幕間
「――ええ、それでは明日……いえ、とんでもありません。突然の連絡に対応していただき、ありがとうございました」
とある小さなオフィスの一室。
挨拶を最後に通話を切った男性は、深く息を吐いて椅子に背中を預け――ようとして、この場にある自分以外の気配を思い出して背筋を伸ばす。
これからは多少なりと付き合いが発生する相手であり、あれこれと〝共有〟もしていくに当たっては遠慮を省き信頼を積まなくてはならない相手でもある……のだが、自分より一回りも年下の少女から視線を頂戴する彼は、過去の人生を顧みても最大級の緊張に呑まれていた。
「――……どう、でしたか?」
顔を合わせたのは本日が初であるため、慣れていないのは向こうも同じ。しかし来客用のソファに座る『彼女』がその美貌に浮かべる緊張は、彼と比べればごく僅か。
かの異世界で文字通りの怪物と――そしてそれに匹敵するか上回るような戦士たちとの戦いを常とするようなプレイヤーは、得てして精神性のタフさが並外れている。
向こうで日常的に冒険へ身を投じているような者たちは、あらゆる事象に対しての度胸や対応力が一般基準を超えていることが多いのだ。
それが序列称号保持者を始めとした、最上位のプレイヤーであればなおのこと――真の意味でその〝代表〟となるであろう『彼女』ともなれば、大抵の人間相手に緊張など抱くことはないのでは……と、そう思わずにはいられない。
「あまり強引なことをするのも褒められないので……穏便な手順を踏んで、早ければ『明日』ということになりました」
であれば、その赤い瞳に湛えるわずかばかりの緊張も、目の前の彼に向けられたものにあらず。その感情はひとえに、いま『彼女』の思考を占有しているに違いない『例の青年』に向けられたものだろう。
ほんの一日……しかし覆しようのない〝我慢〟の必要性を告げられて。
気が逸るように細められた眼も、不満を隠し切れず微かに引き結ばれた口元も――ひとえに、ただ一人の『青年』へ向けられた感情の顕れ。
「そう、ですか」
と、内心を透かして考えれば、さも『気にしていない』と言わんばかりの澄まし顔とて可愛らしく見える……なんて軽口を宣うのは、流石にまだ畏れ多いか。
「予定通り、諸々の手続きを終えたら……まぁ、全ての準備が整い次第で連絡を入れます。それまでは、落ち着いて待機していてください」
「……わかりました。ありがとう」
空になったコーヒーカップが机と音を立て、頷いた『彼女』が立ち上がる。
「ご馳走様。それと、改めて――よろしくお願いします」
「……こちらの台詞、ですよ。協力の申し出、感謝してもしきれない」
差し出された小さな手を握り返すのに、白状すれば相当な勇気を要するも……大の男が、年下の女性に情けないザマを見せるわけにもいかない。
お得意のポーカーフェイスで握手を返した彼に――『彼女』が返すのは、まだほんの少し不器用な微笑み。
「私のほうが、ずっと年下。あなたも敬語は必要ない、千歳」
あらかじめ伝えられていた、敬語不要の約束に則ってみせる。それに対して、千歳と呼ばれた男性は、
「……了解。こちらこそよろしく頼むよ、お姫様」
と、油断をすれば緊張で強張りそうになる表情筋から、捻り出すようにして――『お姫様』と呼んだ黒髪の少女と、互いにぎこちない笑顔を交わし合った。
メリークリスマス!