幕間
特殊な用途ゆえ、ただでさえ建物の大きさに比して部屋数の少ない中。
少しでも傍に……なんて。自分でも笑ってしまうような理由で確保してもらった、隣り合わせのルームナンバー。
急いで引っ張り出した衣服類を詰めていたものを除き、運び込まれたままのダンボールで埋め尽くされた空間にて――
大きなソファで膝を抱える彼女の心は、いつまでも『彼』一色だった。
「………………――」
声もなく名前を呟けば、それだけで心が揺れ動く。
一度会えば、声を聞けば、顔を見れば、言葉を交わせば、想いを告げれば――少しは落ち着きを取り戻すものと、勝手に思い込んでいたのに。
結果はと言えば、この通り。
正直、とにかく一目会うことだけを優先していた……というより、暴走していたせいで。両世界における『プレイヤーの乖離』について考えていなかった。
顔も、年齢も、仮想世界の彼とは違うかもしれない。まず考えるべきだったその当然を、思い出したのは『顔』を見てからのこと。
仮想世界と一緒だ――と、間抜けにもそんな感想を抱いたのは、顔を合わせてしまい後に引けなくなってから。外見とは異なり偽れない声音から凡その年齢は測れるとはいえ、これで倍以上も歳が離れていたらと思うと笑えない。
裏を返せば、倍程度であればこの想いは褪せなかっただろうという自信もあるのだが……それは流石に、いくら〝ホワイト〟が自由を掲げる一族といえども止められてしまうか。
仮想世界のハルと現実の彼が同一だったことは、素直に喜ぶべきだろう。
年下の王子様は、こちらの世界でも素敵な男の子だった――なんて、臆面もなく考えてしまうのは〝恋〟ゆえなのかもしれない。
「…………ぁ」
と、まだ恋人でもない相手に惚気ながらふと気付いた。声を漏らしながら目をやるのは、視界の端に流れる黒い髪。
――そう、容姿といえばだ。
「忘れてた……」
それというのは、左手首に巻かれたシンプルな銀のブレスレット。お喋りに夢中になるあまり、〝変装〟を明かさないまま帰ってきてしまったではないか。
今更になってリングを外しながら、まあいいかと自然に笑みが零れる。
宣戦布告は、もう済ませた。これから何度だって、彼とは顔を合わせられるのだから……そう思い心を浮つかせながら、彼女は穏やかに瞳を閉じる。
カーテンの隙間から差し込む月の光は、ただ静かに、静謐に――煌めく純白の髪を、優しく照らしていた。
「どういうこと???」って思うじゃん?
そのまま「どういうこと???」って思っといてください。
夜にもう一話、更新します。