出会い連ねて
初めから『迎えに来る』ということは伝えられていたので、挨拶を交わすが否や足早に大学を後にしたことは別に予想外ではなかった。
こちらのことを事前に調べられていたというのも、また然り。
そもそも【Arcadia】を発注した際に、既にある程度の個人情報は渡してあるのだ。追加でちょっとばかり素行調査をされたところで思うところはない。
少なくとも、不躾に過去のことをつつかれたりしない限りは。
ここまでの展開で思わぬことがあったとすれば、まずは千歳さん――四谷のNo.2と思しき『代表補佐』なんてお偉いさんが、直々に俺を迎えに来たこと。
向かう先はてっきり『四谷開発』本社……件の発注に際して足を運んだことのあるビルかと思いきや、街の隅にひっそりと居を構える小さな事務所だったこと。
そして、なによりも――
「お口に合いましたか?」
「………………ハイ、美味しいです」
案内されたオフィスでソファを勧められ、『少し待っていてほしい』と出て行った千歳さんを待つこと数分。
先刻の理事長さんたちをも上回る、ニッッッッッッッコニコ笑顔なメイドさんに、メチャクチャ構われていることくらいか。
予告通り用意してくれていたらしい、美味しい珈琲を流されるままご馳走になりつつ。人生を通して初見の存在を相手に、俺は盛大な挙動不審を披露していた。
バレッタでアップにまとめられた、ほんのり色素が薄い黒髪。スラリとした体躯に纏っているのは……種別なんか知る由もないが、なんかこうオーソドックスなタイプのメイド服。
メイドさんと名乗った彼女――否、夏目と名乗ったメイドさんは、四谷において半分秘書のような仕事をされているらしい。
なにが半分なのかは謎。そのまんま、秘書:メイドのハーフ&ハーフと考えれば良いのだろうか。一発目の挨拶が『メイドの夏目と申します』だったから、半分どころか後者の割合のほうが多いまでありそう。
で、ただのメイド(?)ならまだしも、大層な美人さんかつ謎にグイグイ来るものだから落ち着かない。キツさまでは感じさせない優美な切れ長の目で、興味津々といった具合に俺を見つめてくるのだ。
通常なら客人に対して失礼となるであろう振る舞いを、雰囲気や声音、視線に話術などで絶妙な〝人懐っこさ〟に変換しているのが始末に負えない。
タイプは異なるが『人として敵わないだろうな』と確信させる点で、似た人を知っているよ――他でもない、俺のお師匠様とかね。
さておき、
「――おいくつですか?」
「――ご趣味は?」
「――お好きなものは?」
「――休日はなにをされていますか?」
「――ボードゲームはお好きでしょうか?」
「――恋人はいらっしゃいますか?」
いや、うん――お見合いの如き質問マシンガンは勘弁願えますかね? 間に挟まった謎の『ボードゲーム好きか否か』は何なんだよ。
「恋人はいらっしゃいますか?」
なぜ二度聞いた。そこ重要なの?
「いません」
「では、過去にいらっしゃったり」
「いません」
憮然とした顔で否定を繰り返せば、夏目さんはひどくご満悦な様子で微笑んでいた。非モテ一般男子に喧嘩売ってんのか。
というか『秘書』という立場であるならば、俺に関する情報など彼女にも共有されていそうなものだが……はて。
疑惑まではいかないが、何となく首を傾げた俺の様子から内心を察したのだろう。微笑みの色をわずかに変えた彼女は――しかし、答えを口にすることはなく。
前触れなく〝お喋り〟を引っ込めて、夏目さんが壁際に下がると同時――ノックの音が、部屋に響き渡った。
全く意識していなかったが、そう言えばこのオフィス外界の音が全く聞こえない。余程に遮音性が高いのか……いやよく事前に察知したなこの人? 気配読みとかいう達人スキルでも修得していらっしゃるのだろうか。
入室の断りではなく、室内にいる俺へ配慮してのことだったのだろう。返事を待たずに扉が開かれて――姿を現したのは、黒髪黒目の壮年男性。
目を合わせるまでもなく、一発で分かる。
おそらくは、彼こそが――
「――やぁ、初めまして。春日希君だね」
「は……はい、初めまして」
反射的に立ち上がったまま、固まりそうになる身体に喝を入れてお辞儀を――……しようとしたところを〝視線〟で止められる。
いやもう、なんだこれ。向き合わせた身体の正面がピリピリする。
やや小柄ながら、その事実に気付けば驚いてしまうほど――その身に湛えた威厳は巨大。穏やかな眼差し、穏やかな声音、穏やかな物腰……それなのに、泰然と差し出された掌を、いっそ恐ろしいと感じてしまった。
辛うじて握手を返せたのは恐れ半分、そして意地が半分。
ともすれば震えそうになるほどの緊張を噛み殺して手を差し出せば、彼はまた穏やかに微笑んで――
「『四谷開発』代表、四谷徹吾です」
「…………」
果たして、その口から予想通りの名を告げた男性は力強く俺の手を握る。
「今回は、急な連絡に応じてくれてありがとう――会えるのを楽しみにしていたよ、曲芸師君」
そう言って彼が浮かべたのは、自信に溢れ、不敵で、楽しげな、悪戯っ子のような笑顔。少々意外な表情を見せた四谷氏に、なんとか笑顔を作り返しながら、
「リアルでその呼び名は、勘弁してもらえないかなぁ……と」
恥ずかしいので――などと、わざとらしく冗談めかして言葉を返す。
威厳こそ想像を超えるものではあったが……ありがたいことに、俺が勝手に思い描いていたような『恐ろしい天上人』というわけではないらしい。
四谷氏は俺の言葉に「それもそうだ」と頷くと、砕けた様子で笑ってくれた。
………………………………………ただ、ひとついいですかね?
――――握力、強くない?
仕方ないね。