青春を確保せよ
「――とまあ、今のところはそんな感じだ。〝やらかした〟ことがデカ過ぎて、顔に関しては大して話題にはなってない」
「一部で人気出たりはしちゃってるけどね。髪型と、あとはアレコレいっぱいエフェクト纏ってたのが効いたかな? ギリそれっぽいって感じで、リアルの容姿なのではーって疑いは目立つほど挙がらなかったみたいよ」
「一般平均より上だったのも、大きい。向こう基準の地味顔判定で済んだから」
「ホントそれ。いやー、ダサ眼鏡程度で印象だいぶ変わるもんだねぇ」
「あと希。いつか言おうと思ってたが、普段の髪型あんま似合ってねえぞ」
「ホントそれ。お姉さんがカッコよくしてあげるから、イメチェンしなさーい」
「流れるようにディスり交えるのやめろ?」
昨日の今日で、エゴサどころかあらゆる情報媒体に触れるのすら遠慮願いたい部分を察してくれたのだろう。インターネットの至るところからかき集めてきた情報を、あれこれオブラートに包みながら共有してくれた友人たち。
ついでのように俺渾身の変装をボロクソに言われたのは納得が行かないが、些細な返しこそすれど今この場で文句など出てこようはずもない。
百パーお前のため――そう口にしていた俊樹の言に偽りはなく。此度の誘拐劇、彼らは一も二もなく知り合って間もない俺のためだけに行動を起こしてくれたのであるからして……
「ったく、肝冷やしたぜ……連絡付かねえからダウンしてんのかと思いつつ〝一応〟張ってたら、暢気な顔してたったか走ってくんだからよー」
「若干そんな気はしてたけど、春日君ってわりと天然入ってるよねぇ」
……とのことで。迂闊にも大学へ顔を出した場合にインターセプトするため、来るかどうかもわからない俺を昼過ぎまで待ち構えてくれていたそうなのだが――
「結局、特定とかはされてないんだろ? 大々的に捜索される……みたいな動きもなさそうだし、今のところは大丈夫なんじゃ――なにしてんの???」
わりと真面目に話しているところを「あーハイハイ」みたいな顔で遮られ、そのまま正面に立った翔子が俺の前髪をイジりだす。
「美稀、この天然君に説明してあげて」
聞く耳持たずといった具合で人の毛髪を弄び始めた翔子に代わって、数分前に風香さん――楓のお姉さんが差し入れてくれた紅茶を嗜みながら、一息ついていた美稀が頷いて口を開く。
なんかメチャクチャ様になってますね貴女。流石はお嬢様の親友だ(?)
「もし手遅れになってるなら、こんな風にお節介を焼いたりしない。まだ何とかなるからこそ、絶対にバレないように力を貸すの」
俺も別に、ことを軽く見ているわけではない。しかしながら、〝こと〟の大きさに正確な目算を付けられていないのも事実だ。
……と、いうよりも――
「なんとなく、様子を見てわかった――アナタ自身もまだ現実感が無くて、混乱している……でしょ?」
「…………」
眼鏡の奥から知的な瞳に射抜かれて、俺としては降参とばかり両手を持ち上げざるを得ない――片方上がんねえ、楓さんはいつまで俺を捕まえておくつもりかな?
「無理もない」
「【Arcadia】関連の知識があんまり無いつってたの、マジなんだろ? それでいきなり序列持ちだ四柱だってなりゃ、頭が追い付いていかねえのも仕方ないわ」
「一夜にして大スター、だからね。最適解なんて出せないっしょ」
スゥー――――――……いや、うん。ひとつ、いいか?
「君たち、いいやつ過ぎない……?」
俺の無知無能を責めるでもなく、こぞってフォローの言葉をかけてくれる友人たちに感動を禁じ得ない。
元より気の良いやつらだと思ってはいたが、出来たばかりの友人にここまで手を差し伸べてくれるほどとは……
流石に少々込み上げるものがあり身を震わせていると、「あっ」という声と共に翔子が俺の前髪を数本ぶっちぎっていった。他人の頭皮になんてことすんの???
「いやまあ、〝いいやつ〟というか……」
「あんまし好感度上げるのは早いかもよー?」
「私たちにも、れっきとした〝下心〟くらいある」
と、今度もまた口々にそんな返答を返す面々だが――俺だって感性で言えば紛うことなき一般人側なんだ、考えることくらいわかるさ。
「……偶然知り合った友達が、あれよあれよと有名人になったから」
極めてわざとらしく半眼を向けてやれば、サッと俊樹が目を逸らし、
「それもまあ、趣味ドンピシャのアルカディアプレイヤーで」
あーでもないこーでもないとアレンジを模索してくれているのだろう。翔子は俺の髪に集中しているフリをして口笛を吹き始め、
「そんなもん――徹底的に関わっていかないと勿体ない……ってとこだろ?」
「否定はしないし、できない。いろいろと理由を並べても、結局のところ私たちはアナタをイベント扱いしてる。怒ってくれてもいい」
常に堂々とした態度を崩さない美稀から、そんな身も蓋もない言葉が返されて……対する俺は、素直な反応を連打する〝友人〟たちに脱力する他ない。
「っはは……」
はー………………――ハイ無理。俺、こいつら好き。
「……怒るわけないだろ。俺だって逆の立場なら、そんな面白人間は徹底的に青春の糧にしてくれるわ」
つまり、俺をイベント扱いする所業に関しては青春という免罪符により差し引きゼロ。後に残るのは、ノータイムで手を差し伸べてくれた友への好意だけだ。
冗談めかして無罪判決を言い渡せば、わかりやすくホッとした表情を見せた面々に好感度の上昇が止まらない。
リアル側でも明確に〝味方〟を得られたという確信からだろうか、今朝部屋を出てから続いていた緊張の糸が少しだけほぐれていくのを感じた。
――――……さて、それではそろそろ、こっちについても解決を試みようか?
「あー……楓、さん? 一応の意識共有と和解は成ったということで、そろそろ拘束を解いても大丈夫だぞ? 今更逃走を企てたりしないから」
目を向けるのは左サイド。ソファに腰を下ろしてからというものの、俺の片腕を引っ掴んだまま終始ピクリとも動かず沈黙を保っている邸宅の住人。
柔らかそうなライトブラウンの髪に隠れて表情は窺えないが、こっちもこっちで何かしらの思惑が――…………………………思惑、が……?
「……楓?」
四條のお嬢様、依然ピクリとも動かず。続けて何度か名前を呼びつつ、捕まえられている腕を振ってリアクションを求めるが……
「春日君」
「…………うん?」
徐々に事態がちょっと斜め上であるということを察し始めた俺に、珍しく感情を隠さない声音でもって――心からの〝呆れ〟と共に、美稀が彼女の状況を告げる。
「その子――――〝推し〟に長時間触れて、気絶してる」
その瞬間、俺の中で『ほんわか清楚なお嬢様』という彼女のイメージは崩落し、
「――――――――――――……えぇ???」
四條楓は、グループ随一の〝面白人間〟としてカテゴライズされたのであった。