問えども尽きせぬは
「ゲーム、クリア……?」
四谷氏の言葉に対し、漏れ出た疑問は先の困惑に倍するもの。
オンラインゲーム――ことMMOというジャンルにおいて、そもそも完走という意味でのクリアなんて概念が存在するのか?
一般的にMMOの〝終わり〟と言えば運営開発の終了、あるいは個人的な卒業くらいではないだろうか。少なくとも、俺はそれ以外の事例を知らない。
――が、改めて考えれば月々の接続料支払いはあるものの、【Arcadia】は形式的には〝買い切り〟のゲームだ。そこを考えると、確かに世に言うMMOのような『無限に更新されていくゲーム』とは土台が異なる……とすれば、だ。
開発運営代表こと四谷氏が『ある』と言う以上は、【Arcadia】には確かにゲームクリア――つまりはエンディングが用意されている、ということなのだろう。
「そこで寂しそうな反応をしてもらえることは、私としては喜ばしい」
まんまと顔に出たか、あるいは内心を見抜かれてしまったのか。どこか嬉しそうに微笑む四谷氏に、図星を突かれた俺は曖昧な笑みを返す他ない。
「春日君は、あの世界を――ゲームとしての【Arcadia】を、どんなものだと認識しているのかな?」
「……? ゲームとして、どんな……ジャンル的な話ですか?」
返ってきたのは、首肯が一つ。
どんなジャンルか……? そんなもの、当然ながら一つしか思い浮かばない。
「まあ、MMO……MMORPG、でしょうか?」
一応疑問符を付けてはみたが、これは俺の答えというよりも世界の共通認識だ。
VRMMO――【Arcadia】が世に出るまで、〝架空存在〟として数多く創作物の題材にされてきたもの。
「大規模多人数同時参加型、オンラインロールプレイングゲーム……言葉としての意味ならば確かに、これ以上的確なものはないだろう」
的確というより、むしろそれ以外に表せる言葉が存在するのだろうか。どうにも、話しの向かう先が読み取れない。
「君は、【Arcadia】以外にもオンラインゲーム、MMOというやつをプレイした経験はあるのかな?」
「えぇ、いくつかは」
「ではそれらと比較して、どう思うかね?」
「神ゲーですね」
勢いのままにサラッと言ってしまい、ブレーキを踏みつつ言葉を選び直す。
「比較して……というか、そもそも比較にならないかと。世界の広大さ、システムの複雑さや精度、NPCは人と見分けが付かず、モンスターまで本物の生き物みたいに自然に振舞って――正直、何もかもが既存のゲームとは比べ物にならない」
VRという根幹の差異を抜きにしても、だ。埒外の技術力によって形作られたゲーム全体のクオリティは、まさしく圧巻の一言で――
「では、言葉を変えようか。MMORPGというゲームジャンルでは多くの場合、プレイヤーたちは何よりも公平性を求めるものだろう」
それはおそらく、彼の言う『言葉としての意味』ではなく。
「MMOでは基本的に、プレイヤーの中に特別な一個人が生まれてはならない」
VRMMOという概念に対する、イメージの話なのだろう。
「もちろん、どんなゲームであっても強者は生まれる。しかしそれはどこまで行っても〝秀でた者〟であり、〝特別な者〟であってはならない」
「…………」
あぁ、それは――なんとなく、話の行く先が察せられた。
「君もよく知る【剣ノ女王】や【剣聖】を始めとして、各陣営の序列に連なるプレイヤーたち。全てとは言わないが、多くは紛れもない〝特別な者〟たちだ」
つまりは、在ってはならない者たち。
「そして――【曲芸師】こと、君もその一人」
それは言うなれば、視点の転換。
仮想世界に夢中になるあまり、気にもしていなかった部分。
「さて……その存在を許容しているあの世界をVRMMOと称すなら、果たしてそれは――君の言う〝神ゲー〟と言える代物かな?」
彼が言及しているのは、即ちゲームバランスについてのことだ。
オンラインゲームの大前提。良く言えば平等、悪く言えば個性の排斥。
その点を意識して考えるのであれば、序列持ちという突出した個人の才能……それだけに止まらず、『魂依器』や語手武装を始めとした数々の〝特別な存在〟を許してしまっている【Arcadia】は――
MMORPGとして見れば、決して〝神ゲー〟とは言えないのかもしれない。
あるいは、更に視点を傾けて――
「そもそもMMOとして開発されたわけじゃない……とか…………」
………………いやあの、その笑顔はどう受け取ればよろしいので???
「まだ教えられない、二つ目だ――では、話を戻すとしよう」
「えぇ……」
言葉を交わす度に、ひたすら謎が増えていってるだけなんですがそれは……。
「詳しい形は伏せさせてもらうが、とにかく【Arcadia】にはゲームクリアという概念が存在する――『色持ち』については知っているね?」
「ある程度は」
なんの因果か、既に二つほど関わりを持っておりますゆえに。
「プレイヤー側でも既知の情報である上に、遠からず君も知ることになる。それを踏まえて私の口から伝えさせてもらうが、その『色持ち』討滅こそ【Arcadia】におけるグランドクエスト――つまり、私が君に求めるゲームクリアへと続く道筋だ」
「………………」
「ネタばらしのような形になってしまったのは、許してほしい。繰り返すが、既知の情報である上に今夜にも君が知らされる予定だったことだ。ゲームクリアに関係するというのは……最低限必要な情報開示だったと、目を瞑ってもらう他ない」
「いえ、まあ……ストーリー的なバラしを喰らったわけじゃないので……」
ショックを受けたというか、純粋にビックリしただけだ。
例の『白座』しかり、武装のフレーバーテキストやら詠唱やら、やたらと存在をアピールしてくる『赤円』しかり。奴らがアルカディア世界で重要な存在であることくらい、流石に誰でも想像がつくというもの。
問題なのは、それよりも何よりも――
「………………アレ、現状で倒せるんです?」
「それは、ノーコメントとさせてもらおうか」
あぁ……ネタバレ配慮、痛み入ります。
しかし俺の記憶違いでなければ、確か『白座』相手にアイリス含む百名余りのオーバーレイドが瞬殺喰らったんじゃありませんでした?
そんなもの俺一人が関わる程度で状況が変わるとも思えないし、それ以前に未だ俺の疑問が何ひとつ解けていないことを忘れてはいけない。
一体なぜ、ゲームの運営開発がプレイヤー個人にゲームクリアを託すような真似をするのか――しかして、まさにそこが核心なのだろう。
視線で問うても、言葉で問おうとも、答えを引き出すことはできない気がした。
だから、まあ……考え得るに――
「もしかして、以上ですかね?」
「あぁ、以上だとも」
というわけで……俺に開示できる情報は、これで全てらしい。
はは、なるほど。これは困ったな――参考にできる材料が、ほぼ皆無。
四谷開発が俺と契約を結ぼうとする理由は二つ。優先順位は逆になるらしいが、要約すれば『誰にも邪魔されずにゲームクリアを目指して欲しいから直々に守らせてほしい』といったところになるだろう。
ただし、その結論に至る意図も理由も話せない……と。
これで一体全体なにをもって、契約の是非を判断しろと言うのか。
「あー……それじゃ…………参考までに『受け入れた場合』と『断った場合』で、それぞれ俺がどうなるか教えてもらえます? 言える範囲で構いませんので」
冷め始めた珈琲を手に取って、ひたすら謎と困惑をぶち込まれた頭の労いを図りつつ。我ながら疲れた声で次なる説明を求めれば――
四谷氏は「勿論だとも」と頷きながら、どこか気の毒そうな眼を向けてきた。
……悪気が無いのは重々承知だが、言わせてほしい。
一応、貴方のせいでもございます、と。
禁則事項多過ぎ問題。
◇祝・ブックマーク一万件、突破!◇
日頃の応援や多くの評価感想に、心よりの感謝を!
今後も精進を心掛け一心に描いていきますので、
まだまだ続く物語を見守っていただければ幸いです!!