白と黒
「先輩」
「ハイ」
二時間ほどで〝素材集め〟を終えて、円卓へと帰還してからのこと。
呼びかけに対して背筋を伸ばして応答し誠意を示すと、テトラは「もういいから」と苦笑いをしてみせた。
「いつまで気にしてんの、お互い冗談なのはわかってるでしょ」
「それはまあ」
本気で怒ってるわけじゃないなら、鬼のような周回は求めないで欲しかったなぁと……いい具合に気も紛れたし、そういうノリも有難くはあったけれど。
囲炉裏はなんか会うたび疲れてる気がするから別枠として、やはり等身大で接することのできる同性の知人は貴重だな。
俺と同じ、序列持ちとかいう逸般人な肩書きには目を瞑るとして。
「ある程度余分に在庫ストックできたし、助かったよ――はい、お礼」
「っと……なにこれ、クナイ?」
投げ渡されたのは、刃と柄部分の長さが同程度で掌サイズの小剣――ってこら刃物を抜き身で投擲して渡す奴があるかよ!?
当然のようにキャッチしてスルーしかけた俺も俺だけど‼
「スローイングダガー。ちょっとした効果付きのね」
「ほう?」
しからば、その『効果』とやらを拝見してみようか。
【影縫の儀小剣】――〝影〟の魔力が込められた小剣。生命ある者の影を穿つことで、その動きを縫い留める力を備えている。
「…………強くね?」
「雑魚相手ならね。ボス格のエネミーには保って一瞬だし、プレイヤー相手でも人並みに精神ステータスを上げてたらほぼ効かないし」
「いや、一瞬動きを止めるってクソ強いだろ」
プレイヤー相手も『ほぼ効かない』ってことは一瞬くらい効果ありはするんだろ? 不意打ちはもちろんリズム崩しや詠唱妨害……パッと思いつくだけでもメチャクチャ悪いことできるじゃねえか。
「ま、それは使いかた次第ってことで。消耗品だけど魔力を込め直せば何度か使えるし、壊れたら持ってきてくれれば直すよ」
「えぇ……これ、ちょっと手伝ったくらいで貰っていいようなもんか?」
「実際に使えばわかると思うけど、本当にそんな大したものじゃないってば」
そう言うテトラは、しかし謙遜しているという様子でもなく……作成者がそこまで断言するのであれば、俺が思うほど便利な代物というわけでもないのか。
「あんまり頻繁に修理頼まれても面倒臭いし、もしかしたら緊急時に助けになるかもね――くらいに思っといて」
「……了解。おまもり代わりに、ありがたく貰っとくよ」
これも装備扱いならば……オーケー、《コンストラクション》の切り替えが効くな。テトラの言う通り、緊急時の奥の手として活用させてもらおうか。
「相変わらず便利だねソレ、羨ましいよ」
「コツを教えてどうにかなるものなら、いくらでも教えるんだけどな」
弟子入りでもするか?――と冗談めかして言ってみれば、少年は「遠慮しとくよ」とヒラヒラ手を振り断った。
あぶねえ。軽く言ったがノリ気で『是非に』と返されていたら、俺のほうが『勘弁してください』と頭を下げなければいけなかったところだ。
いろんな意味で、そんなことしてる場合じゃねえんだわ。
「じゃ、僕はそろそろ落ちるよ」
「あぁ、俺もそうする」
時刻は午前四時手前――今日もまたいろいろと予定があるが、まだ一眠りくらいはできる時間だ。
心体ともに無理しすぎてぶっ倒れたらシャレにならないし、流石に無理矢理でも休んでおくべきだろう。
「僕はいつも夜から深夜帯に活動してるから、また眠れないときには付き合ってよ。……毒の洪水は、もう二度と御免だけど」
「悪かったって……俺も、気が紛れたし助かった。またどっか行こうぜ」
本心からの言葉を告げれば、テトラはニッと子供っぽい笑みを浮かべて――
「ん。空元気も、ほどほどにね」
「っ……、…………」
子供らしからぬ〝眼〟でもって、的確にこちらの心を読み取ってくる。
「いま大変なのは、流石に想像つくけどさ――僕ら、元はただのゲームプレイヤーじゃんか。めんどくさってなったら、少しだけ耳塞いだっていいんじゃない」
「………………だな」
投げ掛けられた言葉に、思わず零れた気の抜けた笑み。
途中から、無理にはしゃぎ倒していた――自分でも明確に自覚していなかったことを遠慮なく暴いた先輩は、また一つ悪戯っぽい笑みを残して、
「じゃ、またね先輩」
「あぁ、またな」
後腐れなく、サッサと仮想世界を去っていった。
「………………お前、本当に年下かぁ?」
ひとり残された俺へ――願ってもない脱力感を置き土産に。
騒動にも人にも恵まれすぎている。