楽しい苦行
あれは四柱の選抜本戦に挑んでいるときだったか、『対人よりもモンスター相手のほうが性に合っている』という感想を抱いたことがある。
半月もの時間を隔て、こうして帰ってきた今――俺は殊更強くソレを自覚した。
アルカディアの『人外PvP』も色んな意味で死ぬほど楽しかったのは事実だが、それはそれとしてPvEはやはり〝趣〟が違う。
頼れる相棒と肩を並べ、見上げるほどに巨大な怪物に挑み掛かる……やはりこの、脳がシビれるようなヒロイック体験は代えがたいものがあった。
――――なので、
「アゲてくぜ虫けらァッ‼」
「っあ、あぶッ……!?――――もう、ハルッ!」
つまりは、このように。俺が久方ぶりにテンションを壊してソラに叱られるのも、無理はないというもの。誰がなんと言おうと、不可抗力である。
勢いのまま前のめりで『射線』を遮ってしまった自覚はあるので、上下逆さまで三回転捻りを決めつつ片手を挙げて『ごめんなさい』のポーズ。
横線一色と紙一重の視界の中。辛うじて捉えられた怒り顔のパートナー様は、
「八連‼」
一切の躊躇なく、俺を目掛けて魔剣の連弾を撃ち放った。
勿論それは、怒りに則った制裁でもお仕置きでもなく……コレでも〝不調〟を患っている俺に対する、手厚い足場の提供に他ならない。
既に《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》を発動させ、死にゆく過程の我が身体。駆けるは宙、奔るは紅刃――ボスエリアの〝大空洞〟にて、相対するは『女王虫』。
【輝石喰らいの女王】――【岩食みの大巣窟】の最下層におわす巨大ボスにして、兵隊たちを隷従させる異種の女王だ。
全長十メートルは下らないだろうその巨体は蟻たちと同じく岩石と宝石で構成されており、想像し得る『原型』を甚だ逸した奇怪な変異を遂げている。
芋虫を彷彿とさせる、過剰に肥大化した腹部。歪に変形した『翅』が鎧となり守ってはいるものの、はち切れんばかりに膨張した腹は隠しきれていない。
動くことを放棄した『脚』の様は、しかし退化ではなく進化なのだろう。まるで虫らしくない樹木のように太く強靭な脚部には、蟻たちのソレを更に凶悪にした巨大な宝石の弾頭が所狭しと装填されていた。
なんというか、もう全体的に別の生き物としか言えない変貌具合……バッタと同じく、お前も本来は敏捷特化なイメージなんだけどなぁ――キリギリスさんよ。
「ハル!」
「サンキューッ‼」
呼びかけに詳細など要らず。声が届いた瞬間に首を回せば、飛来した魔剣の一本が緑光を纏って輝いているのが目に留まった。
女王が頭上を跳び回る不埒者目掛けて対空弾幕を張ってくるが、牽制のバラ撒きと定期的な自機狙いという固定パターンが割れてからは脅威ではない。
轟音をあげて襲い来る人の頭ほどの宝石弾をヒョイヒョイ躱し、ポイントされた魔剣の一振りへと足を付ける――瞬間、発動待機状態にされていた回復魔法が俺のアバターを包み込んだ。
《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》の過負荷でジリ貧だったHPが満たされていき、更にはかの優良治癒魔法の副次効果である持続回復が自滅ダメージを相殺……まではいかないが軽減してくれる。
超速機動の対価を、相棒の援護で踏み倒しながら――ハイここ、隙アリだ。
「ソラッ!」
俺の声に応じて、夥しい量の瓦礫のド真ん中に立つソラが両手を左右に掲げ――次の瞬間、虚空から現れるのは二振りの巨塔。
「《剣の円環》――」
「兎束ノ剣――」
そして、俺も。
――鞘に封じた輝きは、既に臨界寸前だ。
「《連なる巨塔》ッ‼」
「《焔零神楽》ァッ‼」
それはまさしく、三方向から迫る不可避の極刑。
左右からは、ソラの創り出した巨大な砂剣が。そして真上からは、鞘から抜き放たれた紅緋の大紅刃が同時に振るわれて――
声を上げる間もなく巨大な頭部を断たれた【輝石喰らいの女王】は、青い燐光となって盛大に爆散した。
――戦闘時間は、おおよそ五分弱。ひどく呆気ないものだが……まあ、これで六周目ともなれば当然っちゃ当然だろう。
「――っはぁぅ……!」
「おつかれ、ソラ。……そろそろキツい?」
もはやリザルト画面に目もくれず、魔剣をほどきながら座り込んでしまった相棒に声を掛ける。三周目辺りまでは強がっていたものの……本格的な『周回マラソン』初体験の少女は力なく笑い、遂に「限界です」と音を上げるに至った。
――と、いった具合に。俺が今回の攻略を『地獄』or『超地獄』と断定していたのは、別にダンジョンの難易度を極度に過大評価していたからではない。
〝ハックアンドスラッシュ〟の醍醐味でもある、この地獄の周回作業を前提にしてのことであった。
……しかしながら、何度繰り返してもノリにノってしまっている通り。パートナーとのタッグマッチが楽しすぎて、俺に関しては無疲労もいいところ。
更に言えば、周回プレイが単純作業にならない要素が一つ。モンスターにも『個性』や『性格』が存在するのか、敵が挑むたびに戦術を変えてくるため新鮮味が薄れにくいというのも大きいだろう。
ただまあ、残念ながら奴さんの〝兵法〟については――
「ハル……は、元気そうですね」
「ふふん、修行の成果かな」
何度カタチを変えようと、この可愛らしいパートナー殿が〝千刃〟をもって即座に薙ぎ払ってしまうのだが。
結果、本来は『固定砲台の親玉が使役する兵隊との対軍団戦』を想定しているのであろうボス戦は、開戦から数十秒でタイマン化。
いくら耐久がバカ高くて弾幕火力が鬼と言えども、そもそも動けない相手との一対一で今更後れを取る俺たちではない……とはいえ、やはりソラさんがぶっ壊れ過ぎているという感想が覆ることはないけどな。
「さて……時間もいい頃合いだし、今日はこの辺で切り上げようか」
「きょ、今日は……?」
「それはまあ。おかわりの如何は、戦利品の鑑定結果が出てからかな」
「……い、いえ、大丈夫です。これもゲームの醍醐味、なんですよね……!」
まあ、無理に付き合わせるつもりはないけどね? 度々チラ見していた限りでは、ソラもソラで楽しそうにはしていたから。
ボスの若干エグいビジュアルにはドン引きしていたけども。
「そしたらその、申し訳ないけど……」
「あはは……おまかせ、です」
攻略を切り上げる――その前に。
周囲に散らばる夥しい数のやるべきことを見渡して言えば、珍しく若干ウンザリしたような表情を見せつつソラが立ち上がる。
毎度のこと、ボス戦より確実に選別作業のほうが時間取られてるからね。さもありなん……魔力放出も『適切な加減が可能な範囲攻撃』も持ち合わせていない見学者は、ただ感謝を捧げながら見守るのみ。
魔力の風で【蒼空の天衣】の裾をはためかせ、疲労からかどこか気だるげに……しかし悠然と手を翳す少女の姿は、誇張無しに『一枚の絵画のようだ』と言って差し支えないのではなかろうか。
見惚れてるわけじゃないぞ――と、誰にともなく誤魔化しつつ。傍らでパートナーのお仕事を眺めながら、俺は火照った心をクールダウンさせていく。
目前に迫った〝あとで〟を思い……息抜きを経て軽くなった心に。
またほんの少しだけ、緊張が滲み始めるのを感じていた。
ぜんぶ時間泥棒が悪いんです(などと意味不明な供述をしており)