雪解けは遠く、されど熱は確かに
「ニア、俺一つわかったことがある」
『…………なに?』
「なんというか――俺たち、遊園地に向いてねえな」
『……似たようなくだり、さっきもやったんですケド』
お澄まし顔を努めているところ悪いが、顔が青いっすよお嬢さん――
初っ端のジェットコースターで揃ってダウンしたのを皮切りに、馬鹿広いテーマパーク内を練り歩く俺たちは行く先々で死屍累々であった。
性懲りもなく挑んだ別のコースターでは、全く同じ流れで共にダウン。
気晴らしにと乗った園内遊覧バスでは、山も谷も逃げ場も無いのんびり空間で互いを意識しすぎて無事撃沈。
いっそのこと全開で〝それっぽい〟やつに挑めば逆に笑いが生まれるのでは? と迷走して臨んだコーヒーカップやメリーゴーランドでは、揃って楽しみ方がわからず二人してメンタルを捧げ終了。
ホラー系のアトラクションはニアが〝ダメ〟で見送り。
川下り系のアトラクションは俺が〝ダメ〟で見送り。
そして『三度目の正直』とか訳の分からない思考のまま、三大コースターだのと言われている絶叫系のラス一に挑み――今に至る。
これまでの人生でこういった場に訪れたことが無かったので自覚していなかったが、なんとなく理解した。
多分だけど、俺『楽しませてもらう』系の娯楽向いてないわ。
ニアもニアで『ジェットコースターに乗ったことない』と言っていたくらいだから、初心者ないし俺と同じ未経験者だったのだろう。
二人して上手な楽しみ方を理解していないものだから、俺たちと娯楽施設とで絶妙にノリが噛み合っていない感がある。
「しかしチュロスは美味い」
『もう食べ歩きでいいんじゃないかなー……』
決して一連の流れが楽しくなかったわけではないが、それもアトラクションを楽しんでいたわけではないからな……。
そして完食はえーよ。食べながら喋れるからって大の男を置き去りにすんな。
『そういえば、どうしても船系ダメなの? 水怖い?』
「水じゃなくて、川とか海がちょっと……」
『ちぇー』
悪いな。俺は俺でホラー系に興味があったから、今回はあいこにしてくれ。
――さりとて、これからどうするか。定番らしいこのオヤツ以外にも、フード系の出し物は意外と多いようだ。
ニアの言う通り、食べ歩きにシフトするのもやぶさかではないが……と?
「うん?」
ちょいちょいと膝をつつかれ目を向ければ、血色が戻ってきたニアは浮かない顔……というほどではないが、何やら微妙な表情でこちらを窺っていた。
『あのさ』
「うん」
短い言葉に相槌を打つが、彼女はその先を中々打ち込もうとはせず。『た』だの『ち』だの『つ』だの、一文字二文字と綴っては消してしまう。
……なんだ、突然の『た行』推しか?
流石に頭文字だけで続く言葉を察せられるような超能力は持ち合わせていないので、こちらは大人しくニアだけの〝声〟を待つしかないのだが……はて。
いや、
いやいや、
『はて』とか言ってる場合か? ちゃんと有言実行しろやこのボンクラ。
まんまと気抜いてんじゃねえぞ――アトラクションのほうが散々だったというのに、それでも楽しめていたのは誰のおかげと思ってんだ。
「ニア」
辺りを見回し、目に留まったモノを見てこれ幸いと俺から声を掛ける。未だ言葉に迷っている様子のニアは顔を上げると、差し出された手を見て目を丸くした。
いや今更だろ。『勘弁してくれ』という俺の泣き言に聞こえないフリをかましながら、散々人の腕を占拠しよってからに。
おずおずと掌に乗せられた細っこい手を引っ張り上げて、『ほらアレ』と見つけたものを指し示す。
「遊覧バス、さっきのと違って二階建てだと。乗ってみるか」
『そのさっきで、酷いことにならなかったっけ……?』
ハイそれもまた今更。これまでを考えるに、おそらくもう何処へ行こうが『酷いこと』は避けられんだろうよ。
それなら、ほら――楽しむためには、択なんて無いじゃん?
「だから、アレだよ……いつも通りになんてなりっこないんだから、もう安心していつも通りでいればいいんじゃねえの」
と、我ながら照れ隠しが過ぎて不明瞭な言葉を並べれば、当然ニアは首を傾げてハテナを浮かべる――ええい、もう、一回しか言わんぞ……!
「俺、お前と適当なこと喋ってんの嫌いじゃない」
「――――――」
声を発することのできない小さな口から、微かに零れた息が耳に届く。
「だから、一緒にいればそれだけで『退屈』とか『つまんねえ』とか、無いぞ」
寄越されたヒントが『た行』のみとかいう超難問なんだ。仮に的外れなこと言ってたとしても、苦情は受け付けんからな。
「だから……あー、だから――もしそっちも同じなら、今日はもうそれで良くないか? 適当に駄弁るだけでも、ちゃんと……その、なんだ」
グイグイ来る誰かさんのせいで、どう足掻いても……。
「……で、デート、の体裁は? まあ? 保たれるんじゃないの?」
そもそもの話だ。
愛だの恋だのに対して、自分でもウンザリするような厄介なモノを抱えていようとも――隣に意味分からんレベルに可愛い女の子がいれば、男なんてそれだけで気分が上がっちまう悲しい生き物なんだよ。
鏡見ろっての。
俺、今日のお前を直視できたのなんて数えられるくらいしかない――ッ!?
「おいっちょまッ!? 当たっ、落ち着けコラそれは線越えてるだろ……!」
ガバっと今までになく深く腕を抱き、乗客を募っているバスへ向かいズンズンと歩き始めたニアに文句を飛ばす。
いや――わかってる。
わかってるよ、こういうとこがダメなんだろ?
でも、ならどうすりゃいいんだよ。
気を持たせないように、素っ気なく振舞えと?
自分なんかの言葉が相手の心を突くものと自覚して、意識して冷たく接しろと?
それはそれでクソ野郎じゃねえか、誰か正解を教えてくれ。
ニアに限った話ではなく――この現状、なにがどう転んでも俺が悪いんだろうよ。それを踏まえて、自分本位上等で言い訳を述べさせもらうならば……。
どこの世界に、
自分が凡人であるという自覚の上で、
釣り合いが取れないとしか思えない魅力的な女の子が、
――己に惚れるかもしれないという前提で、気を付けて振舞う男がいるのかと。
そしてそんな内心の泣き言を封殺する、更に救いようのない事実が一つ。
「あっ、あっ……ハイ、ハイっ二階席で――っちょおま本当に待ッ……!」
「ごゆっくりー!!!!!」
ニッッッッッっっっっっコニコなガイドのスタッフさんに迎え入れられ、まだ乗客もまばらなバスに乗り込み〝公開処刑〟の体で連行されるまま。
白い肌を首元まで赤く染めながら、俺に顔を見せないようにするためか頑なに先行を止めようとしない少女が。
彼女が俺に向ける〝熱〟が、どれだけ目を背けたくとも……――しくて。
そんなどうしようもない己が感情を『なんなんだよテメェは』と蹴飛ばしても、蹴飛ばしても、蹴飛ばしても、蹴飛ばしても。
俺の目を奪い去る女の子が、どこまでも眩しいせいで。
あぁ、もう俺が悪者だよと――誰よりも俺自身が、納得してしまうのだから。
ぐっずぐずになればいい、きっと全部甘くなる。