止まない攻め手
「それじゃ、この辺りで失礼するよ」
「ありがとう」
「おつかれー」
あれから二時間ほど――と、本来ならそれくらい経過していても不思議でないアホみたいな情報量の応酬だったが、役者双方のレスポンスが高過ぎて実際のところは三十分程度だろうか。
区切りが付いた様子のアイリスを見やり、席を立った千歳さんを二人で見送って……残されたのは相変わらず表情の薄いお姫様と、終始ハテナを浮かべながらも必死に謎の会話を記憶していた傍観者。
ようやっと俺のターン、聞きたいことのリストアップはバッチリだ。
「質問、いいか?」
「うん――だけど、その前に場所を移したい」
言いつつアイリスは立ち上がり……ハイ出ました。
ビックリするほどナチュラルに差し伸べられたその手を取るか否かよ。昨日から俺に対する言動の節々でイケメン力を発揮してくるのは何なの?
お姫様と王子様の兼任でもしてるのかい君は。
そして先刻のアレと同じく。こちらがリアクションをどうしたものかと逡巡して間が空いても一切動じず、攻めの姿勢を崩さないのが強過ぎるんだって……。
「……ちなみに、その『場所』の候補は?」
「私の部屋か、あなたの部屋」
そしてコレである。
比喩なく『握手で一財産を築ける』可能性が高い柔肌の感触を必死こいてシャットアウトしているというのに、続けざまに襲い来る豪速の攻め手。
当たり前のように、
夜遅く、
男相手に、
部屋で二人きりになろうとすんな‼
「平気よ」
「……心を読んだことは不問に処すとして、なにが平気だと?」
「私があなたを押し倒すならともかくとして」
「なにも『ともかく』じゃないんだよなぁ?」
「こっちの世界でも、私のほうが強い。襲われても返り討ちにできるから、合意無しの〝間違い〟が起きたりはしない」
と、そんな『至極当たり前のこと』と言わんばかりの断言を受けて、なんと返せば良いものか分からず言葉を失ってしまう。
いや確かに手の内がバレている状態で再戦をしようものなら、百回やって百回負ける確信があるけども……え、なに、キミ現実世界でも強いの???
護身術百段とかそういう感じ――
「優しく迫ってくれるなら、抵抗したりはしないけれど」
「っ……!?――あぁあぁああアッ! 聞こえなーい! なんも聞こえなーい‼ 招待して差し上げ仕り申し上げるから来いやクッキーでも無限に齧ってろ‼」
もうほんと無理どうすりゃいいんだよ経験無しには何もかもがハードモード過ぎるだろ人生初の正式エンカウントがラスボスかよ俺の恋愛事情……‼
さて、一人さっさ歩き出したが――ついてきていらっしゃいますね?
絶対に今は振り返らんぞ顔見たら致命傷を喰らう確信があるからなぁッ‼
◇◆◇◆◇
「遠い」
「安全措置だ」
どちらかというと俺を守るためのな――といったところで、場所を変え舞台は俺の部屋へ。アイリスを寛ぎ用のソファスペースへ押し込んでから、離れた位置に椅子で陣取りレッツ質問タイムだ。
「サクッと本題行くぞ――二年で『色持ち』攻略、いけんの?」
「……遠い」
「………………」
カタリと少しだけ椅子を近付けると、まだ少々不満げながらも彼女は口を開く。
「ゴルドウが、あなたはアルカディアの世情に疎いと言ってた。『色持ち』の存在は知っているようだけど、その知識はどこまでのもの?」
「あー……悪いけど、ほぼゼロだと思ってくれ。『白座』と『赤円』って存在をチラっと知ってるくらいだ」
『白』――【白座のツァルクアルヴ】に磨り潰され、チラっと攻略情報を覗いた後は『まだまだ関われるようなレベルじゃない』と諦めてからの四柱騒ぎで対人モードへ移行の流れだったからな。
「そう。それなら、質問に答える前に少し説明する」
少しだけ長くなると前置きをして、アイリスの――かの【剣ノ女王】直々という、冷静に考えると贅沢が過ぎるシチュエーションでの解説が始まった。
――曰く、アルカディアに存在するNPCからの情報や、各フィールドに残された様々な〝痕跡〟などから判明している『色持ち』の数は五。
それぞれに『赤』、『青』、『緑』、『白』、『黒』とされる五柱の〝神の御使い〟は、その名称までが明らかとなっているらしい。
【赤円のリェルタヘリア】――司るは、無限。
【青点のグァナリゼライ】――司るは、悠久。
【緑繋のジェハテグリエ】――司るは、盟約。
【白座のツァルクアルヴ】――司るは、境界。
【黒歪のヒュプノニクロ】――司るは、刹那。
現在までにプレイヤーの目で存在が確認されているのが、『赤』、『緑』、『白』の三柱。ならばそのうち、先に千歳さんが口にした『残る四柱』という言葉からわかる欠けた一柱がどれかと言えば……。
『緑』――ではなく、『赤』なのだという。
「…………『赤円』……【赤円のリェルタヘリア】が討滅済み……で、間違いないのか? マジで?」
「間違いない。二年……くらい、前。私がこの手で首を落とした」
「………………」
――オーケー。いくつか、おそらくは俺ともう一人しか知り得ていない情報を由来としたツッコミと疑問はあるが……一旦呑み込んでおこう。
「……なにか、気になる?」
「ちょっとな。それに関しては物を見せたほうが早いと思うから、そのうち仮想世界でちょっと時間作ってくれ」
「……ん、わかった」
俺が微妙な顔をしていたからだろう、アイリスは一応と言い『赤』の討滅に関しての追加情報をいくつかくれた。
曰く、討滅に際して大々的なワールドアナウンスが成されただとか、『色持ち』撃破の報酬として新たなシステムが実装されただとか――
また性懲りもなく疑問が増えもしたが、とりあえず納得はできた。少なくとも、システム的には確かに『赤』は討たれているというわけだ。
………………司るは『無限』、ねぇ?
はて、『不滅』は一体どこへいったんだか。
「とりあえず、『色持ち』の攻略状況は把握した。当時のアーカイブとか残ってるよな? 時間作って目を通しとく――え、なにそれどういう感情?」
相も変わらずいつも通りの無表情っぷり……なのだが、微かに口元をもにょらせたような気がそこはかとなくしないでもない違和感を見とめ首を傾げれば、アイリスは「なんでもない」と言いそっぽを向いた。
その初公開の仕草からして、百パー『なんでもない』わけがないと思うんですけど……という内心が伝わったのか否か、彼女は珍しく言葉に迷った様子で――
「……あの頃は、いろいろと我武者羅だったから」
「……ん? うん」
「私、今ほど綺麗に戦えてない」
「ほう……?」
「………………ない、から――あんまり、見られたくない」
「………………」
いや、わかるよ。
俺も流石に分かるよ。
その『見られたくない』という感情は、『剣士としてのプライド』とかそういう方向性のものではないのだろうということくらい、わかるよ。
困ったような顔で恥ずかしそうに頬染められたら、誰だってわかるよ……!
好……――俺には、見られたくないって意味だということくらいなぁ……‼ コレを可愛いと思わない男というか人類はいねえだろうがよ……‼
「っ……つ、次の質問だけどさぁっ!」
「……ん」
当方、真向から異性に好意を告げられたことのないクソ雑魚青少年。
ことある毎にペースを乱され毎秒ポンコツと化す現状を打破するための策を、可及的速やかに求む……‼
真面目に情報開示がしたいのにお姫様が勝手に甘くする助けて。