鑑賞会
『これでやる以上、何があっても無様は見せられないからさ――何もさせないくらいの勢いは、覚悟しといてくれ』
「おい、来るぞ」
「来るねー。来ちゃうねー」
「……あの、もう、ほんと勘弁して――」
『――いざ参る……ってな』
「「――Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!」」
「……、………………」
「仕方ない。ちゃんと格好良いから大丈夫」
「あ、あはは……」
この惨憺たる〝今〟を、四文字で表すならばこれしかないだろう。
公開処刑。
大きなスクリーンに映された『映像』に――詳しくは、そこに映っている『ノリノリのアホ』を鑑賞して爆盛り上がりの翔子&俊樹ペア。
フォローするように見せかけて実際はジッと映像に見入っており、打ちひしがれる俺には一瞥もくれようとしない美稀。
対して必死に気を紛らわせるため飲食に心を傾けているところへ、気遣うように紅茶のお代わりを淹れてくれる楓が唯一の良心に思えるが……。
それは単に、彼女のターンが終わっているというだけのことだったり。
翌日。
詳しくは――大学からの取り次ぎで天下の『四谷開発』と引き合わされ、その代表とのやり取りを経て契約関係を結ぶ事と相成り、それからの流れで考えもしなかった仮想世界の相棒と現実で出会いを果たし、まさかのリアルお嬢様であった彼女と偽装婚約関係となり、異世界の如き高級マンションに引っ越したかと思えば仮想世界では専属細工師殿からデートのお誘いを受け、その後に再会したパートナーとの冒険で束の間の癒しを得た後に〝ファンタジーの化身〟が来襲、世界の姫から予想だにしない全力全開のアプローチで迫られ満身創痍のまま仮想世界へと再度逃げ込み先輩(後輩)に若干ながら救われた――その翌日。
どんな〝先日〟だよ、いい加減にしろ。
ともあれ、精神面はアレだが状況的には一応の落ち着き……というよりは、しばし落ち着くための時間を与えられたという現状だ。
個人的なアレコレは置いておいて。四谷との契約に関しては、昼頃に徹吾氏から連絡があり『しばらく待機』を言い渡されている。
俺の両親への挨拶を含め、方々への連絡や手続きの一切を今週中に済ませるとのこと。つまりはその間に『ある程度は心の整理をしておけ』というわけだ。
正直、ここで猶予をもらえたのはありがたい。
おかげでこうして、話せる範囲の報告を含めて心配をかけていた友人たちとの交流に時間を割くことができた――のだが。
『そろそろ――終幕と行こうか!』
「「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuッ‼」」
「希君」
「なんでしょう」
「どっちが素?」
「違うんです仮想世界だとテンション壊れやすいだけなんですッ……‼」
遂には美稀までもが真向から俺をイジり始め、もはやこの場に逃げ場ナシ。
あとに残されたのは、昼過ぎに集合してから真っ先に俺を質問攻めにして一時〝満足〟している楓お嬢様のみだった。
まだ若干ぎこちなさを引き摺っているものの、その抑えられぬ【剣聖】様に対する情熱を叩き付けられた俺が開幕瀕死の重傷を負わされたことは言うまでもない。あまりに熱い師弟愛の妄想は控えてどうぞ。
で、気持ちはわかるけどさぁ……君たちまた講義サボってない? 大丈夫?
こうしてイジり倒されるのが『必要経費』と思える程度には精神的に救われる部分があるから、言葉にしてツッコんだりはしないけどもさ。
四條の邸宅へ二度目の来訪、その名目は他ならぬ『俺の気晴らし』だ。
本当に、ありがたすぎて涙が出るよ――当然のように四柱戦争のアーカイブ鑑賞会に雪崩れ込んだ現状を含めてなぁッ‼
『ぶち抜け――《螺旋輝槍》ッ!!!』
あぁ……もう、あぁ……必殺技の発声宣言は威力ブーストが掛かるものだからアルカディアでは一般的だとはいえ、あぁ……‼
「なあ希ー?」
「……ハイなんでしょう」
「あの槍って、やっぱ『兎天国』産の素材で作ったやつなのか?」
「そうです」
「制作武器ってことだよね? あそこまで機能山盛りにできるものなの?」
「あー……素材の特性に任せて耐久値を限界まで削ってるんだと。それで浮いた分のリソース全部を面白機能に突っ込んだとか言ってたな。短刀も同じだ」
「マジか……すげぇな【遊火人】」
「限界まで耐久削ってるのに、なんであんなに打ち合っても壊れないの?」
「それが兎の角が持ってる特性。一定以上の速度下で耐久値が固定化される」
「なにそれヤバくない?」
「――希君」
と、二人組の質問につらつら答えていると横合いから袖を引っ張られる。顔を向ければ、美稀が珍しく困ったような顔で俺を見ていた。
「今の情報全部、当たり前みたいに話したアナタのほうがヤバい。持ち込むところに持ち込めば、お金になるような価値のある情報」
なにかと思えば、そんな風に諫められてしまった。
とはいえ、俺も別に自身のビルドに関する情報価値を軽視しているわけではない。美稀が懸念を覚えるのも無理はないと思うが――
「【螺旋の紅塔】関係はどうせ近いうちに公開するつもりだから、友達サービスで少しフライングするくらい構わないよ」
「……公開、するの?」
「する。元から独占する気は無かったし」
明確にそれを決めたのは、カグラさんに【紅玉兎の魔煌角】の市場売却を依頼した時のこと。ひとつふたつ密かに売りに出すくらいならば哀れな犠牲者を見て見ぬフリもできなくはないが、今後広く素材を提供するとなれば話は別だ。
あの〝欠陥素材〟を素知らぬ顔で大々的にバラ撒くというのは、流石にな……。
「ついでに予告しとくと、そのうち【螺旋の紅塔】の攻略視点とかもアーカイブに上げるつもりだからお楽しみに」
「マジか!?」
「うっわ超楽しみ!」
存分に期待するがいいさ。一人称視点でお届けするつもりだから覚悟しとけ。
「あの……いいの? プレイヤービルドって、個人のトップシークレット……」
と、こちらの楓の言とてごもっともだが、それについてもノープロブレム……というか、ぶっちゃけ序列持ちはある程度『見られる』必要があるんだよ。
『全くわけがわからない強者』よりも『ある程度は強さの仕組みがわかっている強者』であるほうが、周囲の理解も支持も得られるから――と、実を言えば以前の修行中、お師匠様から勧められたことだったりするのだが。
あとはまあ……〝攻略〟を優先するなら、いっそ参考にしてもらうことでプレイヤー全体の質がわずかでも上がれば、それは俺のためにもなるわけだからな。
「――という感じだから、心配いらない」
「うい様が言うなら間違いないねっ‼」
「近い近い近い」
相も変わらず、この剣聖様大好きお嬢様め。
「ねえノゾミン、実際アレで思考加速スキル無しっていうのはマジなの? 実は超絶ユニークスキル持ちだったりしない?」
「無いぞ。むしろ使い物にならない超絶ユニークを捧げるから、代わりに普通の思考加速スキルが欲しいくらいだよマジのマジで」
「なあなあ、あの短刀は折っても砕いても勝手に直ってんのはどういう仕組みなんだ? 自動再生付き?」
「正解。修復機能が付いてるのは、刀身じゃなくて鞘の方だけど――」
「そしたらあっちは――」
「アレはなにがどうなって――」
そんな風に、アレコレと夢中で質問攻めにしてくる翔子と俊樹に明かせる範囲で解答を返していると……ふと目が合った楓が、なにやら嬉しそうに俺たちを眺めていることに気が付いた。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない。ただちょっと……実現して、良かったなって」
えへへと照れ臭そうに笑う彼女を見て、なんのことかと数秒だけ首を傾げ――あぁ、なるほどと得心がいく。
「……どこかの馬鹿は顔バレする予定なんて無かったから、まさか公開処刑になるとは思いもよらなかったけどな。少なくとも、あの時は」
「あ……覚えてた?」
それは四柱の当日、昼にこのメンバーで集まった時のこと。
『集まろうぜ』という俊樹の発案からなった、アーカイブ鑑賞会の約束……正直、しっかり覚えていたと言えば嘘になるが――
「俺も、また集まれて良かった。アレは正直、大ダメージだけど」
スクリーンの中で暴れ散らかしている【曲芸師】の姿に、苦笑いを零しつつも。
「なんだかんだ……これが一番、日常って感じで落ち着くな」
若干一名お金持ちのお嬢様という微ファンタジーが含まれているとはいえ、『学校の友達』というありふれた関係性には違いないから。
「……紅茶のお代わり、いる?」
「もらうよ――いや流石お嬢様、結構なお手前で」
「それはもう、お嬢様ですから」
互いに謎のやり取りでふざけ合い、意味もなく笑い合う。
それを傍から見物してニヤけ面を晒していた二名に『質問タイム終了』を言い渡せば、立ちどころに上下関係は逆転だ。
そうしてわざとらしく二人にマウントを取る俺の横では、楓が美稀にイジられていて――あぁ、もう本当にクッッッソ平和。
なんだかんだ人には恵まれすぎていると、己の幸運に感謝するしかあるまいて……もちろんそれは、ちゃんと友人のままでいると示してくれた四人にもな。
『心の底からグッドゲーム――』
『へぁっ!?』
『アッつぅッッッ!!!??』
「――……、…………」
「唐突なギャグも、あたし的にはポイント高いよノゾミン」
「お前ところどころで謎にあざといよな、天然か?」
「人気が出そうな要素ではある」
「ふ、ふふっ……」
スゥ――――――……やっぱ、もう帰ろうかなぁ。
言うて顔ニヤけてんよ主人公。