表・回帰
「ふーん……じゃ、ひとまずは落ち着いたんだ」
「だな。メンタルはちっとも追い付いてこないけど」
「そりゃそうでしょって――あ、緑色と黄色ならどっちがいい?」
「いつも通り、そっちのセンスに任せるよ」
まあ当然の流れというか、リアル方面のゴタつきを心配してくれたニアに一応の『無事』を説明することしばらく。
もちろん『四谷開発』だの『偽装婚約』だのぶっ飛んだ内容の詳細は話せないが、基本的にデリケートな話題に関しては物分かりの良いニアちゃんである。すんなり納得してくれた彼女は今、俺の〝依頼〟を受けてガサゴソと棚を漁っていた。
「むぅ……信頼してくれるのは悪い気しないけどさー」
――なんとも神秘的な光景を見せつけて、砕けた【藍玉の御守】を蘇らせた後。
どういう心境の変化か、ニアはすっかりいつもの様子を……というよりも、出会った頃の様子を取り戻していた。
そもそも、ニアの〝おかしな様子〟は今日に限った話ではなく。
会うたび会うたび謎にしおらしさを増しながら、情緒不安定かつ自爆を交えてテンション迷子になるのが常だった彼女――直近ではその〝内心〟を『もしや』と推測して、勝手に動揺なんかもしていたのだが……。
「ん、ん、ん-……やっぱり、手持ちの宝石ちゃんだと間に合わせが精々かなぁ」
それがどうしたことか、この通り。基本的に挙動不審を発揮していた俺と一対一のシチュエーションでも、なんというか自然体である。
戸惑えばいいのか、安堵すればいいのか――わからないが、
「なんか良さげな素材の当てがあるなら、取ってくるぞ」
「うーん……そうしてもらったほうがいいかなぁ。仮に【血慧の死宝玉】とか注文しても、キミってば普通に持ってきそうだし」
「ラス……なに?」
「【黒血の星狼】っていう、幻のユニークモンスターからのドロップ品」
「……まず、幻とか言われてる時点でエンカウントの問題がですね」
「ちなみに、出現したのは一年くらい前の一回きりだったかな」
「現実的な〝当て〟を紹介してもらえます???」
一つ確かなのは――やはりというか、なんというか。
ニアとこうして適当を言い合うのは、全くもって嫌いじゃないということ。
第一印象など、百パーセント『なんだコイツ』でしかなかったというのに……いやまあ、例の一幕についての評価は、どう足掻いても覆ることはないのだが。
思えば〝喧しいボディプレ女〟から始まり、よくもまあ親しんだものである。そう考えると、俺たちは根本的に相性が良かったのかもしれない。
「……ねえ、失礼なこと考えてる顔」
「気のせいだろ」
宝石を弄る細工師殿から向けられたジト目を受け流しつつ、俺は俺で自身の作業をこなしていく。
というのもニアに『装飾品関係の見直し』を依頼したことも併せて、ステータスの大幅な変更に踏み切ることにしたのだ。
――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):300
AGI(敏捷):350
DEX(器用):100
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):0(+250)
LUC(幸運):300
――――――――――
結局、進化した【空翔の白晶剣】にムシャられた【螺旋の紅輪】のMID補正は丸ごと失われてしまった。それ以上に重要な〝権能〟に関しては、幸い魂依器が受け継いでくれたのでことなきを得たのだが――それでも、正直痛い。
魂依器が第二階梯に上がった分の戦力強化は考慮するにしても、レベルにして10相当のステータス弱体化は流石に無視できるものではないだろう。
更に言えば、その【空翔の白晶剣】が新たなMP大食漢であるという事実が泣きっ面に蜂。【兎短刀・刃螺紅楽群】しかり、《先理眼》しかり――どいつもこいつも、主人の魔力を食い散らしよる。
コスト周りの仕様が若干特殊な兎短刀はまだいいとして……《先理眼》と白晶剣の併用なんかした日には、MID : 250程度のMPなど秒で消し飛ぶことだろう。
なのでまあ、結論としては――
「こうするしかないわな……」
――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):300⇒200
AGI(敏捷):350⇒250
DEX(器用):100⇒0
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):0⇒300(+250)
LUC(幸運):300
――――――――――
「…………………………」
――目を瞑り、あれこれ言葉を呑み込んで、数秒の後にもう一瞥。
――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):200
AGI(敏捷):250
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):300(+250)
LUC(幸運):300
――――――――――
…………なんだこの〝まとまり〟のなさは? なにを目指してる人なの???
「……? なになに、なにしてんの――うっっっっっわ」
前回の振り直しより早一月強。俺は二度目のステータスリメイクによる〝お色直し〟によって、横から覗き込んできたニアを無事ドン引きさせた。
ウィンドウを可視化させるや否や彼女の口から飛び出したそんな声に、己の異常を自覚する俺は文句を言えない。
コレでも一応、しっかり考えた上の決断ではあるのだが……。
「つ、ツッコミどころしかない……DEX:0ってなに? 要介護者???」
「そこは不安要素としては一番軽いだろ」
「ちょっとなに言ってるかわかんない」
「俺もなに言ってんのか自信なくなってきたわ」
いやまあ、わりと真面目にDEXはどうでもいいんだ。
軽技系列の上位スキル《剛身天駆》のおかげで、実質200はあるわけだし……トップスピードから十秒と保たずに効果切れるけど。
些細な効果量ではあるものの、《兎乱闊躯》からも補正は受けられるしな……そもそもコイツが俺のアバターを救いようのない暴走特急にしている元凶だけど。
――いざ顧みたら、なんなんだよこの我が身は。ふざけてんのか。
「敏捷もガッツリ減らしてるし……アイデンティティ削っちゃって大丈夫?」
「いやまあ、スキルとか『纏移』とか込みこみでAGI:500相当は出せるし」
「いい加減にしてくれるかな?」
「ひゃえお、はあへ」
思えば、これも久方ぶりに遠慮の無いスキンシップか。
グイッと頬を引っ張られながら……しかし、数々の実力者たちと相対してきた今だからこそ、俺は声を大にして言いたかった。
それ即ち――『おかしいのは俺ばかりではない』という反論を。
「速さで言えば、囲炉裏とかアイリスだって大概だろ。知ってんだぞ、アイツらアレでAGI:200も積んでないってことくらい」
「比較対象が天井突き抜けてるって気付こうね? おかしな人と比べて普通って、ソレおかしいってことだからね?」
それでも、ふり幅を考えれば連中のほうが余程ヤベぇだろうよ。アイリスに素で『縮地』の上を行かれたときなど、シンプルに恐怖体験だったぞ。
倍近いAGIの差を何食わぬ顔で覆してくるのヤメろや。
「ていうかアイリスって……『お姫様』を呼び捨て……!」
そこツッコむ?
まあ本来なら畏れ多いのかもしれないが、アイツとは一発目エンカウントから決死の激戦を繰り広げたせいか……こう、敵ながら〝戦友〟って感じが強いんだよ。
……アイツ呼ばわりも、人によっては有罪判定が下るのだろうか。
「まあいいけど……え、そこまでMID伸ばしてまだアクセの補強いるの?」
と、普通に考えればニアの疑問はごもっとも。なにを隠そう、アクセサリー類の見直しで最優先に頼んでいるのが『MIDステータスの補強』であるからして。
とはいえ、この度めでたくダブルフロントとなった紅白コンビが、全くもって『普通の武装』ではないのだから仕方ない。
正直なところ、ここまで盛ってもなお――
「MP倍近くにはなったけど、多分これでも諸々全開にすれば一分と保たない」
「いつからキミは魔法士になったのかな」
「これまでもこれからも軽戦士なんだよなぁ」
おや、その顔はなんだい? 曲芸師も軽戦士も似たようなもんだろ。
「や、本人がいいなら別にいいけどさ……そしたら、そうだなぁ」
納得――なのかどうかは置いておいて、サラッと流せる辺りニアも俺というプレイヤーに順応してきていると言えよう。
客としては、専属職人の理解が得られることほど頼もしいことはない――そんなこんなで二人して、あれこれ言い合いながら意見の擦り合わせをこなしていく。
互いに遠慮なく、容赦もなく。
いつからだろうか。ニアが大人しくなるにつれて逆転していた俺たちの天秤は、気付けばもう一度ひっくり返り――
「えー、キミならいけるでしょ? お姫様との一対一に比べればそのくらいは……」
「お前も大概、基準が狂ってきてるのを自覚しろ???」
言葉を交わし、意識せずとも気の抜けた笑みが溢れ落ちる。
出会った頃のように、度々テンション高く俺を弄ろうとする細工師殿と過ごす時間は――今の俺には、気安く、心地良く、ありがたかった。
短い安寧。