願う剣、希む剣、待ち人は此処に 其ノ陸
「いや、もう……! 心の底から申し訳ねえけど――――――知るかァッ‼」
強者に苦悩在り――なんてのは、お師匠様に囲炉裏と特に親しくなった例に認識を引っ張られているのかもしれないが。
馬鹿でもなければ、流石にわかる。彼女もいろんな〝なにか〟を抱えているのだろうということくらい。
だが――ふざけんな、なんて顔してやがる。
こちとらギアを上げて、上げて、上げて、上げて――初めから此処に至るまで一切変わらずの死に物狂い。
そうしてようやく、爪先くらいにゃ指が掠めたか――そう思った矢先、遠い目をしてそんな顔されちゃ堪ったもんじゃねえんだよッ……!
「おうコラお姫様、なんだその顔は――泣いてんじゃねえ、笑えっての!」
「――――――」
突き放された――みたいな顔もしてんじゃねえ。ここまで必死に突撃を仕掛けまくった俺の頑張りはなんのためだと思っているのか。
「逃げねえよ、笑え!」
「……っ」
「諦めねえよ、笑え‼」
「……、……っ!」
「――俺は死ぬほど楽しかったぞ‼ お前はどうなんだよこのやろうッ‼」
――あぁ、オーケー。
もう本当に……その笑顔だけが見たかったんだよ。
「………………あと三十秒と少し」
「――…………うん」
こんだけ感情ぶつけあえば、もう友達認定でいいだろう――しからば、最後に友人として特別サービスだ。
「フィナーレだ――全力で楽しめよ、アイリス」
《ブリンクスイッチ》――【序説:永朽を謡う楔片】。
「――顕現解放」
鍵言の認証。砕け散った鉄塊の中から、姿を現すのは萎びた遺剣。
「覆すぜ――《神楔の霊剣》」
刻まれた白の傷痕から、溢れ出でるは黄金――形を成すは、光の巨剣。
《エクスチェンジ・ボルテート》起動。カウントは上限に満たないが、無いものねだりは呑み込もう。
黄金と蒼白の光が溶け合い、かつて流星を描いた白金色の輝きを放つ。
落下の勢いに任せずとも、【剣聖】の技術を模倣する今の俺ならばコイツを振れる――しからば……出してこいよ、〝アレ〟を。
「………………ねぇ、〝ハル〟」
「……あぁ」
「楽しかった」
「あぁ」
「ありがとう」
「っは、いいってことよ」
いや、時間がないっての……言葉なんざ後でいくらでも聞いて――
「だからあなたも……もっと、楽しんで」
――――参ったな。本当に……笑ったら、呆れるほどに綺麗なこって。
「――剣炫解放」
それは語手武装と同音の鍵言にして、されどその『剣』は同類にあらず。
「――『剣ノ王の名をもって、いま此処に、神威を示す』」
ただ三節の、短文詠唱。
しかしながら、その『剣』が起こす奇跡は――この世界に存在する、全ての『力』の上を行く。
知ってるぜ、その『剣』の本当の名前。
それを見たときにはそりゃあ笑ったもんだが――こうして実際、お前がソレを持っているのを目にすれば……
「――格好良いじゃん、羨ましいぜ」
「――あなたのそれも、素敵だと思う」
互いに笑い――踏み出すのは同時。
あぁ、それにしても現実感がない。俺がこうして、その『名』に真正面から挑み掛かることになろうとは。
二人して、今までと比べればやけにゆっくりと距離を埋めながら……俺は向かい来る少女の手に握られた、白銀の煌光を宿す『剣』を見やる。
さぁ――覚悟しろよ、俺。これより刃を交えるは、まさしく世界だ。
一瞬で消し飛ばされたりしないよう――死ぬ気で臨めよこの野郎ッ‼
残り五歩――掲げた剣を振りかぶる。
残り四歩――覚悟は今更、目は逸らさずに。
残り三歩――おうコラ笑顔に見惚れてる場合かよ。
二歩、
一歩、
さぁ――――楽しもうかッ‼
大上段からの、振り下ろし。
初めから決めていた軌道をなぞり、合一された『内』と『外』の出力をもって、渾身の必殺を撃ち放った俺を――
ただ、ただ、真直ぐに見つめるまま――涙を散らして微笑む少女の口が、
世界を前に、その名を詠んだ。
「世界を紡ぐ――――――――【故月を懐く理想郷】ッ‼」