今更始める恋しらべ
――――で。
お互いに限界だから無理矢理にでも『一旦そういう空気を避けよう』と交渉を持ちかけて、恙無く要求が受理されしばらくのこと。
しかして、それからは例の【岩食みの大巣窟】で取ってきた宝石を渡したり、物を鑑定してもらったりと気安い作業に移ったわけだが――
それで、心休まると油断した俺が馬鹿だった。
いやだって、もう避けるとかそういう次元じゃないんだわ。ニアだけならまだしも、事ここに至っては俺自身も〝無理〟なのだと気付かされただけというか……。
一度でもハッキリと意識してしまえば、もう終わり――同じ空間に『自分のことを好きな女の子』がいて、完璧な平静を気取るなどできようものかと。
恋愛に関しての折り合いが付くのかどうか、行く先は全くと言っていいほど不透明だが……向き合うと決めた以上、もはやそっくり意識の外に置くなんてことも簡単にはできないわけで。
「……とりあえず、今日は、もう、寝よう。お互い、マジで、身が持たん」
「賛成……」
ほらこの通り、俺もニアも既に虫の息なんだもの。
ついでに言うと、そんな彼女がぐでっとソファに撃沈している姿でさえ〝普通〟に見えなくなっているという……もう本当にどうしようもねえわ。
なんだかんだ俺はこちらの世界を『ゲームである』と人より強く認識しているわけで、その上で更に『アバター』だと認識することで美人&美少女耐性が上乗せされていたと言っていいだろう。
だけどコイツ、ガチの美人なんだもの。そんな現実の姿を見てしまった以上、もはや細部が多少違う程度のアバターを『造り物』とは思えないってこった。
父親は日本人らしいけど、なんかお母様がロシアの方らしい。サラッと情報を投げ付けられただけで詳細はわからんが、そこそこ有名な画家とかなんとか。
グローバルに活動するクリエイター夫妻の一人娘……つまりそういうこと。容姿のみならず、コイツもコイツでマジもんのお嬢様だったわけだ。
俺の周りのお嬢様密度おかしくない?
いや、まあね。出会った舞台が入場料三百万円の仮想世界だと考えれば、同年代=実家が裕福な人間というのも珍しいことじゃないんだろうが……。
――まあ、それはさておきだ。
「今日は現実でも散々動き回ったんだ、しっかり休もうぜ」
「うん……わかってる」
時刻はまだ二十一時にも差し掛かっていないが、若干ぽやっとした返事を寄越したニアは既に眠たげな顔でクッションを抱き締めていた。
……こっちで寝落ちすんなよ。まあそうなっても、【Arcadia】が勝手に安眠させてくれるだけだが。
一部どころではない界隈で、『ベッドで寝るより身体にいい』とまことしやかに囁かれている謎機能である。寝返りも打てない身体へどうやって快適を提供しているんだか、相も変わらず理解不能なファンタジーだこって。
さて、いよいよ別れ際というわけで――いい加減、伝えることは伝えねば。
「ニア」
「ふぁい」
……眠いのはわかったから、初手で殺しにくるなと。そういうの男は弱いんだぞ、俺らは美人に対して基本バカなんだから。
「起きろ、大事なこと言うから。聞き逃しても二度は言わんぞ」
「う……ちょ、ちょっと待って……――はい、大丈夫、です」
子供のように眼をこすって眠気を払う様子を見て、つい小さく笑ってしまいながら。努めて冷静に、羞恥を振り切って、用意しておいた言葉を連ね始める。
「『好き』だって言ってくれて、ありがとう。素直に嬉しかったし、光栄だ。……やっぱり少し、現実感が薄くて困ってるけどな」
「…………ちゃんと、現実ですよー」
「……だな。わかってるよ」
また自己評価低めな発言してる――とでも取られたか。頬を染めたりジト目を向けたりと忙しいニアに苦笑いを返しつつ、間を取って俺も顔の熱を逃がす。
「で、多分そっちも察してはいると思うけどさ。俺はほら、アレだ。ちょっとばかし面倒なもんを抱えてるというか……恋だのなんだのが、苦手というか」
「そう、なんだ」
〝面倒なもの〟の内訳までは察していなかったのだろう。声音から少々の驚きを感じつつ、恥ずかしい自語りを捲し立てていく。
「だから――ごめん。今すぐ答えを、とかは無理だ。YesかNoかって話以前に、俺はそもそも『恋愛』をできる位置に立ってなかったから」
「……うん」
「だけど……そんな適当やってた俺を好きだって言ってくれる人ができた以上は、自分勝手なバリアは取り下げる」
「うん」
言いたいことを言いながら――避けるか否か、考えて。
正面から歩み寄ってきた少女を、結局俺は逃げずに受け止めた。
「……最終的にどんな答えを返せるかはわからないけど、考えるよ」
「うん」
頭ごと胸に押し当てられた口元から、くぐもった声が耳に届く。この状態は正直なところ精神的に難ありだが、互いに顔を見なくて済むのはありがたかった。
「ねぇ」
「なんだ?」
「私、キミが好きだよ」
「…………」
「最初は一目惚れだったけどさ。なんにでも素直なとことか、凄い好きだし」
「……素直なとこなんて、そんな見せたっけか」
「事情? 聞いて、なんとなく理由わかったけど。露骨に女の子のこと意識してないのもポイント高かったし」
「見方を変えればそれ、〝変な奴〟とか〝お子様〟とか思われても仕方ないな」
「そのくせ、全方位にカッコつけるんだからホント卑怯」
「それだけ聞くと単に痛い奴では? てか、いいだろ別にRPGなんだから」
「で――そういう軽口とかまで、ちゃんと相手のこと見て選んでるんだよね」
「…………」
「ズルいよ、ちゃんと自覚してよ――私の理想みたいな男の子なんだから」
……――心臓が痛い。
ここ最近、似たような経験はあれども。
今ほど胸の奥がおかしくなることは無かったように思う。ゆえに――
「……これからは、もっとしっかり見る」
「うん……よろしく、お願いします」
俺もきっと、手遅れというほど、どうしようもない奴ではないのだろう。
だから、そう……しっかり見て、向き合おう。
始まりと途中の醜態は呑み込んで、過程もどうあれ――
最後には男として、恥ずかしくない答えを出せるように。
………………つきましては、
「……ニ、ニアさん?」
「うん」
「そ……ろ、そろ、離れて、いただけると……ですね」
「うん」
「いや、『うん』じゃなくてだな……!」
火力過剰な彼女たちに、対抗する防御力を身に付けることが――
目下、最優先事項と言えるのだろう。
これにて三章の第一節、了といたします。
……ラブコメの導入が終わったなら、やることは一つだね?
今まで以上の甘さを添えて、本格的に『ゲーム』の開始といたしましょう。