岩食みの巣窟
【岩食みの兵隊】は厳つい外見に違わず、火力と敏捷に偏重したステータスを持つアタッカー型のモンスターだ。
攻撃方法はシンプルな噛みつきや体当たりの他、昆虫特有の丸く大きな腹部に生えている宝石を射出することで遠距離攻撃も完備している。
更に注意すべき点は、同一の名前でも異なる種類が存在すること。
個体のバリエーションは三種――まずは『兵隊蟻』。最も数が多く、物量で押してくる基本型。攻撃特化な性質ながら、生まれ持った鎧のおかげで並以上の耐久も備えている。
動きは機敏で力も強く、物理耐性まで地味に高いと中々の高スペック具合だ。
挙句の果てには虫特有の〝しぶとさ〟を発揮して、真っ二つにしてもなお上半身だけで襲い掛かってきたりする。つまり適当にバラすと痛い目を見る可能性があるため、キッチリHPバーを確認してトドメを刺すのが吉。
次に『特攻蟻』。兵隊蟻の半分くらいの数で現れ、脇目も振らず真直ぐに突撃を仕掛けてくるヤベー奴。
なにがヤバいって、近距離まで接近を許してしまうと躊躇いもせず〝自爆〟しやがる点だ。近くに味方がいようが関係なく、カッと光を放って一秒後に爆発四散。
岩石と宝石で構成された己が身を破片手榴弾としてフル活用してくるのだが、飛散パターンが完全ランダムなので覚えて躱すことができない。
そのため、基本的に『近寄られる前に処理』が絶対……と、本来なら相当厄介な相手なのだろうが、装甲が兵隊蟻よりも薄いので撃破自体は難しくない。有情。
そして最後に『翅蟻』――ソラさんの天敵。
なにをもって天敵かと言えば、それはモンスターとしての性質やスペックに一切関係しないただ一つの理由。
羽音が無理。なので奴らは出現するや否や――
「――《三十連》ッ‼」
こうなる。
多くの人間が本能的に忌避するであろう、あの振音が聞こえた瞬間――宙を駆けた魔剣の連弾が、洞窟の遥か先で飛翔した巨体を穴だらけにした。
飛行能力を備えた遠距離タイプというお手本のような近接殺しなのだが、『特攻蟻』に負けず劣らずの紙装甲であるため飛び道具が在れば対処は余裕。
――つまり、我がパートナー様の敵ではないということだ。
「はー……相変わらずの頼もしさよ」
「こっちばかり見てないで、働いてくださいっ!」
と、パートナーの勇姿を眺めていたら、ご本人様からお叱りを受けてしまった。
いやまあ、それはそう。
直近で経験してきたドぎつい戦闘の数々と比較してつい気を抜いてしまうが、相手がどうあれ俺の耐久が皆無であるという事実は変わらない。
兵隊蟻は種類を問わず、敵愾心の指向性が極めて単純。それゆえ、ソラより前にいるだけで盾役を完遂できる点は気楽なもんだが……『油断して一撃喰らいました』が即戦犯に繋がる我が身である。
一定の集中は維持していこうか――――ねぇッ‼
「ふッ……‼」
大群のド真ん中。無数の生きた岩塊に囲まれながら回避に徹していたアバターに力を込めつつ、瞬時に意識を攻勢へと切り替える。
左から迫った兵隊蟻の顎を【早緑月】の鞘で地へと叩き伏せ、反動を乗りこなして宙へ浮かせた身体を繰り、
「――劣化《天雪》ぃッ!」
空中で横倒しの体勢から、高速横転三連撃。
『縮地』ではなく我流の『纏移』を用いたなんちゃって《四の太刀》であるため、威力も精度も本家とは比較にならない紛いものだが――
それでも、怪物相手ならば十二分。
正面の一匹は急所の頭部を掻っ捌かれ、燐光となって爆散。しかし怯むことのない無数の兵隊は、いっそ機械的な殺意でもって仲間の屍を踏み越えてくる。
特攻蟻と翅蟻は無視でいい。そちらは一匹残らずソラが始末してくれるだろう。
即ち俺の担当は、白兵戦による兵隊蟻の殲滅一本。
「小兎刀ッ!」
翠刀を鞘諸共に真上へ放り投げ、すかさず空いた手で紅緋を乱射――からの《爆裂兎》。
弾幕爆撃で宝石弾射出の予備動作を取った個体を牽制しつつ、砕いた兎短刀を腰の鞘へと放り込み……《ウェアールウィンド》起動。
「せぇ……んのァッ‼」
狭まる包囲の一方向、最も近い一匹に真直ぐ踏み込んで――正拳一撃。
暴風を纏ったSTR:200の拳が、車のタイヤほどもある巨大な頭を打ち付け……その右拳で輝くのは、赤を喰らった〝白〟の魂依器。
「――《鋒撃》‼」
それは鍵言ではなく、指示の呼びかけ。
瞬間、手元に顕現すると同時に豪速で放たれた【空翔の結晶剣】が、追撃の形を成して【岩食みの兵隊】の頭部をぶち抜いた。
「ッハ! 背中は任せたぞ相棒!」
『自律機動』の発動。勢い余って突き抜けた白剣が翻り、物騒な風切り音を耳元に残して背後へ飛び去り――……おい、顔面スレスレを攻める必要はあったのか?
なに、まだ怒ってんの???
落下してきた翠刀を掴み取っては兵隊蟻をあしらいながら、どうにも反抗気味な態度が抜けない『魂依器』の様子に苦笑いを一つ。
それはまさしく、これまでの鬱憤を晴らすかのように。俺の魔力を馬鹿食いしながら大暴れしている剣の音は、背中越しにも頼もしい限りなのだが……。
「上等だこんにゃろう……そしたら、キルカウントで競争と行こうか‼」
敵残数――推定たくさん。
獲物はより取り見取りだ、好きなだけ暴れようぜ愛剣ッ!
◇◆◇◆◇
「――本当に生きてるみたい……というか、もう実際に生きてると思ったほうがいいんでしょうね……」
「いやぁ……なんかもうNPCみたいな感じかもしれんなぁ」
戦闘終了後――『記憶』の才能を無駄にフル活用して数えた〝結果〟に従い勝鬨を上げた瞬間、【空翔の結晶剣】は勝手に指輪へと戻ってしまった。
挙動が完全に拗ねてしまった子供のソレ。ここまで露骨だと逆に可愛く思えてくるが、素直に頑張った主人を褒めてくれてもいいんだよ……。
それはさておき、肝心の戦果確認だ。というのも、このダンジョンはドロップ品の扱いが少々特殊であり――
「うーん……めっちゃチカチカする」
「目が痛くなってきますね……」
戦闘を終え、一時の静けさを得た洞窟の中。見渡す限りに広がるのは、岩床中に散らばる大量の鉱石と宝石の山。
陽の光が届かない地下迷宮内にて、光源代わりとなる蟻の亡骸――発光する瓦礫に照らされたそれらの輝きが、俺たちの目を眩ませていた。
巨大蟻たちは、固有のモンスター素材をドロップしない。
代わりに奴らがプレイヤーに齎してくれるのは、呆れるほどに多種多様かつ高品質な石系素材の数々だ。
このダンジョン特有の仕様として、連中のドロップ品は全てが一様にインベントリではなくその場へバラ撒かれる。辺り一面を煌びやかな石たちが埋め尽くす光景は、男女問わず心躍るものではあるのだろうが……。
試しに一つ、水色に輝く拳大の原石を手に取りタップして――
【水色瑪瑙の原石】――微細な石英の結晶が集まった石。わずかに水の魔力を秘めている。
表示されたメチャクチャ簡素なテキストに目を通した俺は、一切の躊躇いもなくそれを放り捨てた。何故かと言えば、俺たちにとって価値が無いからである。
生産職に好かれ、戦闘職に敬遠される――その理由こそがコレ。
ビジュアルきつめな昆虫型モンスターや、一般勢だとそこそこ厳しいらしい戦闘難易度も然ることながら。このダンジョン最大の問題は、得られる鉱物の種類が膨大過ぎて目当ての品が手に入りにくい点にある。
――多様で上質な品が手に入る、それは確かなのだろう。
しかしながら、その〝上質な品〟を手に入れるため戦闘職に求められる労力がヤバい。敵を倒して戦利品を得るだけではなく、アホみたいな種類が混在する石の山から目ぼしいものを選別しなければならないからだ。
鑑定系のスキルが使える魔工師を同行させるなどで効率化は図れるものの、通常の攻略と比べ物にならない手間を取られることには間違いない。
身も蓋もない言い方をすれば、『結論面倒だから行きたくない』類のダンジョンだということ――未だに新たな鉱石や宝石の発見報告が止まないらしく、職人にとって浪漫の楽園であるという事実は理解できるんだが……。
生憎と、チマチマと選別に勤しむのは効率が悪すぎるのだ。
「ソラ、よろしく」
「やっぱり勿体無い気もしますけど……仕方ないですよね」
ということで、俺たちは細工師殿から教わった『極めて大雑把な選別法』を実践させてもらっていた。
今回の目的は、装飾品への加工に適した宝石の原石。全てがそうというわけではないらしいが、それ系の素材は基本的に『魔力』との親和性が高いらしい。
選別法というのは、その性質を利用して――
「すぅー……――――っ!」
『魔力』をぶつけて、反応を見るというもの。
深呼吸の後、手を翳して意気を発したソラを中心に〝風〟が吹き荒れる。俺にはできない――というより、大多数のプレイヤーには再現不能な『魔力』の現出。
ただ精神ステータスを伸ばせば良いというわけではなく、魔法士としての適性に秀でたプレイヤーの中でも限られた者のみ発現できる特殊技能らしい。
技能とは言っても、常ならば何かしら直接的な恩恵が生じるようなものではないのだが……例外なのが、この手の『魔力に反応する何か』への干渉。
「……っ、どう、ですか?」
「ちょい待ち」
意識しての魔力放出は、できるとはいえ容易いわけではないらしい。言葉を切りながら問うソラに急かされるように、瓦礫の山を掻き分けていく。
装飾品に適した特別な素材は、発光したり震えたりと何かしらのリアクションを見せてくれるとのことだが――
「ハズレかなぁ……ありがとソラ、もういいよ」
「……っぷぁ」
魔力放出の負荷は、どうも『息を止めている』ような感覚なんだとか。
実際に呼吸を止める必要はないらしいが、イメージが近いために連動して息を止めてしまうようで……労力を強いているところ大変申し訳ないのだが、口を引き結んで顔を赤くしながらプルプルしている様子が若干可愛いらしい。
「そしたら、もういっちょ頼む」
「はいっ」
残念ながら、今回もアクセサリー候補は見当たらず。ということで、次なるは『大雑把な選別法』の第二段階。
背後へ退避した俺を確認してから、ソラは真直ぐ真上に右手を掲げて……。
「《この手に塔を》」
召喚、そして拡大。
スキル《オプティマイズ・アラート》の効果により洞窟の天井へ届くほどの巨剣と化した砂の塔――その魔剣の『腹』を、瓦礫の山へ叩き付けた。
圧倒的な視覚スケールに違わぬ激震と破砕音が洞窟を揺るがして……巨大な魔剣はすぐさま虚空へと消え去り、後に残されたのは粉々になった石の残骸たち。
「おっ」
「あっ!」
と、その場に一つだけ残された深い青色。極めて雑な『硬度チェック』を生き延びた、武装への加工に耐え得るだろう鉱石素材だ。
拾い上げてタップしてみれば……ふむ、【海星鉱の原石】とな。石屑に塗れたままで、本来の輝きは未知数だが――
「綺麗ですね……」
「だなぁ」
亀裂から覗く深い青色に金色の粒を内包する外見は、なんというか期待度大。宝石……ではないようなので、コイツはカグラさんに見てもらうとしよう。
時間を掛けて選別鑑定なんざ正直やっていられないが、こうして瓦礫の山から一粒のお宝を見つけ出すのは中々に浪漫があって嫌いじゃない。
……なおこのダンジョンで手に入る素材の中には、魔力に反応もしなければ硬くもない激レア品が存在するらしいという事実は考えないものとする。
精神衛生上、とてもよろしくないから。
「よっし。この調子でサクサク行こうか!」
「あはは……こんなに、その……サクサク行ってしまって、いいんでしょうか」
うん? 〝高難易度〟ダンジョンがあまりに温くて戸惑っていらっしゃる?
いやもうそれは、仕方あるまいて。どんなものでも、難易度を定義するのは大衆つまりは『一般勢』である。つまるところ――
序列持ちとその対等な相棒に、もはや普通の基準は当て嵌まらないってことだ。
ちょっと長くなっちゃった。
ちなみに本来の難易度に関してはご想像の通り、一般のプレイヤー基準ではフルパーティ六人編成を前提にしても大層な鬼畜ダンジョン。
大量の巨大な虫を相手に殺戮したりされたりする、某シンプルシリーズの地獄絵図を思い描いていただければおおよそ正解。