掛け違いを一つずつ
「すいませんでしたぁッ‼」
「いや、まあ、うん……」
――あれから、キッカリ一時間後。
衝撃のラストを飾った現実のデートから舞台を移し、仮想世界のアトリエにて。
俺は部屋へ踏み入るや否や迫真の土下座をかましてきたニアに毒気を抜かれ、されども言葉に迷い目を逸らし頬を掻いていた。
あの後、勢いのままにやらかしたニアが我に返って逃げ出したり、
そんなラブコメテンプレじみた幕切れなど許すかとばかり捕獲に走ったり、
口での謝罪も含めてアレコレ話したいこともあるからと、仮想世界での〝延長戦〟を申し込まれたり――と、いろいろあって今に至るわけだが……。
「まあ、あれだ……一応は〝未遂〟だし、初犯ってことで情状酌量の余地は……」
「あと二センチ身長があれば……!」
「おうコラ本当に反省してんのか貴様」
「ごめんなさい反省してます冗談じゃんっ……!」
とまあ、つまりはそういうことで。
危うく不意打ちでファーストキスを掻っ攫われそうになったが、幸いなことにニアの目測と身長が足りず、着弾地点は斜め下にズレていた。
――正直、だからなんだって話ではあるけどな。
未遂だとしても変わらんくらいの衝撃はあったわけで……実際こうして、俺は暴走した〝犯人〟の顔を直視できなくなっているのだから。
「……とりあえず、頭上げろ。そのままでも別にいいけど、俺の罪悪感を刺激しないよう目につかないとこでやってくれ」
「微妙に辛辣っ……! ごめんてばぁ……!」
「っ……!? ええいヤメろ擦り寄ってくんな! もういろいろ洒落になんねえんだからマジやめろ離れろハウス‼」
反省しているのは事実なのだろうが、今度はそのせいで俺に……その、なんだ。
おそらく、嫌われるのではないかという不安から必死になっているのでは――と推測できてしまうのが、もう、本当に、どうしようもねぇ。
なにを隠そう、こっちもこっちで必死である。
ステータスの差に物を言わせ、押し退けたニアを容赦なくソファに放り投げ安全確保を試みるものの……心細そうにクッションを抱き寄せる仕草も、不安げに俺の様子を窺ってくる上目遣いも、全てが特級のダメージ源なのだから。
本当にもう誰だよコイツ……いろんな意味で眩暈がしてくる。
「「………………」」
で、落ち着いたら落ち着いたで沈黙だ。
ドタバタの終幕を良しとせず〝延長戦〟を申し込んできた気持ちはわかるが、やっぱ多少なり時間を空けたほうが良かったんじゃないかなって――
「……ねぇ」
「うん?」
クッション越し、くぐもった声に反応を返す。目を向ければ、ニアは藍色のショートヘアを弄りながらこちらをジッと見ていた。
「髪」
「うん」
「長い方が好きなの?」
「うん???」
脈絡のない話題に首を傾げて見せると、顔……を赤くしているのはもう最初からだが、彼女はなにごとか躊躇うように口を空けたり閉めたりして――
「……今日、いっぱい見てたから」
「なっ、んっ、ぐッ」
それはもう見事に、俺の致命を突いてきた。
何故バレ――いや、そういうんじゃなく……‼
「ち、違うぞ? なにが違うのかわからんけども、とにかく変な意味で見てたわけじゃなくだな? ただ単に、分かり易くこっちのお前と違う部分だったから何かと目が行ってただけで決してそういうのじゃ」
「メッチャ早口じゃん……――こんな感じで、どう?」
「なん――………………」
おそらくは、過去に俺も使わせてもらったコスメ系の魔法具を使ったのだろう。
見慣れた藍色はそのまま、いつものショートカットから瞬く間に――現実の彼女とよく似た、柔らかそうなロングヘアに早変わり。
「……やっぱり、こっちのほうが好き?」
「マジちょっと待って本当に勘弁して」
認めるよ。
あーそうですよ、死ぬほど可愛いですよ。
でもそれは髪型がどうこうという問題ではなくてだなぁッ……‼
「…………どっちも似合ってる。本当に、特に髪型の趣味とかは無いっつの」
「え……でもなんか反応良かっ」
「自分のやってること自覚してくれませんかねぇ……‼」
なぜ俺が膝を折って蹲っているとお思いですか? 呼吸も浅くなるわ、そんな好意全開で『どっちが好み?』とかやられたら大概の男はさぁッ……‼
「自覚もなにも……必死なだけだし。あたし、元々これっぽっちも意識されてないと思ってたから余計に」
「それはなくない?」
俺だってわりと、何かあれば照れたりはしていたはずだが――と思い首を傾げれば、伸ばした髪とクッションに埋もれながらニアは不服そうな顔で睨んできた。
「比率。私ばっかり好きなのは間違いないじゃん……最初から、ずっと」
「っ……、…………さ、最初からって、そもそもお前いつから――」
「だから、最初から」
呆ける俺を真直ぐに見て、彼女は言う。
「――あたし、一目惚れだもん」
「――――……そ、れは、あ……えぇ?」
嘘だろ?
え、それは………………嘘だろ?
「な、なぜに……」
「なぜっておかしいでしょ。好きなものは好きなんですー!」
「だってお前、こんなイケメンだらけの仮想世界で俺みたいな」
「あたしがリアルの顔を見抜けるって知ってるでしょうが。正確には、造り物かそうでないかがわかるってだけだけどさ」
「あぁ……それも『魔眼』の効果か」
「『魂依器』の力って説明したのは嘘だけど」
「はぁ!?」
え、待ってわかんないわかんない。
なにからツッコめばいいのかわからんて……!
「もうなんなのうるさいなぁ……! キミの自己評価が低過ぎなのっ! 普通に格好良いじゃん鏡見なよ自覚してよなんなのキミは本当にさぁっ‼」
「……、…………」
言葉を失うのも、これで何度目か。
だって仕方ないだろ、〝誰か〟と比較して、真直ぐに容姿を褒められたことなんてほぼなかったんだから。
…………いや、これもそうか?
これについても、俺が決めつけて聞く耳を持っていなかっただけで――
「少なくとも、現実基準ならカッコイイんです! わかった!?」
「そう、なのか……」
「そうだよ――こんな美少女が、一目惚れしちゃうくらいにはね!」
「……お前は、ちゃんと自覚十分みたいでなによりだ」
顧みなくては――そう宣言したばかりだ。
お世辞や冗談と笑い飛ばさず、或いはこれも飲み込まなくては――そう考えつつ、半ば呆然としながら言葉を返せば、
「お前は、って……それはその、あの、つまり…………」
油断して新たな羞恥の火種を生んだことに気付き、俺はしどろもどろになるニアからそっと目を逸らした。
向き合うとも、逃げないとも決めたのは事実だけどなぁ……!
なにごとにも限界があるように、俺だってとっくに許容量超過なんだっつの‼
藍春。