないんだよ。
腕輪だけではなく、左手に嵌めた指輪のほうも試しにタップタップ。やっぱり俺のには非表示設定など実装されていなかった。
なんで……?
◇◆◇◆◇
「謎の扱いの差に凹んでる場合じゃねえんだよ」
「……いじけてたんじゃないですか」
「ニュアンスが違う」
あらかじめ予定していた通り、本日の冒険の舞台へと足を運んでからのこと。一言二言と軽口を交わしつつ、俺たちはそれぞれアバターの調子を確かめていた。
基本的に『地下』とか『洞窟』を表す言葉らしいから当然ではあるのだが、ダンジョンってほぼほぼ閉塞空間だよな。
とりわけここは狭苦しいから、緊張感の無い俺たちの声もよく響くこと。
「長かったようで、短いようでやっぱり長くもありされど短く……」
「禅問答……?」
無限ループに入った俺にソラが首を傾げているが、仕方あるまいて。
最初に挑んだのはいつだっけ? ウンザリするような大冒険の後、二人して知らぬまま飛び込んで、散々に泣きを見たこの場所へ。
死ぬほど辛かったけど、死ぬほど楽しかったこの場所へ。
――思えば、
俺とソラが〝階段〟を駆け上がるキッカケとなったのであろう、この場所へ。
たった二、三ヶ月前の話だというのに、随分と遠くへと来てしまったものだ。どんな顔をして臨めばいいのやら、テンションが迷子なのは俺だけじゃないはず。
「……さて、そしたらソラさん」
「はい?」
「――覚悟は?」
振り返った先、右手に輝く【剣製の円環】を確かめていた相棒は一瞬だけ不思議そうな顔をして――クスリとその頬を綻ばせる。
「久しぶりですね、それ」
「儀式みたいなとこあるじゃん?」
別段、特に意識してのものじゃなかったんだけどさ。
今回は、意識して言っておきたかったんだよ。なんたって――
「もちろん、覚悟も準備もOKです――行きましょうっ!」
もはや懐かしい〝あの頃〟とは違うってことを、わざとらしくこの世界に見せつけてやりたかったから。
堂々と俺の隣に並び、手を引いて歩き出した自慢のパートナーをさ。
さあて……すぐ行くから、そっちも覚悟しとけよ――【神楔の王剣】。
あの日に予約しておいた、リベンジマッチの時間といこうか!
いま、殴りに行きます。