現実逃飛
「――――………………………………お嬢様?」
「なにもいわないでください」
家族水入らずの休日を経て月曜日。いつも通り、二人きりの食卓。
本日のメインはロールキャベツ。人並み以上に意欲があり器用で覚えも良く、既に『師』である自称メイドからも料理に関して〝皆伝〟を言い渡されている少女は――
威風堂々と皿に盛られている、『キャベツの巻物と肉団子のスープ』から必死に目を逸らしていた。
大ぶりにダイスカットされたフレッシュトマトがスープを彩り、オニオンチップやパセリ粉でそれっぽい感じに整えられてはいるものの……これは、
「ええと……間違ってはいませんね。ちゃんとロールしたキャベツです」
「うぅ……!」
わざわざ下拵えまでした挽肉を忘却するままキャベツ巻きを煮込みだしたときには、流石の斎も吹き出しそうになったものだが。
まあ、そんなこともあるだろう。今日一日の散々な様子を見ていれば、気を紛らわせるかのように立候補した夕飯の支度でもやらかす気はしていた。
昨夜は結局、興奮が冷めやらずに眠ることができなかったのだろう。いつもは仕事を取ると拗ねる朝食の準備には寝坊し、学校へは鞄を忘れて登校する始末。
向こうでは〝いつも通り〟振舞えたようだが、帰ってくるなり着替えもせずにソファで寝落ち。流石に注意して部屋のベッドで休むように促せば、ぼんやりしながら歩き出して閉めっぱなしの扉に激突した。
気持ち……というか、心乱されている状態であるのはよくわかるが、それにしてもあんまりである。今日という日をカメラ片手に初めからやり直せるのであれば、斎は使い道のない通帳の中身を神に捧げることも辞さないだろう。
「そんな調子で、今夜『騎士様』にお会いして大丈夫なの?」
「っ……」
わざとらしい言葉一つで、肩を跳ねさせた少女――そらは、いっそ芸術的な流れでスプーンに掬い取っていた団子を取りこぼす。
……曲がりなりにも『お嬢様』として普段ならお小言待ったなしだが、幸いテーブルも服も汚さなかったので今日のところは見逃すとしよう。
お節介を呑み込んだ姉役の対面に座る〝妹〟はと言えば、困ったように彷徨わせていたスプーンを結局置き、切なげな溜息と共に目を伏せる。
「私、ハルに会って大丈夫でしょうか……」
間違いなく大丈夫ではないと思います――という言葉もまた呑み込んで、思考を回すことコンマ三秒。
「もう抱き着いてキスでもしちゃいなさい」
「………………努力します」
いよいよもって自身の〝感情〟に振り回されはじめた少女を、言葉の裏で密かに揶揄ってしまいつつ。
堪らなく可愛い表情を見せてくれるようになったお嬢様を見守る自称メイドは、ニコニコしながら彼女の手料理を楽しみ始めた。
◇◆◇◆◇
「もうむしろ〝ただいま〟って感じだわ……」
現実からの帰還――ってか。はは、笑えねえ。
現在時刻は現実時間で午後六時。あれから部屋に戻って来た楓によって〝爆弾〟が齎されたり、それをもって余計に拗れた今後についての方策を議論したり……と、なんやかんやで時間はあっという間に過ぎていき――
とりあえずのところは、明日。俺は日本で――否、世界で最も力のある企業の元へと出頭することになった。
『四谷開発』――即ち仮想世界の……【Arcadia】の、生みの親の元へ。
ハイ、てことで思考シャットアウト――いやね、あの……ついていけるかぁッ‼
なんで!? なんでなの!? そりゃどこかしらから声が掛かるのは覚悟しちゃいたが何故!? 開発様ナンデ!!?
もう完膚なきまでに意味不明、話の流れがわからなすぎて恐怖しかない。俺、明日は生きてお家に帰って来れるのかな? 消されたりしない???
パニック気味に部屋へ飛び込んできた楓に『四谷』の名前を聞かされてからというもの、正直あまり記憶が判然としていない。おそらくは俺も含め、大騒ぎとなったあの場にいた全員が似たようなものだろう。
わざわざ車で俺を部屋まで送ってくれた美稀も、別れ際には『元気でね』などと若干バグった挨拶を残して去っていった。
………………え、違うよね? 明日俺の消息が途絶えることを見越して、今生の別れのつもりで言ったわけじゃないよね?
さて――考えても無駄、仕方ない、どうにもならない事象に対面した場合、賢明な人間はどうするべきか?
諸説あるだろうが、俺はいつもこうする。
「忘れよう」
そうすれば、その間だけ幸せな時間は延長できる。アレコレ考えたところで未来が確定しているならば、泣こうが喚こうが足掻こうが意味などないのだ。
人によっちゃ意味はなくとも意義はあるのかもしれないが、少なくとも俺にはない。昨日今日で現実世界もまた異世界と化し始めているところ悪いが、今のところまだまだ仮想世界に首ったけなんでね。
これぞ真の意味での現実逃避――重ねて、笑えない。
で、笑えないと言えば、こっちもだ。
――――――――――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):300
AGI(敏捷):350
DEX(器用):100
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):0(+350)
LUC(幸運):300
◇Skill◇
・万能ノ腕
《ブリンクスイッチ》+《コンボアクセラレート》⇒《コンストラクション》Up!
《フリップストローク》
《ウェアールウィンド》
《エクスチェンジ・ボルテート》
《欲張りの心得》
・Active
《リフレクト・ブロワール》
《ブレス・モーメント》
《瞬間転速》⇒《空翔》Up!
《浮葉》
《先理眼》
・Passive
《体現想護》
《アウェイクニングブロウ》
《過重撃の操手》
《剛身天駆》
《兎疾颯走》⇒《兎乱闊駆》Up!
《フェイタレスジャンパー》⇒《ランド・インシュレート》Up!
《流星疾駆》
《極致の奇術師》
《危輝回快》New!
《削身不退》
《守護者の揺籠》
《以心伝心》
◇Arts◇
【結式一刀流】
《飛水》
《打鉄》
《天雪》
《枯炎》
《七星》
《鋒雷》
口伝:《結風》
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スキルの成長四つに、新規取得が一つ。あれだけの激戦に次ぐ激戦を経て物足りないと言えば物足りないが、このゲーム対人での成長率がそもそも微妙である。
ういさんとの半月にも及ぶ修行期間に迫る成長率と考えれば、一日でこれだけの進歩はむしろ目覚ましい成長具合と言えるだろう。
…………〝成長〟と素直に喜べる内容であれば、俺もこんな小難しい顔で唸る必要はなかったのだが。
今夜の『打ち上げ』は昨夜の戦争開始時刻と同じく、現実時間の午後九時から。
まだ微妙な時間ゆえか、あるいは溜まり場としてそこまで機能していないのか。ログインしてそのまま、俺は無人の円卓で一人ステータスと睨めっこしていた。
いや、本当にどうしようなコレ――成長したスキルの過半数が、ほぼ別物というか使いこなせる気がしない怪物と化している件について。
素直に順当な強化を施された《フェイタレスジャンパー》改め《ランド・インシュレート》君が、なんかもうやたら優等生に思えてくる。
まあ比較的にというか、コイツもコイツで元々『ジャンプにクリティカル判定を追加する』とかいうわけのわからん効果ではあるんだが……。
それにしてもだ。これ、俺いま下手すりゃ弱体化してるまであるぞ?
なんだよこの《空翔》とかいう極大爆弾。ぶっちゃけスキルの中では半相棒と化していた《瞬間転速》君を返してほしいレベルなんだが。
「……マズいな」
本日の『打ち上げ』へと赴くにあたり、このままでは多分ヤバい
いやなにをするとか全く聞いていないからアレだが、おそらく……というか間違いなく、終始お行儀の良い会合で終わるはずがない。
賭けてもいい――絶ッッッッッッッッ対に〝パフォーマンス〟だなんだと言って、なにかしらの無茶をやらされるはずだ。
例えば、余興と称して囲炉裏との再戦を組まされるとか。そしてそうなった場合、現状の俺が披露できるのは百パーセント無様のみ。
閑居していらっしゃるお師匠様を含め、そもそもどれくらいの範囲で人が集まるのかも判然としていないが……少なくとも、
「昨日の今日で、いきなり格好悪いところは見せられないよな……」
ただひとり――既に今夜会う約束をしている、パートナー殿には。
ステータスウィンドウを消して椅子から立ち上がり、『鍵』を掲げて扉を開く。仮想世界で外を歩いた時、周囲が自分を見てどんな反応を示すのかは……
「……っし」
極力考えないようにして、俺は光の中へと踏み込んでいった。
メリクリそらかわ。
※ステータスの表記を少々弄りました。またすぐに変えるかも?