予定調和
「あら、美稀ちゃん……? 楓も、今日は一日講義じゃ――」
「風香さん、ごめん。昨日のメンバーともうひとり、少しお邪魔させて」
「え……えぇ?」
「すいません、またちょっとお邪魔しまっす!」
「ごめんなさい、緊急避難なんですー!」
「俊樹君に翔子ちゃんも、いらっしゃい……? え、と……構わないけれど――」
押し込まれた車に揺られること、数分。思いのほか早くに車内から解放されたかと思えば、続いて連れ込まれたのは見知らぬお宅――
いや、お宅というか、豪邸一歩手前の立派な建物。堂々たる表札に『四條』の文字が刻まれていたことから、まあそういうことなんだろうが……
「その、そちらは……?」
玄関先で一行を出迎えた大人の女性が、相変わらず楓と翔子の間に囚われている俺へと視線を向ける。
お母様か、お姉様でいらっしゃるのかな? 先頭を行く美稀に〝風香さん〟と呼ばれた彼女は、楓とよく似た柔らかい印象の美人さんであった。
「は、初めまして……? あの、春日と申しま――」
「お姉ちゃんごめん、私の部屋に行くから」
と、混乱を引き摺るままにとりあえず自己紹介のため口を開いた俺を、遭遇してからこれまで口を噤んでいた楓が引っ張った。
「ちょ、待て待てっ! 靴、靴脱ぐからっ――うぉいっ!?」
つんのめりながら彼女を制止して、グイグイ引っ張られる力に急かされるように足先でスニーカーを脱ぎ捨てる――次の瞬間には、有無を言わさず再びの連行。
この場で二人、困惑の表情を同じくするお姉さんの横を通り過ぎて……俺は見知らぬ邸宅の中を、『四條』の〝お嬢様〟に引き摺られていった。
◇◆◇◆◇
「俺の実家のリビングより広い……」
「マジもんの〝お嬢様〟だからねぇ、この子ったら」
俺の呟きにリアクションを返した翔子が、慣れきったようにそう言って笑う。
まあ、事実慣れているのだろう。俺が現実世界での付き合いを疎かにしている間に、家にお邪魔するくらい仲を深めていたとて何ら不思議はない。
手を引かれるまま連行された先。足を踏み入れた……というか半ば強引に押し込まれたのは、お手本のような『センスが良いお部屋』だった。
『私の部屋』と言っていた通りに楓の自室なのだろうが、イメージに反して爽やかというか、落ち着いたシックな感じの調度品で統一されている。
……〝自室〟にテーブルソファの憩いの場が用意されているだとか、壁にビックリするぐらい巨大なモニターが掛けられているだとか。
庶民の感覚を容易く揺るがすその光景から、『マジもん』という翔子の言葉がマジもんなのだと理解できてしまった。
――で。各々ソファに着席したところで、そろそろこの誘拐劇について説明を賜りたいところだが……
「……とりあえず、一回離そうかご両人? 逃げたりしないから……あと翔子さん、あまり〝相方〟の前で他の男に引っ付くのは如何なものかと――」
「うん?」
「あ?」
「春日君。その二人、そういう関係じゃない」
――――……あ、え? あ、そうなんだ?
「「いやぁ、コイツだけはないわー」」
ほんとぉ? 息はピッタリなように見えるけどなぁ?
「んなこた、今はどうでもいいんだよ――おいコラ希、お前なに考えてんの?」
「何故いきなり誘拐されたのかと考えてる」
俊樹が……というか、四人がなにを言いたいのかは分かっているが、事実にはとりあえず蓋をして現在の感情を優先する。
そうして口に出した言葉も本心には違いなかったが、周りにはすっとぼけたような態度に見えたのだろう。四人――いや、どうも口数や反応が少ない楓を除く三人が、『ダメだこいつ』みたいな顔で溜息を吐き出した。
「………………はぁ」
そして、それに続き俺もまた嘆息――いや、あのね……アレコレ夢中になると抜けたところが露呈するのは自覚しているが、俺も別に馬鹿ではない。
必要な材料が揃っていれば、人並みに考えることくらいできる。推測や推理だって、別に不得手ではない。流石に分かるし、察せるよ。
この状況が示すものなど、深く考えるまでもなく――
「……………………バレた、な?」
呟きに対する返事は、三つの首肯。
まあ……うん。ノリのままに自らフードを脱いだ時点で、当然ながらある程度の覚悟は決めていた。この展開とて、十割自己責任の予定調和とすら言えるだろう。
そもそも『なにがなんでも絶対にリアルバレしたくない』とまで思っていたのであれば、初めからもっと徹底的な策を施していたという話である。
結論を言ってしまえば、別に俺は『春日希=Haru』という事実が世間に知れ渡ることを〝絶対にNG〟だとは思っていない。
とりあえず誤魔化す方向に舵を切ったのも、単に公の場に出るまでの流れが急展開過ぎて覚悟が決まっていなかったせいであるからして……
だから、そう――
「バレたらバレたで、仕方ないわな……」
実際のところ、口が裂けても内心穏やかとは言い難いが……なにはともあれ、今更騒いだところで〝仕方ない〟――これに尽きる。
視界の妨げどうこうというより、顔も見せないまま説教を垂れたところでアイツには届かなかっただろうし……後悔するようなことではない、絶対に。
「……確信はしてるけど、現実感は無い。だから、ハッキリ確認させて」
そう言って腰を上げた美稀が、俺の正面に立って顔を覗き込んでくる。
お互いの眼鏡越しに、視線を合わせて――
「あなたが【曲芸師】で、イスティアの【Haru】――間違いない?」
「………………あぁ、間違いない。秘密にして悪かった」
俺たちはそれぞれ、確認と肯定の言葉を交わし合った。
「――……うん?」
クラウンって、なんぞ???
コイツ『全世界に顔が知れ渡る』という事実を舐めてますよ。