連れ夜更かし
「――あれ、先輩じゃん。どうしたのこんな時間に」
「……こっちの台詞だ。夜更かしか? 自称年下」
草木も眠る丑三つ時。
『また明日』と言い帰っていったアイリスを見送った後、現実からの往復ビンタにより無事眠気を消し飛ばされた俺が仮想世界へとUターンして早二時間。
一人でフィールドに繰り出す気にもなれず、【セーフエリア】の街並みを散策したりしつつ――行きついた先は、東の円卓。
誰か話し相手でもいないかと期待したわけではなく、なんとなくここの『人をダメにする椅子』を求めて来ただけなのだが……どうやら先客がいたらしい。
「夜更かしというか、僕の活動時間って基本的に深夜だから」
そう言って小さく笑む黒尽くめの少年――テトラは現れた俺に横目を向けながら、大きな机を存分に独り占めして何事か作業をしていた。
「あー……邪魔したか?」
今時、昼夜逆転など珍しくもないだろう。他人の生活にツッコミを入れる気も起きず、気遣いだけを口にして『別の場所に行くか』と円卓を後に――
「別に。というか丁度よかった、暇なら少し付き合ってよ」
……しようとしたところ、予想外に引き留められて少々面食らう。
「暇っちゃ暇だけど……なんだ、お喋りにでも付き合えば」
いいのか――と、思いきや。
見たところ……『調薬』かなにかだろうか? 並んでいるのは得体の知れない素材を始めとして、すり鉢やら何やらとそれっぽい器具の数々。
それらをポイポイと雑にインベントリへ放り込み、立ち上がったテトラを見て放ちかけた問いを軌道修正。
「……ってわけじゃ、なさそうだな」
「そ。ちょっと素材を切らしててさ、取りに行くから手伝ってくれる?」
「こんな時間からぁ?」
「そっちこそ、夜更かし上等って雰囲気で顔出しといてなに言ってんの」
「………………」
アルカディアの序列持ちってやつは、誰もかれも勘が鋭すぎて溜息が出るよ。
「……イスティアの序列称号保持者が手伝ってくれって、その素材集めとやらはどんな魔境に連れて行く気だ?」
「別に、大した難易度のダンジョンじゃないよ」
いやフィールドじゃなくてダンジョンなのかよ。ガッツリじゃねえか。
「辛気臭い顔してるし、身体動かしたほうが気も紛れるんじゃない?」
「…………っはぁ……わかった、付き合う」
コイツ本当に年下かぁ?
気の遣いかたが〝子供〟のそれじゃないんだよなぁ……。
◇◆◇◆◇
「おうコラ先輩」
「どしたの先輩」
「どしたの――じゃねえ! 手伝えと言いつつ後ろで傍観とは良いご身分だな? えぇ???」
場所は移り、【隔世の神創庭園】街区の南東方向。
森を抜け平原を駆け、足を踏み入れたのは小規模な密林。その内部に存在していたダンジョン――その名も【毒泉の憩場】にて。
思えば初となる『木々に囲まれた環境での戦闘』を言葉通りほぼワンマンでやらされている俺がツッコむも、テトラは気にした風もなく肩を竦めるばかりだった。
「仕方ないでしょ。僕と先輩じゃ戦闘スピードが違い過ぎるんだから、参戦したら共闘どころか邪魔にしかならないよ?」
これで『邪魔』が俺を指しての言葉であったなら戦争だが、どうやらそうではないらしいのでグッと我慢。
いやまあ別に、このくらいで本気で怒るわけでもないし良いんだが……。
「言ってるじゃん、お礼はするって。先輩だけに任せたほうが百倍速いから、頼んでるだけだってば」
「ったく……東の序列持ちが直接戦闘力皆無って本当かよ? ぶっちゃけ話半分も信じてないからな俺」
曰く――『僕、完全サポート特化で攻撃力とか無いから』とのこと。
いや嘘つけ、と。戦後リザルトに目を通して知ってんだからな、今回の四柱でお前も南の序列持ちを単独撃破したってのは。
「アレコレお披露目するにも、コストがいるからね。素材集めに来たのに赤字になったら馬鹿らしいし……ま、そのうちに期待しといてよ」
「いや、もう……いいけどさ」
……我ながら、やっぱり若干不安定だな。自分で言うことではないかもしれないが、受け答えにキレが無い。
そんでもって、〝キレ〟が無いのは言葉だけではなく――
「不調みたいだね」
「……いろいろあってな」
それはもう、ビルドのこととか、現実のこととか。
現実については明日以降に置いておくとして、やはりビルドに関しては根本的な改善策が必要かもしれない。触らなきゃヨシの《空翔》はまだいいとして、《兎乱闊躯》のほうが思った以上の難物だった。
「ふーん……僕で力になれるなら、相談してくれてもいいけどね。ただまあ戦闘に関しては、先輩と方向性が違い過ぎるし難しいかも」
「それな。ついでに方向性つっても……」
他ならぬ俺がぶち壊してしまった〝常〟だが、アルカディアには元来『空中戦』なんてものは存在していなかったらしい。
一時的な空中機動程度を個々人で確立しているのは珍しくなかったようだが、〝空中メイン〟ともなれば話は別。
《兎乱闊躯》と似たような空中機動スキルを修得しているプレイヤーがおそらくいない以上、コツを聞ける相手も存在しないという現状だ。
結局のところ、なんとかしてくれるかもって甘える先がお師匠様しか思い浮かばないんだよなぁ……ういさんなら、また『できることはできるからやれ』理論で解決に導いてくれる気がしないでもないから。
理論ってなんだろうな……。
――と、あれやこれやと会話や物思いを並行しながら。
「とは言っても、それだけ動ければ序列持ちの基準でも十分だと思うけどね」
引っ切り無しに襲い来る〝不定形のバケモノ〟を蹴散らすこと、三桁余り。
テトラが呆れたように見てくるが、それは流石にリップサービスが過ぎるというものだろう。コイツら正真正銘のザコばかりなわけだから。
【毒霊の御使い】――蛇にコウモリ、ハチにサソリ、その他はクモやカエルなどなどなどなど……同種であっても千差万別の個体差をもって襲い来る連中こそが、このダンジョンのメインエネミーである。
その正体は、ありとあらゆる毒性生物を模倣する毒々しい紫色のスライム。どこぞのサムライよろしく、『物理無効』とかいう俺特攻を備えたド畜生だ。
……コウモリって毒あったっけ?
「数だけの雑兵だろこんなもん。1/100【螺旋の紅塔】ってところだな」
「その数が普通はヤバいんだってば。あと比べる相手が頭おかしいから」
まあそれはそれとして、実際のところ俺単独での攻略は現状不可能だなこりゃ。なんてったって物理無効……ならば何故、未だに魔法攻撃手段を持たない俺がスライム共に対処できているのかといえば――
「〝砂〟だの〝影〟だの……アルカディアの魔法属性はユニークなのが多いな」
「かもね。〝星〟とかもあるし」
「なにそれクッソ強そう」
「クッソ強いよ。使い手の二人なら、曲芸師の頭の上にいるけど」
「アイツらかよ……」
――と、相変わらず会話を続けながら。
俺が振るう【空翔の白晶剣】が纏う黒いオーラこそが、天敵を相手取れているその理由。早い話が、魔法付与スキルだ。
純物理の武装に対して使用することで、魔法属性を追加できる支援スキル――誰の仕業かについては、言うまでもないだろう。
「ほら、余裕そうだしサクッと行こう。目的の素材はボスしか落とさないから、とりあえず十周が目途ね」
「へいへ……――おいコラ、いまなんて」
「前見なって。またいっぱい来たよ」
「コイツ……ッ!」
これでなぜだか憎めないのが、憎たらしい。
先輩との夜更かしは、思いのほか長丁場となるらしかった。
地味に作者がテトラ君推しって話する?
いらないですかそうですか。