夢醒めて
「――――――――――――っ……、………………」
片田舎の実家とは異なり、大なり小なり車や外の音が室内へと届くワンルーム。
幸いそこまで繊細な性質ではなかったようで、ストレスを溜めるほどでもなく。布団に潜って夜眠る分には何一つ問題はない――
重ねて、あくまで〝夜〟眠る分には。
「……っ……ぅ……ぐ………………」
死ぬほど重い瞼を下ろしたまま、ガンガンと耳鳴りがするレベルの酷い頭痛に呻き声を上げて……枕元をガサゴソ探ること十秒あまり。
コツと指を掠めた端末を掴み取り、ぞんざいに画面を連打しつつ薄目を空けて液晶を一瞥した俺は――
「――――っスゥー……………………………………」
悟りの境地へと至り、再びそっと目を閉じた。
――語り尽くせぬほど多くのことを経験した、『四柱戦争』の翌日。
おいでませ月曜日、
現在時刻は12:21、
そして当方大学生――――本日、四コマ目まで全て講義で埋まっ
「――ッッッっべぇぁああああああああッ‼」
だよな知ってたッ‼
流石に朝からここまで喧しかったことねぇもん知ってたッ‼
「寝過ごッ……! ほんっ……なん、に、じゅっ……あと――!?」
三コマ目が午後一時から……! 三コマ目が午後一時から……! 今から走っていけばまだ間に合――わねぇよアホか‼ 電車あるか!? 都会だしあるだろ!
あ………………ったハズぅッ‼
「水被って髪拭いて三十秒で服着ればいけるッ‼」
布団を蹴り飛ばして跳ね起きた勢いのままにシャワールームへ直行。
若さを盾に眠気覚ましも兼ねて水を被りながら申し訳程度にシャンプーと髪をシェイクしてハイ一丁上がりぃッ!
毛髪をバスタオルでかき回すのもそこそこに、服を装備して鞄や伊達メガネ諸々を引っ掴んだら――準備完了行ってきまぁッ‼
「クッソ間に合えっ……!」
靴と施錠は忘れずに。バイトを寝過ごしかけた時もかくやといった爆速で支度を終え、息せき切って部屋を飛び出した俺は……果たして、スマホをグチャグチャになった寝床へと忘れたまま。
主のいなくなった部屋で、点けっぱなしにされた端末の画面には――大量の着信やメッセージを報せる通知が、見向きもされぬまま悲しげに放置されていた。
◇◆◇◆◇
――………………うん。
電車には間に合ったし、この調子なら午後からの講義にもギリ間に合うが……別にここまで死に物狂いで無理する必要はなかったな?
会社勤めの社会人というわけでもなく、単に学生の授業なのであるからして――いやクッソ頭いてぇ……冷静に大人しく一日休みにするべきだった。
で、向かう間に欠席の謝罪を入れといた方がいいのかなと鞄を探れどポケットを探れど、スマホがないっていうね。久々に現金で切符買ったわ、アホかな?
電車を乗り継いで無事にラストの降車駅まで辿り着き、昼時の混雑を潜り抜けて改札からゲットアウト。走……らなくても間に合いそうっちゃ間に合いそうだが、何度も焦るのは余計につかれそうなので駆け足で大学へと向かう。
――あぁ、なんかアレだな。
現実感が無いというか、混じってるというか……昨夜あれだけ非現実的な闘争のお祭り騒ぎ、そのド真ん中に身を投じていたのだから無理もないか。
元々『終戦後にはとりあえず即解散、やられた場合も当日はさっさとログアウトして休め』とのお達しが下されていたゆえ、アイリスとの戦闘で自滅した後は即落ちからの寝落ちコンボをキメてやった。
キメてやったというか、もう疲労のフィードバックがエグすぎて息絶えるように気絶しただけだが……ともかく、反省会や諸々の〝打ち上げ〟は今夜の話。
――そう、だからもう、今はなにも考えないようにしておこう。
自分が昨夜、仮想世界でなにをやらかしたのか……そんなこと、流石の俺でも正確に理解している。リスポーンした十席の円卓からログアウトする寸前に見た、〝例の通知〟にも向き合わなければならないし――
「………………」
街中で駆け足なんてわりと目立つものだが、チラチラと向けられる視線はあれども向けられる興味は感じ取れない。
装いが違う、髪が違う、瞳が違う。ニアに勧められた印象操作の小細工は、なんとかその効果を発揮してくれているらしい。
……まぁ、こっちの俺とあっちの俺、多分だけど表情が全然違うのもあって雰囲気別物だろうし――――おっと?
バイトロードで鍛え上げた体力をもって、息も切らさず道程の走破を終えた先。なにやら門の前に集まっている、見知った顔が目に留まる。
それはいつもの四人組。現実世界における新たな友人たちに他ならず――
「おは――――」
声が届く距離になり、自嘲を交えて冗談めかした挨拶の言葉を口にしようとした……その瞬間だった。
俺を見つけた四対の眼が、様々な感情を湛えて見開かれ――
「「――――確保ぉおおオッッ‼」」
「うぉおぉおおおおおおおあッ!!?」
途端、飛び掛かってくる俊樹&翔子のコンビ。
昨日の戦闘に次ぐ戦闘に次ぐ戦闘に次ぐ戦闘三昧のせいでアレコレ引き摺っていたのか、反射的に回避スキルの起動を試みるも現実の俺にそんなものが実装されているはずもなく。ビクリと身を固めるまま両腕を拘束されて――
「美稀、ドア開けて!」
「はい、急いで」
と、翔子と美稀のコンビネーションを見せつけられながら、そのまま近くに止められていた見覚えのない車へと押し込まれなにしてんのッ!?
「――ちょっ、なんッ、誘拐っ!? ちょっと待て落ち着け話せばわか」
「いいから黙って乗れバカこの‼ 百パーお前のためなんだよオラはよ乗れッ‼」
「いやこわいこわいこわいッ! おい、やめ――……かえっ、かえでーッ!」
と、背後に佇む『基本味方になってくれる』と俺の中で評判の友人に助けを求めれば――――背中を押されて Dive to 車内。
抵抗むなしく翔子の手で車に引き摺り込まれた俺は、後から乗り込んで来た楓との間に挟まれて『触れたらセクハラ』という鉄壁の牢獄に囚われる。
そうして混乱するまま目を白黒させて、呆然と口を開け閉めする間に……
「よし、出せ」
「了解」
助手席に乗り込んだ俊樹の号令を受けて、ハンドルを握った美稀が車を発進させる。いや、もう、まずなにからツッコめばいいのか分からんが……
そうだな、とりあえず――
「………………み、美稀さん、免許持ってるんすね」
「入学前に合宿で取った」
――…………あぁ、うん、そうなんだ……。
来たぜ三章! 張り切っていきましょう!!