詣でて和みし
――四、五時間ほどの狂騒を経て、四柱戦争の祝勝会はお開きと相成った。
……とはいえ、だ。前日から引き続きボルテージをぶち上げているプレイヤーたちが、誰も彼も大人しく解散などするはずもなく。
やれどこかで集まって駄弁ろうぜだの、やれそこらのダンジョンに殴り込もうぜだのと――大なり小なり二次会を企画して、騒ぎ明かす勢いの連中がほとんどだ。
当然、一次会でも一般勢や序列持ち問わず徹底的にイジられ続け、連行されたステージの上では推しバーチャルシンガーのメドレーソロを歌わされ、人外ストラックアウトの的役として駆け回り、『なんか面白いことやって』との無茶ぶりを受けて曲芸ショーを披露させられた俺にも、多くのお誘いがあったわけだが――
「――とまあ、そんな感じで。容赦ない可愛がりを受けてきました」
「ふふ……楽しめたようで、なによりですね」
現実時間の午前零時。ありがたい招待の数々へ頭を下げつつ会場を後にした俺は、もはや通い慣れた竹林を潜り抜けて『師』の道場へと足を運んでいた。
というのも例によってお決まりの縁側で隣に座り、俺が話す打ち上げの様子をニコニコしながら聞いている剣聖様のログイン通知が届いたから。
さすれば、もしや初めから終了時刻に目星を付けて時間を取ってくれていたのでは――と、自惚れてしまうのも弟子としては無理からぬこと。
そのため挨拶と確認のメッセージを送ってみれば、やはり俺の自意識過剰ではなかったらしい。是非にと招待に与り、こうしてお邪魔したというわけだ。
ちなみにソラも誘ってみたのだが、遠慮されてしまった。
まあ、もう時間が遅かったこともあって――というより今回は、師への戦果報告という体を察して正しく〝遠慮〟させてしまったのだろう。
打ち上げの様子も含め、あれやこれやと一通りの報告を終えた後。なんとはなしに、お互い言葉を発さないまま。
横目で窺った表情は、いつも通りの穏やかなもの。
手ずから入れてくれた御茶も、いつも通りの温かな味。
言葉を交わし、耳に入れたその声音もまたいつも通り――けれど、口数は少なく。空へ向けられた灰の瞳は、静かに星を映していた。
流石にまだまだ、ソラ相手のようにはいかない。以心伝心などと言えるほど、常からその内心を読み取ることは難しい。
……しかしながら、
「ハル君」
「はい」
俺のお師匠様は、わざわざ内心を窺ったりせずとも――
「心から……見事でした。頑張りましたね」
こうして秘めることなく、言葉を届けてくれる御人であるからして。
ただでさえ小柄な身体は、正座をしていると殊更に小さく目に映る。だというのに、ふわりと微笑むその姿はいつだって大きく見えてしまい――
「……お師匠様のお陰ですよ。重ね重ね、ありがとうございました」
こうして改まったやり取りに際しては、相変わらず俺は正面から彼女の瞳を見返せないままだ。弟子となり、交流を重ね深めても――天上の人という認識は、いつまで経とうと薄れることはない。
「ハル君」
「はい」
再び、しかしながら。
ういさんが真に魅力的で、俺が心底困ってしまう部分というのは――
「頑張ったご褒美に、膝枕など如何でしょう?」
「…………慎んで、ご遠慮させていただきます」
冗談半分の、お戯れが一つ。
俺の反応を見て「残念です」と悪戯っぽく微笑んでみせる、このえげつない破壊力を秘めた〝お茶目〟であることは言うまでもない。
「それでは、別のものにしましょうか――刀を預かってもよろしいですか?」
「へ……? そりゃ、はい。勿論ですとも」
半分というか、初めからまるっと冗談だったのかもしれない。いつもよりすんなりと〝甘やかし〟を諦めたういさんへ、喚び出した【早緑月】を手渡す。
突然なにをと思い様子を見ていれば……どうも用があるのは刀本体ではないらしく、彼女は柄頭に結ばれた飾り紐をほどいていき――
「はい、できました」
新緑色に代わり、新たに結び付けられたのは灰朱の組紐。知識が無いので詳しいことはわからないが、色だけでなく結びの形も変わっているようだ。
「大した物ではありませんが……心ばかりの、おまじないです」
と、手元を覗いていた俺に刀を差し出して――――……【早緑月】を賜ったときのことも併せて、もう一つ彼女の〝ズルいところ〟を見つけてしまった。
というのも、まあ――
「どうぞ、受け取ってください」
「っ――……あり、がとう、ございます」
失礼ながら、健気というかなんというか――
贈る側がそんなに嬉しそうな笑顔をするのは、卑怯だと思いますよお師匠様。
あ け ま し て お め で と う ご ざ い ま す !
今年もアルカディアをよろしくお願いいたします!!
世間が初詣ならこっちはお師匠様詣ですよ。
多分きっと深い意味は無いけど『梅結び』⇒『玉房結び』