出る杭は雁字搦め
「ん-……採点!」
「いいんじゃね?」
「悪くない」
なんやかんやと、ひとまずの落ち着きを得てからしばらく。
俺はこれまで雑にスプレーでまとめていただけの毛髪を弄り倒され、しまいには眼鏡をチェンジさせられたところで各々から『合格』を告げられた。
髪……は、まあいいとしてだ。
「この眼鏡は無し寄りの無しでは――」
以前『死ぬほど似合わねえ』と評価を下したオーバル型――どころではない、個人的にキワモノ判定を下していたラウンド型だぞ。
ラウンド型、つまりは丸眼鏡だ。こんなもん余程のイケメンかお洒落さん、あるいは〝提供元〟の美稀みたいに理知的な女子でもなければ似合わな――
「アリでしょ」
「アリだろ」
「悪くない」
「ほんとかよ……」
俺の伊達とは違い度が入っているため、目に圧迫するような違和感を伝えてくる借り物を外しながら疑いを呟く。クリーナーで全体を拭き取ってから美稀に返せば、彼女はそれをなんの躊躇いもなく掛け直した。
……触れたものに一切の抵抗を持たれていない、というのはポジティブに受け取っておこう。相手が俺じゃなければ結構な確率で勘違いさせますよソレ。
「不自然にならない限界まで、癖は強めたほうがいい。地味顔……というかスマートな顔だから、なにを載せても喧嘩しない」
「褒め……られてる。ものと、思っておこう」
「ストレートに褒めてるじゃん。のぞみん自己評価ちょっと低過ぎじゃない?」
「いやまあ、俺にもいろいろと――のぞみん???」
「とにかく、顔についてはしばらく大丈夫だろ。気持ちが追い付くまで誤魔化せりゃいいなら、未来永劫バレないよう徹底的に……とまでやる必要はないよな?」
それはその通り。
変装するにしても限界はあるからな。流石に現実側で髪を染めたり丸坊主にしたり……なんて、そこまでの思い切りは御免被りたい。
ところで、翔子がしれっと口にした〝のぞみん〟についてメスを入れさせていただきたい所存――
「そしたら、次は今後の身の振り方についてだよなぁ」
「そうねぇ……――希君、大学はどうするつもり?」
……と、続く特大の議題へと話が移ったことで、謎の愛称へのツッコミを入れている場合ではなくなってしまった。
仮想世界が広く普及――否、存在を認められている昨今。
【Arcadia】の最上位プレイヤーという存在は一昔前の『配信者』よろしく、なりたい職業トップの席を埋めるに至っている。
〝職業〟として認知されている――つまりは、その立場に利益や収入が発生するということだ。
形態は多種多様で詳しいことは俺にもサッパリだが、わかりやすく言えば様々な形で『スポンサー』が付くのが基本。中にはネームバリューを活かして個人で何らかの事業を起こす者もいるらしいが、そういった強者は極少数だろう。
例えば囲炉裏――御岳ネイトの大々的なモデル業なんかもスポンサー関係の仕事だし、変則的な例としてはういさんの『本』なんかも似たようなもの。
最上位も最上位の序列称号保持者ともなれば、大なり小なり何かしら仮想世界での人気を基にした収入源を抱えているのが常だ。
そしてその人気が国内だけに止まらず、比喩なく世界的な物であるとくれば……手にすることになる利益は、想像も付かないような規模へと膨れ上がる。
遊んで暮らす――現代において、まさにその体現者となった天上のプレイヤーたちが、憧れの対象とされるのも無理はないだろう。
果たして、その夢や憧れが現実的なものであるかは、別の話ではあるが。
さて――ではその辺、突如台頭した【曲芸師】の扱いはどうなるのか。
仮想世界デビューからおおよそ二ヶ月。たったそれだけの期間であれよあれよと意味不明な戦果を叩き出し続け、挙句の果てにはアルカディア最強のプレイヤーである【剣ノ女王】に土まで付けた。
そんなアレを、果たして世間が――奪い合うように人気プレイヤーへ擦り寄る数多の企業が、放っておくか?
「お前、そのうち億万長者になっても不思議じゃねえぞ?」
「………………」
「不思議じゃないというより、既定路線」
「今頃、そこら中の大企業が囲い込みに動いててもおかしくないよね」
黙り込んだ俺を他所に、俊樹の言葉を美稀と翔子が補強する。
「当然、拒否はできる。でも、そもそも見つからないのが最善……少なくとも、しばらくは表を出歩かないほうがいい」
そう続いた美稀の言葉が、提案を越えた〝結論〟だった。
とにもかくにも、知識も覚悟も単なる一般人でしかない俺のキャパシティを超過している。一人でフラフラしているところを何者かに取っ捕まれば……まあ、素人考えでも碌なことにはならないだろうという想像くらいはつく。
そして結局のところ、そういった現状でこのまま大学生活を送っていけるのかという問題――そもそも、送る必要があるのかという問題。
おそらくではあるが、これから先イスティアの【曲芸師】には莫大な〝価値〟がついて回ることになる。それはもう、俺が望む望まないに関係なくだ。
そして当然、その価値から発生した利益は俺の手にも転がり込んでくるわけで……トップアスリートもかくやと言われるような収入を得ながら、それでもなお学生を続ける意義があるのかということ。
学業が軽んじられる、という話ではない。
仮想世界が重過ぎる、という話だ。
「……有名な序列持ちで、現役学生のやつっているか?」
「普通の学生として普通の生活を維持している、という意味でなら一人だけ。ただ『彼』は例外というか、まだ義務教育課程だから世間体を気にしてのこと」
四人の中でも、特に広く深い知識を持つ美稀が本当に頼りになる。俺の問いにノータイムで返した彼女は、目を伏せ思案しながら言葉を続けた。
「【剣ノ女王】アイリス、【護刀】囲炉裏、【右翼】と【左翼】――学生の内から台頭した序列持ちは少なくないけど、みんな普通に卒業はしていないと思う。私が知る限りだけど、少なくとも普通に学校へ通っているような活動履歴の人はいない」
思い切りよくスッパリ退学した……と、流石にそういう者も聞かないらしいが、誰も彼も『普通に通い続ける』という選択肢は取らなかった。取れなかった、というのが正確なところ────ってな感じだろうか。
「向けられる〝期待〟――それに応えようとする為に生まれる〝責任〟が大きすぎる。学業と並行なんて、可能とは思えない」
「っは、まんまヒーローのアレだよな。大きな力には責任がってやつ」
口を挟んだ俊樹の物言いは、ひとえに俺を慮ってのことだろう。冗談めかした口調に、人の良さが隠しきれていない。
「拒否はできる……とは言っても、だよな?」
知識が足りないなりに、俺も必死で頭を回している。美稀が言ったように、擦り寄ってくる者たちを受け入れるか否かは当然こちら次第。
しかしながら、長い物には巻かれろという言葉があるように――
「私も、専門的な知識があるわけじゃない。だから無責任なことは言えない、けど…………オススメは、できない。アナタ自身の身を守る意味でも、出来る限り早く〝大きな組織〟に属したほうがいい」
と、私は思う――そう締め括った美稀が口にしたことは、少なくとも俺にはこれ以上ない正論としか思えず、
「あ゛ぁ゛ー…………………………」
現状、おそらくは『現実世界で最も安心していられる場所』であろう、友人たちの輪の中で――
「めんッッッ…………………………ッどくさぁ……‼」
ゲームを楽しむ――ただそれだけを胸に仮想世界を駆け抜けてきた俺は、いま此処に現実世界のしがらみに囚われて。
極めて投げやりな声を上げながらソファに凭れ……力なく、天井を仰いだ。
熱出してダウンしてましたうふふ。
年末年始、皆さんも体調管理にはお気をつけて……。
※あらかじめ白状しておきます。現実世界の企業がどうの、利益やら価値やらそれに付随する思惑がどうの……といった難しいアレコレについては、設定こそ用意してはいますが作中で過剰な深掘りを行う予定などはございません。
ある程度の説得力を感じていただける描写は心掛けていきますが、作者が読者の皆様に読んでほしいものは退屈極まる『ムズカシイおはなし』ではなく、胸焼けのするような『熱くて甘いおはなし』であることをご理解くださいますよう……。