晴れでも曇りでも雨でもなく
「――じゃあ、ほぼほぼ会話は拾われてなかったんだ?」
「はい、所々しか……私は、なんとなくわかっちゃいましたけど」
「えぇ……それはまた、相変わらずの俺読みで」
「雰囲気だけ、ですよ? 結局いつもみたいに、必死に楽しもうとしてるだけなんだろうなって」
「必死に楽しむって……なんか遊びに夢中になる子供みたいだな」
「なに言ってるんですか。ハルは普段からそのもの、ですよ?」
「否定はしないが、改めて言われるとお兄さんちょっと恥ずかしい」
「もう……! ハルこそ、そうやって私を子ども扱いし過ぎですっ」
「いやぁ、子供扱いというかなんというか……」
戸惑えばいいのやら、気恥ずかしく思えばいいのやら困るままに――
「こう可愛いことされると、どうしても微笑ましくなってしまうというか」
カウンターに置いていた左手を持ち上げれば、薬指と小指を捕まえる小さな手がくっ付いてくる。『身体が言うことを聞かない』なんてどう受け取ればいいのかわからない状態を脱したかと思えば、もはや〝いつもの〟と化したコレだ。
相も変わらず、俺のパートナーが懐っこくて可愛くてヤバくてヤバい。
俺も男なのでつい調子に乗って揶揄ってしまうが、右手を吊り上げられたソラは頬を染めつつも指を解こうとはしなかった。
「…………ハルが、いけないんです」
「……まあ、そうな」
席に着いてからしばらく。俺たちは互いの様子を確かめるようにして言葉を交わしていたのだが……アレだ。早い話が、不安にさせてしまったというだけのこと。
そりゃまあ当然というか、無理もないというか。俺自身、頭の悪い勢いで訳分からん位置まで駆け上がってきてしまった自覚くらいある。
思えば正式にパートナー契約を結ぶ以前から、ソラは〝置いていかれる〟ことを度々気にしていたからな。
序列入りだけに飽き足らず世界中から目を向けられる状況になってしまった今、俺がフラっと何処かへ行ってしまわないかと無用な心配をしている……的な?
つまり、どういうことかといえば――
「――も、もうっ……! なんですかその顔っ!」
俺視点では、ニヤけ面案件待ったナシと言う他ないわけで。
頬を緩ませた俺を見て抗議するように手に力を込めてくるが、そんなもの逆効果オブ逆効果だ。見さらせや世界、俺なんかに注目してる場合じゃねえぞ。
天使を見ろ――いや、やっぱ見んな。拝謁には俺を通していただきたい。
「……またなにか変なこと考えてますね」
「そりゃ誤解だな。ある意味で世界平和に繋がることだよ」
「ほら、やっぱり変なことです」
〝かわいい〟は世界を救うという至言をご存じでない?
そういう仕草が子供っぽいということを自覚しているのかいないのか、微かに頬を膨らませながらテシテシと俺の手をカウンターにぶつけるソラさん。
いやもう、マジで……本当にいろいろと心配になってくるんだが、大丈夫? 現実世界でも世間様に致死量のかわいさ散布して、死人とか出してない?
「本当にもう……わ、私のことより、ハルは大丈夫なんですか」
「うん?」
と、アホな思考とアホな思考の乗算に興じているところ、放置していた飲み物のカップを弄りつつソラが横目を向けてきた――ちなみに店主は注文の品を置くなり何も言わず店の奥へ引っ込んだので、静かなホールにはずっと俺たち二人だけ。
空気を読んだのか……はたまた、微妙な空気を醸しがちな俺たちに対する〝自衛〟かは定かではない。
「…………現実のことを話題に出すのは、マナー違反だとはわかっています。でも今は、あの……実際、大変なことになってる、でしょう……?」
「んー……まあ、否定はしない」
朝は寝坊して、昼は友人に誘拐され、挙句の果てには明日にどえらい用事もできてしまったからな。朝の寝坊は関係ねえわ。
「だから、あの……でも…………」
一度、縋るように力を強めた指が、すっと解かれる。
隣に目を向ければ……ソラは膝の上で自分の手を捕まえるように抑え付けながら、複雑な表情で呟くように言った。
「私はどうしたって、現実のあなたの力には、なれませんから」
だから『大丈夫なのか』と、聞くことしかできない。
別に抱く必要のない責任感や罪悪感などを抱えて、変に感情を拗らせているわけではないことは顔を見ればわかる。
この子は、きっと、多分――
「大丈夫だよ」
俺の勘違いや、自惚れでもなければ、
「ほら、前に『月』に誓ったから。なんだっけ? 確か……」
多分、そう――俺自身の意思や想いに関係なく、俺がどこかへ連れて行かれてしまうのを怖がっているんじゃないかと、そう思う。
だから、まあ、アレだ。
「『いつまでも共に在ることを』――ってな。お月様が証人なんだぜ? お空の衛星とタメ張れる奴が相手でもなけりゃ、連れ去られたりしないからご安心を」
尽くせる限りの言葉を伝えてやるのが、パートナーの責務というやつだろう。
……天下の『四谷開発』なら、普通に『月』とタメ張れそうとかは置いておく。
「……、…………っ……‼」
――で、ちょっと待って。こっぱずかしい台詞で呆れられるか照れられるかは想像していたが、そんなメチャクチャ睨まれるとは思っていなかった。
いや、お顔は真っ赤っかだからお照れになっていらっしゃるのは想像通りだが。
「ソラさん……?」
「っ……そ、のままでいてほしい私と、自覚して改めてほしい私がいます……‼」
「え、と……いや、あの、多分自覚はしてなくもないんすけど…………さ、参考までに、どちらを心掛ければよろしいかなーって……」
「自覚して改めつつも罪にならない範囲で現状維持を心掛けてください」
「めっちゃ早口……」
納得できているかは別として……最近はアレコレ自覚しちゃいるんだよ。どうも俺、こっちの世界では妙に口が軽くなるというか、言いたいことを素直にぶっ放してしまいがちというか――
「……私、何となくわかったって言いましたよね。どうせハルはアイリスさん相手にも、口説き文句みたいなことを言ってたに決まってるんです」
「いやそれは言ってないよ!?」
最初から最後まで一方的に『笑え』だのなんだのしか言ってないよ‼
口説き文句どころか、ノリ的には男女の機微に蹴りを入れて娯楽に邁進する悪ガキムーブでしかなかったよ‼
「なんか俺、気付いたらタメ語でメチャクチャ乱暴に喋り散らしてたし……」
喋ってたというか、むしろ怒鳴っていたまである。
ヤベェ今更ながらに震えてきやがった。勝手にダチ認定して笑っていたが、下手すりゃ向こうの認識では『無礼者』にカテゴライズされている可能性さえ――
「…………ハルは」
「お、っと……う、うん?」
再び捕まえられた手を引かれて、代金を置きつつ席を立ったソラに続く。
時刻は午後九時直前、確かに『会場』へ向かうには良い時間だと思いつつ視線を向ければ……振り返った少女は、ほんのりと頬を染めたまま。
「――女の子には、少し冷たいくらいがちょうどいいと思います」
困ったような表情でそう呟いて、ふいと顔を背けてしまった。
楽しい。甘いの楽しくて楽しい好き。
※二章後の間章に人物紹介Part2を追加しました。暇潰しにご利用ください。