裏心一途
「――こーれーでー……よしっと。とりあえず、間に合わせね」
「いや、十分過ぎる。ありがとな」
【天翠玉の指輪】&【天翠玉の腕輪】×2――エメラルドを加工したステータス補正特化三部位の効果は、セットボーナスを含めてMID+100。
加えて、カグラさん作の【輪転の廻盾】にも使われている【共振の蒼水晶】を加工したネックレス――【魔晶の首飾り】を据えて、俺のアクセサリースロットはとりあえず一時凌ぎの形を整えた。
四柱戦争の対トラ吉戦で活躍したハンドメイド呪物こと【赤より紅き灼熱の輝琰】については、凶悪なシナジーを生み出していた《瞬間転速》が別物になってしまったため残念ながら一時解雇。
ともあれ、不本意ながらなにかと自傷関係のスキルを得やすい身である。
元より四柱が終わればニアにリメイクを頼むつもりだったので、理由は変われど一時返却は予定通りのことだ。
――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):200
AGI(敏捷):250
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):300(+350)
LUC(幸運):300
――――――――――
これで、増強分含むMIDの合計値は実に650――正直ここまで来ると、俺も何かしら『魔法』の手札が欲しくなってくるが……。
魔法適性ツリーの習得自体は『とりあえず精神ステータスを上げとけばヨシ』とのことだが、獲得までの時間はプレイヤーの資質によって大きく変わるらしい。
つまり、今か今かと待ち望むのは精神衛生上よろしくないということ。
どれだけシステムに『向いてない』と判断されようが一つくらいは誰しも習得できるそうなので、せいぜい気長に待つとしよう。
「さて、お代は?」
「ん-……専属割引で五百万ってところかなぁ」
「安……い、のか?」
五百万と言われたら一般人の感覚では高額に思えるが、如何せん財布の中身と直近での支払いがデカ過ぎて金銭感覚が崩壊している。
「まあ、そこそこ? ぼったくったりしないから、安心していいよー」
「ほう? なら、相棒の衣装代に謎の10Mが上乗せされた件は一体――」
シパンッ!
「なにか言ったかな?」
「なにも言ってません」
女性との円満な関係を維持したいなら、理不尽を呑み込んで負けてやることも必要――アイスクリーム屋の店長、美代子さん三十三歳バツイチからの教えである。
しかし地雷が分かんねえ……――いや、わかるんだけどさ。
ただ、となると先刻からの態度の変わりようがまた謎で――
「ふん……ん-でっ、その大事な相棒と合流するんでしょ。時間はいいの?」
そう言うニアの顔には、一瞬前までの不満げな表情は見る影もなく。
結局のところ真に女心を理解できない俺では、その内心を正しく読み取ることまではできず――以前のようにコロコロと表情を変えるようになった彼女に、正直なところ翻弄されていた。
「まあ……そうだな。今日はここらで御暇するよ」
時刻は現実換算で午後七時手前。ソラとの合流は八時予定なので、一度ログアウトして夕食を済ませば丁度良い頃合いだろう。
「リストアップした素材が手に入ったら、都度よろしく頼む」
「はいよー。キミのこと優先するから、いつでもおいで」
「っ……お、っけー」
――咄嗟の誤魔化しは、上手くいったはず。男でなくとも大概の人間が喜ぶであろう台詞をサラリと言い放ったニアは、何の気なしに微笑んでいたから。
本当に、今日は翻弄されっ放しだ。
そして……それが心地良くもあるのが、どうにもこうにも始末に負えない。
「それじゃ、またな」
「ん、またね」
友人とはいえ――むしろ、友人だからこそ。魅力的な異性を意識してしまうのが、気恥ずかしいような、申し訳ないような……。
白状すれば、逃げるように。
最後の最後で〝不意打ち〟を喰らわせてきたニアに手を振って、俺はアトリエを後にする。扉を開けて、チラと肩越しに目をやれば――
藍色は、椅子の上から姿を消して。
足早に駆け寄ってきた靴音と共に――華奢な指先が、俺の背中を捕まえていた。
◇◆◇◆◇
――またね、じゃない……!
気を抜けば性懲りもなく顔を出した弱気を蹴飛ばして、慌てて伸ばした手はなんとかその背に届いてくれた。
――別に、彼の相棒に対抗しようなんてつもりはないのだ。
その関係性について、焦りを覚えないと言えば嘘になるけれど。傍から見ても深く信頼し合っていると分かる二人に、不思議と嫉妬は湧いてこないから。
だから、怒った顔をして見せるのはいつだって――人の気も知らず好き勝手を宣う、彼への〝やつあたり〟が百パーセント。
そう、正しくやつあたり。
人の気も知らず――そんなの当たり前だ。わがまま放題な子供でもあるまいし、誰が『一目惚れ』なんてファンタジーを考慮しろと言えるものか。
いい加減、認めなければいけない。
それは即ち――惚れたほうが負けという事実を。
「……どうした?」
攻めの不意打ちが効いたのか、調子を乱した青年が戸惑いの声を上げて……喜んでいる余裕などなく、とある〝無茶苦茶〟を押し通すための覚悟を決める。
目標は呆れるほどに常識外の存在で、推定ライバルは泣けるほど強大。
ならば自分は少なくとも――ただ躊躇わずに、ぶつかる他ないから。
「…………キミにひとつ、命令があります」
言葉の裏。それは真実、断らせる気などない一世一代のわがまま。
「……え、と…………俺に、できることなら?」
「うん……うん――あの、ね。今度、一回だけでいいから」
それはきっと、普通であれば、どんな人でも首を横に振るようなこと。けれども、優しくて、妙に義理堅いこの青年は……おそらく、断れないだろう。
何故って、それは――
「私と――」
背中から腕を回して、彼の目前に掲げた一枚の紙片。
――『何でも言うこと聞く券』なんて反則カードが、この手にあるから。
「――デート、してください」
秘めない想いは、ただひとつ。
キミにも、ライバルにも――もう遠慮なんて、してあげない。
恋するヒロインは無敵なんだってさ。