宴もたけなわ
【Nier】――『ほんとごめんまた明日!!!!!』
「ん゛っ」
メッセージを開くや否や、直球で脳に内容を叩き込んでくる内容に思わず変な声が出た。らしさ五割、返信が届いたことへの安堵五割といったところだ。
俺の予定を確かめるでもなく勝手に明日会う流れになっている辺り、やはりなにかしら様子のおかしさが感じ取れるが――
「どうしたよ?」
「いや、なんでも……」
吹き抜けの手摺に寄り掛かって階下の騒ぎを眺めていたゴルドウが、不意に声を漏らした俺へ首を傾げる。ウィンドウを消しながら手を振って答えつつ、俺は内心で苦笑いを滲ませていた。
俺、明日こっちに来れるかなぁ?
出頭要請――もとい〝招待〟を受けているだけの現状、『四谷開発』の用件がわかっていないため何がどうなるのかサッパリ予測が付かないのだ。
……そんな状態でのこのこ足を運んで良いのかという問題だが、相手が相手だけに信用がどうとかいう次元を超越しているので仕方ない。
一生徒への取り次ぎに、大学理事長が直々の連絡をしてくるくらいだからな。
仮想世界ではどうあれ、だ。現実において一般市民に過ぎない俺には、精神的な意味での拒否権など無いに等しい――まあそもそも、【Arcadia】のプレイヤーという時点で四谷からの要請を無視する選択肢はありえないわけだが……。
「なぁゴッサン」
「おう?」
「アイツ、歌メチャクチャ上手いな」
我ながらワザとらしい話題&意識転換。一緒になって手摺に身体を預けながら、階下でステージに立っている小柄な少女に視線をやる。
様になってるじゃないっすか赤色娘さん。
「流石は現役アイドル様、か」
「っは、こっちで馬鹿やってる姿しか見ねえから、違和感あるよなぁ」
いやまあ、現実でもあの容姿だというのだから納得もできるというか……双子と見紛う相方もいることだし、ペア活動の人気が出るのも頷ける。
なんか武道館でライブやったこともあるらしい。ガチの天上人で膝震えるわ。
ちなみにその相方、『双翼のかわいいほう』ことリィナさんは再び我がパートナーの膝の上。ソラの人見知りが発動するのは出会ってすぐの極めて短時間に限られるため、もう一時間以上もまとわりつかれていい加減に慣れたのだろう。
まだ若干の戸惑いは窺えるが、どこか嬉しそうに青色娘をあやしているソラさんの図は既に姉妹のそれ。まさか姉と妹の両属性を備えているとは恐れ入った。
「しかしまあ……いまや現実世界のどんな立場より、大抵は仮想世界の立場が優先されちまう世の中だ――どうよ、現実のほうは」
手にしたジョッキを傾けつつ、軽く向けられた言葉。
仮想世界の中で、あからさまな現実面の話はマナー違反――と、そんなことが気にならないほどに、その声は親睦と気遣いに満ちていた。
「……とりあえず、流される他ないって感じだな」
「カッカ! ま、初めは誰でもそんなもんよ」
バシンと背中を叩かれ、盛大にアバターが揺さぶられる。
度々されるこの扱いだが、思えば初めから――囲炉裏とやり合った闘技場で出会ったときから、この少々どぎつい衝撃に不快感はなかった。
よろけながらも曖昧に笑い返せば、苦水を飲み干したゴッサンは快活に笑い懐からなにかを取り出した。
「――そら、やるよ」
「うん?」
受け取って見れば、それは折り畳まれた小さな紙片――
「いや、これ……」
「しっかり覚えて、キッチリ処分しとけ。『記憶』すんのは得意だろ?」
開いた紙面に記された文字を見て呆けたように顔を上げれば、また大きな手がバシバシと肩に降ってくる。
「まあ――マジで困ったら頼れよ、ハル」
そう言い残して、手を挙げながら巨大な背中が階下へと下りていく。呆然と見送った先で、カリスマの塊みたいな大男は瞬時に歓迎の波に呑まれていた。
置いていかれたのは俺と、ぞんざいに破かれたような紙片が一つ。
記されているのは、現実世界における彼の連絡先だった。
「…………格好良過ぎか?」
正直ちょっと泣きそうになった。人間、弱っているところにドンピシャで親切を差し込まれると涙腺がですね――
「――まあ、アレで人望があるのも頷けるだろ?」
「でたな称号詐欺侍」
例によって、気配もなく隣に湧いたブロンドに向けるは容赦無しの横目半眼。
グラスを二つ持って気を利かせたフリか知らないが、隠そうともしない人を食ったような笑みで差し引きマイナスだぞこの野郎。
「ごきげんよう――調子はどうだよ、四位殿」
「ふん――悪くはないさ、七位君」
皮肉交じりの応酬は、もはや慣れ切ったもの。差し出されたシャンパングラスを素っ気なく受け取れば、現三位と入れ替わりに隣へやってきた囲炉裏はリラックスした様子で手摺に背を預ける。
「序列称号って、タイトル自体が変わることもあるんだな」
「また勉強不足だな。今回のことが初めてだよ」
序列第七位【護刀】――改め、序列第四位【無双】の囲炉裏。
今回の四柱戦争にて、俺が舞台を去った後。最終的に囲炉裏が挙げた戦果は【重戦車】含む序列持ち三人の撃破、そして南陣営の拠点占拠。
満を持して披露した、これまでの『守り』ではなく『攻め』に傾倒した新戦術。それによって打ち上げた武勇は、順位を繰り上げその名を変えるに相応しいものだったと言えるだろう――ただ一つ、気になる点があるとすれば。
「正直な感想、言っていい?」
「ダメだ」
「【無双】はちょっと字面が強過ぎて笑うわ」
「微塵切りにされたいのかクラウン」
と、即座の反撃を喰らって怯むのは残念ながら俺のほうだった。
――『曲芸師』、『道化師』、『奇術師』……そして『玉座を奪う者』など。
『曲芸師って言い辛くね?』という酷い理由から生まれたクラウンという呼称が一人歩きし、無数に派生したヤベー当て字の数々が俺の精神に致命傷を負わす。
チラ見したなかでも一番ひどい奴は『女王より冠を継承せし新時代の王』――完全におちょくってんだろ人の名前で遊んでんじゃねえ‼
「よせ、不毛な争いは何も生まない」
「仕掛けてきたのはそっちだろ」
秒で白旗を挙げた俺に苦笑を零しながら、先の言葉通り機嫌は『悪くない』らしい。階下でステージに乱入したゴッサンとミィナの凸凹ユニットを眺めながら、囲炉裏の浮かべる表情はいつにも増して穏やかなものだった。
「招待しなかったのか?」
不意にそう切り出せば、返事は言葉ではなく視線で。
「てっきり、お前がエスコートしてくるもんだと思ってたんだが」
『誰を』というのは、一々口に出さずともいいだろう。
「っは、大役が過ぎるよ。第一、先生は騒がしいのがあまり得意じゃない」
「それは……まあ、そうか」
来たら来たでいつも通り穏やかに微笑んでいらっしゃるのだろうが、やはり彼女の性質に合う合わないで言ったら後者になるか。
ういさんがこの場に現れると、階下の馬鹿騒ぎが間違いなく制御不能に陥るから……という理由もあるかもしれない。彼女自身が苦手だからというより、自分のせいで大騒ぎを起こすのを避けたいと考えるのが剣聖様らしいと思えてしまう。
「だから、さっさと自分から顔を出すように」
「あぁ、連絡が取れたらすぐにでも」
残念ながら、お師匠様は未だログインしてくる気配がなく。現実の都合か何かだろうが、おそらく今日は会えないだろう。
いやむしろ冷静に考えれば、ういさんみたいなリアル大和撫子お姉さんが毎日ゲームにログインしてるっていうほうがイレギュラーだと――……うん?
「お前、呼ばれてね?」
「…………いや、なにも聞こえな――」
「 イ ロ リ ぃ い い ン ! ! ! 」
「 下 り て こ い 囲 炉 裏 ぃ ! ! ! 」
いやメッチャ呼ばれてますが。〝犠牲者〟の選定は済んでいるようだな。
「……………………」
「ほら行ってこいよ。イケメンはきっと歌も上手いんだろうな」
「覚えとけよ……次の犠牲者は君だからな……‼」
あら怖い。だがしかし、バイト時代にいろいろあって大人数の前でのヤケクソ歌唱は慣れっこなんだなこちとら。
怨嗟を残して渋々と階段を下りていく哀愁漂う裃の背中を見送れば――
「やっほー先輩」
「椀子蕎麦かなにか?」
当たり前のように続いて隣へ納まったテトラに、苦笑いまでは行かずとも気の抜けた笑みが漏れ出てしまう。
いつの間にか雛世さんも加わって美人三姉妹を形成しているソラも楽しそうだし、相棒共々仲良くしてもらえてありがたい限り――
「さて……特に話すことないんだけど、ネットで拾ってきた『クラウン当て字ランキング』とか興味ある?」
「なんてもの拾ってんだよ暇人か貴様」
「いや別に。強いて言えば、なぜか序列九位に逆戻りしちゃった憂さ晴らしかな」
「先輩で憂さ晴らしすんな‼」
いやもう本当に、ありがたい限りだな畜生……‼
――――――Ranker's Title――――――
◇First【天下無法】―――【天元】◇
◇Second【剣聖】―――【Ui】◇
◇Third【総大将】―――【ゴルドウ】◇
◇Fourth【無双】―――【囲炉裏】◇ Rank UP!
◇Fifth【左翼】―――【Mi-na】◇
◇Sixth【右翼】―――【Ri-na】◇
◇Seventh【曲芸師】―――【Haru】◇ Rank UP!
◇Eighth【熱視線】―――【雛世】◇
◇Ninth【不死】―――【Tetra】◇ Rank UP!
◇Tenth【双拳】―――【ゲンコツ】◇
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投稿からもうすぐ半年、今年はありがとうございました!
皆 さ ん 良 い お 年 を ! !