フィクションのような
「んで、これから先の話ってのは――『色持ち』攻略について、だよな」
「そう。明確にオファーを受けて臨む以上、これからは本気で討滅を目指す」
それぞれ好きに腹を満たし、食後の珈琲をいただきながら。ようやく本題へと話が移行したところで俺が言えば、アイリスは頷き傍らのシェフへ目を向けた。
「まだ話せないことがあるにしても、なにもかもではないはず。最低限必要な情報は渡してほしい」
「それはもちろん。俺が答えられる範囲なら」
というやり取りを見る限り、彼女が渡されている情報も俺と大差ないのかもしれない。おそらくは、四谷の機密に関わるものはノータッチなのだろう。
「まずは大前提、期限について。四谷が求める『ゲームクリア』は、いつかその時が来ればいいのか――それとも、いつまでにという希望があるのか」
……さて、いきなり全く考えていなかった方向性で話が始まったので、俺は大人しく耳を傾けることしかできないわけだが。
「ふむ……いきなり切り込んでくるね」
「これという考えがあるわけじゃない。私が攻略ペースを落とし始めた頃に、一度『近況はどうか』と連絡があったのを覚えていたから」
「あぁ、あのときか。催促みたいに思われたかな?」
「当時は、ただ気にかけてくれているんだろうと思ってた」
でも――そう言葉を切って、珈琲を一口。両手で抱えたカップに視線を落としながら、アイリスはただ淡々と言葉を紡ぐ。
「四谷は運営開発という立場でありながら、プレイヤーに直接依頼をするほど『ゲームクリア』を望んでいる……そう知った今であれば、違う見方もできる。脇目も振らず、私とハルにだけ声を掛けたのもそのせいでしょう?」
「………………」
「多分、四谷は急いでる。だけど何か〝制限〟があって、自由に動くことが――」
「ストップ、降参だ。それについて、俺には話す権限がない」
正直言って何がなんだか理解し難い彼女の言葉を遮ったのは、低い声。
脅すような……ではなく、それは言葉通り『参った』と言わんばかりの脱力した声音ではあったが。
「おみそれしたよ、お姫様。的確に思考を回して自ら考える力、智慧、洞察力、それからその直情さも――実に頼もしい限りだ」
「……ごめんなさい、気に障ったかしら」
「とんでもない、素直に驚嘆したのさ」
そう言って笑みを見せる彼の言葉は、確かに本心ではあるのだろうが……。
「――なら、食い気味で低い声なんて出すなよな。ビックリするだろ」
冗談めかして口を挟むと、千歳さんは俺と――それからアイリスにチラと目をやって、ほんのりバツが悪そうに「いやはや申し訳ない」と頭を下げた。
別に、俺はいいんだけどさ。
「お察しの通り〝秘密〟に関わることでね、相変わらず全部は話せない。でもまあ、期限については君の予測通りだよ。流石にいつかは待っていられない」
「……そう。それについて、詳しくは?」
「話せる――と言っても実際には、まだそこまで窮しているわけじゃない」
と、千歳さんは指を二本立てて見せる。
もちろん、ピースサインというわけではないだろう。
「――二年。君らにはプレイヤーたちを率いて、あと二年以内に残る四柱の『色持ち』を討滅してもらいたい」
「――っ……、…………」
はいセーフ。よく言葉を呑み込んだ偉いぞ俺――複数の爆弾を一息に投下されたところを、よくぞ堪えた。
「そしてその期限についてだけど、別に厳守する必要はないんだ。無理なら無理で、仕方ないと諦められる程度のことさ――少なくとも、俺はね」
「…………それは、よかったの?」
「いいんじゃないかな、君たちが聞き流してくれるなら」
曖昧に笑う四谷代表補佐を、アイリスはしばし見つめて――
「わかった、ありがとう」
納得したように、小さく頷いた。
「春日君は、ここまでのことで何か質問はあるかい?」
「……あるけど、今はいい。『おたくらドラマの登場人物か何かか?』ってツッコミを入れたいくらいかな」
中々ないぞ、現実でこれほどまで『なに言ってんだコイツら』と思わざるを得ない会話の応酬(シリアス風味)なんて。
「っはは……君がそれを言うのか、主人公君?」
「残念ながら、その肩書きは〝お隣さん〟のほうが似合ってるだろ」
「その返しといい、君も中々大概だと思うけどね」
随分と買い被って、好き勝手に言ってくれる。少なくとも今に限った話であれば、アンタらのノリに精一杯チューニングした結果だぞコレは。
二人と違い、様にはなっていないだろう俺にも配慮してほしいものだ。
「……次の質問、いい?」
「構わないよ。続けて、俺に答えられることであれば」
といったところで、アイリスの難しい質問はまだしばらく続くご様子。なのでまあ、相変わらず口を挟めない俺はと言えば……。
「依頼を踏まえて動くにあたって、なにか私たちが配慮すべきことは――」
「あまり深く考えなくていい。君たちはこれまで通りに――」
「連携や報告に関して――」
「その辺も、配慮するのは四谷の側で――」
「………………」
大人しく黙って、頭の中に後の質問リストを用意しておくとしますかね。
うむ、珈琲が美味い。
追加の謎と伏線爆弾を召し上がれ。
大体のことは後でお姫様が解説してくれるから。