願う剣、希む剣、待ち人は此処に 其ノ漆
『――――、――――、――――――』
『――――、――』
相変わらず、どうしたことか映像に会話が出力されることはない。
それでも、
『――――、――』
なんとなくでも、わかってしまう。
『――――、――』
彼の表情と、彼女の表情で、
「――――――――――、――――――――――」
パートナーの青年は、いつも通りに――心の底から楽しむために今もまた、迷いなく必死をぶつけているのだと。
フッと、緊張や不安から離せずにいた『家族』の手から力が抜ける。
そんなもの、感じている必要はないのだと気付いたから。
そんなものに、かかずらっている場合ではないのだと気が付けたから。
画面を隔てた先、かつて見た白金が煌々と脈を打つ。
一歩踏み出した、その姿に――座ってなどはいられなかった。
驚いて声を掛ける両脇の言葉は、少女には届かない。
彼女の瞳は、耳は、意識は、彼方の世界で剣を振るう――
「勝ってください――ッ、ハル‼」
眩しくて仕方がない、パートナーのみに向けられていたから。
◇◆◇◆◇
「オイふざけんな……ッ――ぶちかませノゾミぃッ‼」
「やっちゃえ春日君ーッ‼」
「――……っ、……ッ‼」
「息……! 息して楓……っ‼」
◇◆◇◆◇
「――――ッ!――――――――――ッ‼」
「うわちょっと暴れないでっ!? わかるけど! わかるけどもぉッ!?」
◇◆◇◆◇
「……、…………っ」
「……優衣、たまには大声出すのも、いいんじゃないか」
「――――――」
そう、祖父に唆された『師』は――
「っ――――勝ちなさいッ、ハル君ッ‼」
画面の向こうの弟子へと、生まれて初めてに思えるほどの想いを叫ぶ。
果たして、『彼』を知る者が現実世界で立ち上がり、声を上げる中。
画面の中の『青年』は、ただ己の想いを体現するままに――叫びを放つ。
◇◆◇◆◇
「――――ッッ……ッォオオオァアアアッッ‼」
「――――ッ、ッッ……‼」
白金と、白銀。
交錯した刃は一瞬の拮抗の後――『力』の優劣に従って、傾き始める。
少しずつ……なんて生易しい速度ではなく、ガクン、ガクンと――俺のほうへ。
「――ッグ、ゥァアっぎッ……‼」
覚悟はしてたが……ッ! 桁違いだなァッ……‼
〝重過ぎる〟――こちらが、上から押し込む体勢だというのに。
地から天へと向かう白銀の光は、押せども押せども、こゆるぎもせず。
振り抜かれる前、その出掛かりで叩き潰しにかかった《神楔の霊剣》の金光が、凄まじい勢いで吹き散らされていく。
当然と言えば当然のこと。いかな稀少な語手武装と言えど、【序説:永朽を謡う楔片】は序説段階――生まれたばかりの赤子の器。
同種どころか完全なる上位互換……それも最強を具現し世界の名を冠した枠外の代物を相手に、押し切れる道理もない。
コイツの権能的に、打ち合う相手が強ければ強いほど威力を増すこの一撃であるならば、あるいはと思ったが――流石に高望みが過ぎたようだなぁッ……!
「――――ッ……ふッ、ぅう……ッ!」
「…………、……」
――まあ、しかし。
当初の目的は間違いなく達せられた。光の奥、目の眩むようなライトエフェクトよりも、一層に眩しい表情が見える。
元より、勝ちを捨てて臨んだ戦い。
たとえ彼女を倒せずとも、悔いはまあ――
無い、なんてほざけるような野郎が――
〝楽しい〟を説くなんざ――――それこそ笑い種だろうよッ‼
「――ッわ、るいなぁ……!…………アイ、リス……ッ‼」
「……、な、にを……!?」
いい加減、もうくどいか?――けれども、事実だから何度だって言わせてもらうし、今じゃ俺もそこそこ気に入ってんだよッ!
だから、最後に今一度――名乗りを上げさせてもらうとしようかぁッ‼
「俺の、称号は――――――――――【曲芸師】だッッ‼」
さぁ――《ブリンクスイッチ》。
「ッ――!? な、ぁっ!?」
黄金の消失――そして、白銀の奔流。
突如『力』の向かう先を失った【故月を懐く理想郷】の『剣』が、アイリスの制御が間に合うことなく、天頂へと放たれる。
何者をも滅するであろう極光の刃は、何者も存在しない星空へと撃ち上がり――
《浮葉》――起動。反動に吹き飛ばされかけた身体を、ベクトル操作のスキルによって、留める。
天へと剣を振り抜き、比類なき大技を暴発させたことで――完全なる無防備な〝隙〟を晒した、【剣ノ女王】の、目前へとッ
――――――動、かない。
「――――――――」
薄く薄く、過去最高に引き延ばされた時間の中で、
「――――――――――――」
俺のステータスバー、そのすぐ下に――あざ笑うかのように点灯する、衝撃効果の蓄積による強制硬直のアイコンが瞬いて、
っは、ハハ――――――あぁ、もう。
愛してるぜ、専属細工師殿。
胸元から響き渡る、甲高い破砕音。
一瞬にも満たない刹那の最中、いつか贈られた〝護り石〟が砕け散る。
――《藍玉の護石》。
どこかの妖精の代名詞たる藍玉の名を冠した、その〝おまもり〟に込められた効果は――状態異常の即時解除。
自由を取り戻したアバターの手に喚ぶは、『師』より賜った至高の刀。
それではいざ――結式、一刀。
「終の太刀――――」
「――――」
結式一刀流、終の太刀。元となった剣の名は、《唯風》。
師の名を冠す、この俺だけのArtsが宿す効果は、威力に関してはオリジナルと同じく『先の一撃、全ての威力を内包する一刀』、それをそのまま模している――つまり、
これより放つは、《神楔の霊剣》の巨閃を吞み干した居合一閃。
さぁ、勝負だアイリス。
耐えるか、絶えるか――二つに一つッ‼
「口伝――――――《結風》ッ‼‼」
刹那のときを失い、猶予の途絶える最後の一瞬。
最後まで諦めることなく、『剣』を振るった少女の身体を――
一歩も引かぬ想いと共に、俺が手にする翠刀の一閃が、奔り抜けた。
決着はこれにて、幕引きはまだもう少し。
今日の夜か明日、お待ちくださいませ……