甘やかな爪痕
各所でグイグイ来るお姫様に圧されながらも、心を強く持ちあれやこれやと質問を重ねることしばらく。
口数が少なくとも元来口下手というわけではないのだろうアイリスの丁寧な説明もあって、とりあえずリストアップした疑問点についてはおおよそ納得……はともかく、理解はできたと言っていいだろう。
二年前に『赤』が討滅されて以来、攻略が滞っていた理由とか。
それを踏まえて、今後二年以内に残る四柱を討つことなど可能なのかとか。
アイリスが問うていた『四谷は急いでいるのでは』という言葉が何を根拠としていたかなど……まあ、そうだな。一通り理解はできたよ。
「なんというか……しょぼくれてたのが嘘みたいだな」
「……〝外〟には、そんなにみっともない顔は見せてない。あなたが突然現れて、勝手に暴いてしまっただけ」
と、そう言われてしまえば反論の余地はなかったり。
あの日に相対したアイリスの有様がクリティカルで俺のアイデンティティを刺激したのは、単に偶然のことであるから。
彼女を偶像として見上げている者たちには、疑問を抱かせないレベルで『女王』として振舞っていた彼女だ。外の体も、内の心も、常人とは比較にならない〝強さ〟を備えているのはわかりきったことであった。
――……三年は、長かったよな。
しょぼくれる程度で済んでいたのも、アリシア・ホワイトゆえか。
「ま、〝同僚〟としては頼もしい限りだ」
二年もあれば十分――モチベーションを取り戻した【剣ノ女王】様がそう断言するのなら、俺もそのつもりで張り切らせてもらうとしよう。
たとえ、『赤』の討滅後に力を増したという『色持ち』が相手でも。
「詳しいことは、仮想世界で他の人を交えてから。私たちの方針としては、ひとまずこれでいいと思う」
「だな――『とにもかくにも全力でゲーム攻略に挑む』……言われずとも、当たり前だろ。シンプルでデカい目標も大歓迎」
「…………当たり前、そうね」
言わば、長期的なタイムアタックだ。モチベの燃料として不足はない。
「ハル」
「うん?」
名を呼ばれて視線を向ければ、ジッと俺を見つめる黒い瞳があった。
鮮烈な青銀とガーネットの輝きが目に焼き付いているせいか、未だ見慣れぬ色の少女――……少女というか、やっぱ年上だったんだけどな。一つ違いとはいえ。
容姿が整い過ぎているせいで、外見年齢を問われても〝少女〟としか答えようのないお姫様である。正直、見た目だけなら年下にも見えていた。
「私の……これからの当たり前は、あなたのおかげ」
そんな少女から真直ぐに、大き過ぎる感情を常にぶつけられて――白状すれば俺だって嬉しいし、更にぶっちゃければ優越感だって多少はある。
けれども、過ぎた感謝はやはり俺には毒だ。
「結局、俺はただのキッカケだったろ。そもそもそっちの事情とか知らないままだし、誰のおかげとかも知らんけどさ」
それでも、詳しい事情など知らずとも。
『最強』が『娯楽』で『泣きそうな顔』してたら、その背景くらい誰だって大体わかるだろうて。それを偶々、読み取れたのが俺だったというだけで。
もっと言えば、読み取った上で幸運なことに――お姫様を笑わせられる一芸を備えた、曲芸師だったというだけで。
「いろいろしんどくても、好きだから諦めずに食らい付いてたんだろ? 誰のおかげって言うなら、そのお前自身の根性のおかげだろうよ」
彼女がどこかで諦めて仮想世界を去っていたなら、俺が演目を披露する相手も端から存在しなかったわけだから。
「…………………………ハル」
「おう」
「やっぱり私、あなたが好きよ」
「ごっふ……!」
嘘だろ今のでそういう流れになる……? 当然のことしか言ってないぞ俺。
「真直ぐに肯定されて、喜ばない女性は少ないと思うけれど」
「ポンポン心読むの勘弁してくれます?」
この俺読み、我が相棒に匹敵するかもしれない。恐るべし【剣ノ女王】……!
「さっき、庇ってくれたのも嬉しかった」
「さっき……?――あぁ、アレは別に庇ったというかなんというか」
おそらくアイリスが言っているのは、千歳さんと話をしていた時のことだろう。
男が年下の女の子に向けていきなり低い声なんて出すもんだから、『大人げないぞ』と横から文句を言っただけなのだが。
「あなたが『ビックリするだろ』と文句を言ってから、私も自分が驚いていたことに気付いた。気遣われたとわかれば、嬉しくないはずない」
「いや、だから別に……」
「私の様子を見てから口にしたことは気付いてる――昨日も言った通り、やっぱりあなたは私よりも〝私〟を見てくれている」
「…………」
困った流れだ。
後に続く彼女の言葉が、なんとなく予想できてしまい、
「ありがとうハル――好きよ」
その予想が自惚れでもなんでもなく、当たってしまうから。
「…………変な意味じゃなくてさ……お前、その、恥ずかしくないのか? 俺はもう正直わりと瀕死なんだが……?」
「羞恥心くらいある」
それは知ってる。困っているのは、『好意を伝える』というアクションにその羞恥や躊躇いが一切見られないという点で――
「……私の家は」
「うん?」
「簡単に言えば、極端な『趣味人』の一族なの。好きなことをして、好きなものに全力になって、好きなものを手に入れる、そうして好きに生きる人間ばかり」
「………………話が読めたのでその辺に」
「だから、恋愛も一緒」
ストップかけたんだから止まってほしかったなぁ……‼
「意識してもらえなければ話にならない。だから、好意を伝えることを躊躇ったりしない。無意味に二の足を踏んで、もしその間に……」
真直ぐに俺を見つめる瞳が、微笑みにつられて細められる。
まだ不器用に、しかし楽しげで、妖艶に〝少女〟は俺へと微笑みかけて――
「――誰かに取られるなんて、絶対に嫌だもの」
絶対を掲げ、その揺らがぬ意思を主張する。
しかして、その極大の熱弾頭が向けられた着弾地点が――
「ハル」
「ハイなんでしょう」
「顔が赤い」
「お前のせいだよッ……!」
目も当てられない焦土と化したことは、言うまでもないことだった。
◇◆◇◆◇
「また明日」
「当たり前のように連日はちょっと、俺のHPにも配慮してもらえないか?」
「迷惑ならそう言ってほしい」
「これで『そうだ』つったら俺ただのド畜生じゃん……」
帰り際。相変わらず押されっ放しのやり取りに、俺としてはもはや苦笑いしか出てこない。圧倒的弱者である。
「〝攻略〟の際はともかくとして、仮想世界では多分あまり会えないと思うから。その分は現実世界でアプローチしたいのだけど、ダメかしら」
「ダメなんだけどダメって言えないやつ……!」
いやそうだよ、言えねえよ。
気を持たせたのは俺の自業自得な上に、現時点で交際を迫られているわけでもないため〝断る〟という選択肢が存在しない。
言うなれば現状のアイリスは『好意を示してくれる知人・友人』というカテゴリなわけで、いくら矢印が可視化していようとも単に仲良くすることを突っ撥ねることなど出来ようはずが……はずが、ないんだよなぁ。
このお姫様、俺にとって今のところ嫌いになる要素皆無だし。
恋愛に引いてしまうという極めて個人的な『困る』程度の感情で無下にするとか、流石に全世界のファンから滅多刺しにあっても文句は言えないだろう。
そうでなくても好意を伝えられている時点で、ヘイト一極待ったナシだろとかいう悲しい事実からは目を逸らすものとする。
仮に俺が『恋愛とか一生する気がないんで諦めてください』とか言ったとしても、ここまでの攻勢からして『わかった』と言いつつ俺から離れないだろうという未来が透けて見えるからなぁ……。
本当にどうなるんだよ俺、三日後には更に別件が待ち受けてるというに――
「……また、明日?」
「――……………………」
あー……。
あー……――――――――ダメですアイリスさんそれはダメです。
そんな困ったような〝ねだる〟ようなわずかながらも不安げな様子で男の顔を小首を傾げながら覗き込んじゃいけません。
恋愛感情はシャットアウトしているとはいえ、女性に魅力を感じていないというわけじゃないんだよッ……‼ 可愛いもんは可愛いんだよあぁああああアッ‼
「わ、わかった……毎回部屋だとハッキリ言わせてもらうがいろいろキツいから、基本的に夕食を一緒にって感じでいいか……?」
「毎回じゃなければ、いい?」
「…………………………………………たまに、本当に、たまに、なら」
「……わかった。それじゃ、たまに」
「ハイ……」
しんどい……嬉しくてしんどいとかいう意味の分からないやつ。各方面への申し訳なさも募るというダブルパンチが俺の胃を殺しにきている。
「それと……最後に、一ついいかしら」
「なん……どうした?」
と、声音が少々変わったことを察して頬を揉みつつ真面目な顔を返せば……え、なにその仕草。そわそわ髪を弄るのとかマジでイメージと違い過ぎて脳がギャップに破壊されそうだから控えてもらっていいか???
「――アーシェ」
「なに?」
聞き取れはしたが、意味が読み取れず首を傾げてしまう。
「アーシェ――私の愛称。親しい人は、そう呼んでくれる」
「は、はぁ……」
「現実世界と、仮想世界、一応どちらでも通じる呼び方」
「そう、なんだ……」
「…………」
「…………」
――いや、わからいでか。
求められていることはわかるよ、わかるけども……!
「し、親しくないとは言わんけども、まだ早いんじゃないかなって……」
「私がこれから、誰より親しくなりたい人だもの。早いも遅いもない」
悪あがきをしてみるも、斬って捨てられ一刀両断。自覚と無自覚がミックスされたドストレートな言葉の砲弾が強過ぎる……!
「……だめ?」
ハイそれは有罪。百パーセント強みを自覚しての必殺ですねぇ‼
「……わかったから、今日はもう本当に勘弁してくれ。HP空っぽだっての」
言葉を返していればいつまでも話していそうな彼女の横から、扉を開けて〝お帰り〟を促して見せる。
「ほら、徒歩五秒の自室へ帰った帰った――また明日、アーシェ」
おみやげは、特別サービスだぞ。
「っ……――えぇ、また明日、ハル」
と、稀に見せる自然な笑顔を残して、お姫様は嬉しそうに去っていく。ヒラヒラと手を振ってから、ゆっくりと扉を閉めた俺は――
「――あ゛ァ゛ッ……‼」
一人瀕死の重体で扉の内へと頭突きをしながら、許容量オーバーの感情を一息に口から吐き出し膝を折るのだった。
主人公が拗らせてなければ今話だけで何度落とされているのか。