戦闘準備
人は誰しも、欠点の一つや二つは抱えているものである。
取るに足らないものであったり、あるいは致命的なものであったり、それぞれの〝欠点〟は千差万別――それにしても、コレは酷過ぎる。
親友から送られてきた写身の数々に目を通した彼女――三枝ひよりは、ある種『絶望』とも言うべき激しい倦怠感および脱力感に襲われていた。
「……あのさぁ、ニアちゃ」
『はい』
語りかけたディスプレイから届けられた返答の文字を見とめ、できるだけ言葉を選びながら……なんて気遣いは放棄して、徹夜明けを叩き起こされた多忙の彼女は蕩けるような甘い声で言い放った。
「失恋パーティはいつにしよっか?」
『なんでぇ‼』
なんでもなにもない。次から次へ送られてきた『デートコーデ案』が、一つ残らず頭を抱えたくなるようなひっっっっっっっっっっどい有様だったからである。
「全くもう……自分で頑張ってみるって言うから黙ってたらコレだもん。できないことは、素直に頼りなさい」
『そ、そこまで言わなくても……三つ目とかそんなに悪くなくない……?』
「達磨姿で愛しの彼にハジメマシテしたいならどーぞお好きに」
『だるっ……!? そこまで酷くないし‼』
個人的にはモコモコの親友も愛くるしいと思えるが、色味も死んでいる上に季節感を考えろと言いたい。冷え性のおばちゃんかと。
「もうあーだこーだ言ってないで、さっさとお部屋に服を並べなさい」
『でも』
「『でも』も『だって』もありません。待ち合わせ、お昼過ぎじゃないの? もうすぐ十二時になるけど、まだ悩んでる時間あるの? あるのかな? ねぇ?」
服飾職人にあるまじき『自身に限った壊滅的ファッションセンス』を知るひよりは、無理と断じて情け無用に親友を急かす。
そうすればしばらくして、返事の途切れたチャットルームに衣装塗れの部屋の写真が投下された。不満を訴えるかのように、『達磨』と称したコーディネート一式がド真ん中に置かれているのが涙ぐましい。
『はいどうぞぉ! おまかせしますよーだ‼』
「もう、拗ねないの――私が責任持って目一杯に可愛くしてあげるから、ニアちゃはデート本番頑張ればいいんだってば」
正直、一念発起した親友が『現実世界でのデートを取り付けた』と報告してきたときには言葉を失うくらい驚いたものだ。
驚いた後に、お説教した。
いくらなんでも、仮想世界での繋がりしかない男の子にいきなり現実で会うなんて危ないと――たとえ相手が、滅多なことはできない〝立場〟に飛び上がった人間であったとしても。
芽生えた恋の成就を本気で目指すのならば――なにより先に、自身の現実を晒さなければフェアじゃないとしてもだ。
しかしながら、
でも、だけど、それでも……と、一歩も引かないのだからもう仕方ない。
話を聞くに、向こう見ずで突っ走ったニアの分まで〝彼〟のほうが気を遣ってくれたらしい。待ち合わせから解散まで、とにかく人の多い場所を意識したのであろうプランの提案にはそれなりの説得力と安心感を感じたものだ。
伝え聞く相手の人柄と、先日この目で見た真直ぐな『青年』を信じる他ない。
あとはもう――世界一可愛い親友を見て、その〝彼〟が暴走しないことを願うばかりだ。万が一があれば、地の果てまで追いかけてでも責任を取らせる所存。
……それはそれとして、
「ニアちゃ」
『はい』
「スカートを出しなさい」
『なんでぇ‼』
昔から苦手なのは知っているが、いきなり現実のデートに誘うとかいうメチャクチャをしでかす癖に何故そこは日和るのかと声を大にして言いたい。
本当に、いい加減にしてほしい。
あの容姿でフリフリを拒否するなんて人類規模での損失、どんな理由があれども許されるわけがないというのに。
「遠慮無しの全力で頑張るんでしょーが。私だって全力で応援してあげるんだから、自分の魅力全部でぶつかってきなさい」
決定事項として断言すれば、ピコンと『この世の終わり』みたいな顔をしたキャラクターのスタンプが返ってくる。
かつてひよりが声優として役を演じた、お気に入りキャラのスタンプで媚びを売ろうとも無駄である。残念ながら、今更手加減をする気など湧くはずがなく――
「さーてと……プロデュースを始めましょうねー!」
――目指すは、一目惚れ返し。
全力無敵の〝恋する乙女〟を、時の人たる〝彼〟にぶつけて差し上げよう。
標的は、ただ一人。