第二階梯
プレイヤーと共に成長して、進化する――魂の分身。
常々まことしやかに囁かれているのは、彼らには意思があるということだ。
魂依器は主を見て、その者に相応しい容を体現する。『望み求む容』ではなく『相応しい容』いうのが肝で、希望に沿う代物が与えられるわけではない。
ゆえに、その成長や進化の方向性を予測することは至極困難。
プレイヤーが魂依器と共に辿った道に応じて、同系統の『赤子の器』からでも千差万別の派生が広がっていく――
さて、それでは俺の分身こと【白欠の直剣】はどうか。
元を辿ると鶴嘴を原型とする、我が『魂依器』はといえば……俺が言えたことではないが、これまで徹底的な〝不遇〟に晒されてきた。
まともな戦果として数えられるのは、おおよそが単なる雑魚戦のみ。
ボスや強敵相手には基本的に弾き返され……魅せ場らしきものといえば【神楔の王剣】戦での唐突なシステムによる謎忖度、あとは四柱戦争において足蹴にされつつ動かぬ的へ叩き込まれたくらいだ。
その劇的な起原を振り返ればなおのこと。一度たりとも真なる活躍の場に恵まれなかったこれまで、さぞ不満を溜め込んできただろうことは想像に難くない。
それら事実を踏まえた上で――しかし、言わせてもらうとしよう。
「どうしてこうなった???」
「ふん……」
いや「ふん」じゃねえんだわ……。
流石の俺も、剣ですらなくなるとは予想外なんだが?
制作時とは異なり、進化に関してはそう時間を要さないらしい。俺から強奪した【螺旋の紅輪】と共に【白欠の直剣】を持って工房に引っ込んだ旦那が、身軽で戻ってくるまでは数分足らずのこと。
しかして、愛剣を探す俺の目前に置かれたのは一つの指輪。
――その銘は【空翔の白晶剣】。
煌めく紅緋の玉石が埋め込まれた、艶の無い白地のリング。それが俺の『魂依器』第二階梯の姿だった。
全くもって予想外かつ意味不明な進化を遂げた〝愛剣〟の姿に、少なからずの動揺を隠せないまま――
「――――――は、はは……ナンダコレ」
かつて【螺旋の紅輪】が収まっていた右手中指に、その指輪を嵌めてから数秒後。【Arcadia】十八番の脳内インストール爆撃を喰らった俺は、雪崩れ込んできた情報の数々にもはや笑うしかなった。
なんだこの、俺への不平不満を糧にしたかのような無茶苦茶な進化は。
ツッコミどころは山ほどあるが、とりあえず――
「あー……と……あぁ、こうか」
慣れ親しんだクイックチェンジ系スキルとは異なり、〝思い描く〟のではなく〝呼びかける〟――そうすれば、光り瞬いた指輪が俺の手から消え去り、代わりに現れるのは見慣れた白剣の姿。
柄と刃の境、鍔代わりの菱形部分に嵌まる紅緋の玉石。それ以外は形状に大きな変化はなく、せいぜい霊体の如き半透明の存在となっているくらい。
とにもかくにも、見た目より何より特筆すべきは――当たり前のように、俺の傍らでふよふよと宙に浮いているという点だろう。
指輪から剣、宙に浮く――連想できるものは、一つしかないよなぁ?
「なんだよ……俺がソラの『魂依器』を羨ましがったこと、怒ってたのか?」
弄るようにその剣身を小突こうとすれば、白剣はさも不機嫌そうに俺の指を躱してみせた。なんだ貴様、主人に盾突く気か?
ごめんて、仲良くやろうぜ相棒。
【白欠の直剣】から【空翔の白晶剣】――偶数階たる第二階梯への進化でありながら、その主たる強化内容は新たな能力の獲得だったらしい。
その能力とは、簡単に言えば『自律機動』――俺のちょっかいを躱したように、コイツは状況に応じて自ら動く〝生きている剣〟となってしまったようだ。
使われないなら、勝手に活躍してやるってか?
なんともまあ……流石にこれは、進化の方向性が予想外過ぎるだろ。
「持ち主に似て、破天荒な品になったな」
「ッハ……いいじゃん。面白そうなのは歓迎だよ」
溜め込んだ文句を示すように周囲を飛び回る白剣を、右手の指輪へと戻す。頭に浮かぶ仕様の詳細的に、あまり素直に使いこなせるような性質ではなさそうだが――
いろいろあって、じゃじゃ馬な得物には慣れている。
今や主武器と化している〝アルティメット十徳ナイフ〟にまで対抗心を燃やしたのだろう、いくつか便利能力も備えたようだが……ま、追々ものにしていこうか。
「また来い。いつでも見てやる」
「うっす。あざっした!」
これにて、タスクの一つは無事にコンプリート。次なる目的地は――
【Nier】――『いま、おひまでございましょうか』
昨日から様子のおかしかった、専属細工師殿のアトリエとしようか。
出番が少な過ぎる怒りのままに進化しちゃう系『魂依器』。