願う剣、希む剣、待ち人は此処に 其ノ伍
――仮想世界に身を投じたあの日から、自分だけがみんなと違った。
始めたばかりでは、違和感無く立って歩くことも一苦労。走るなんて、随分と慣れが必要だ――そんな風に不自由に盛り上がっていたのは、私以外。
やれ思い通りに剣が振れない、ボスどころか雑魚すらも倒せない――と、黎明期の阿鼻叫喚を楽しめていたのも、私以外。
脇目もふらず、夢中になって駆け抜けて、駆け抜けて、駆け抜けて――私と私以外に別れているのだと気付いたのは、いつかふと後ろを振り返った日のこと。
――おかしくない? あの子。
――バグかグリッチでも使ってるのでは?
――チートじゃないの? 違うなら、じゃあなんなの?
そんな声を上げる誰よりも早く、【Arcadia】の運営に問い合わせた。
『私は、どこかおかしくありませんか?』
『どうして他のみんなと、何もかも違うのですか?』
『バグか何かなら、どうか修正してもらえませんか?』
私自身のものも含めて、数多殺到したという問いに対する答えは……忘れることなく、一字一句覚えている。
――プレイヤー【Iris】の特異性は全て、彼女自身の『才能』です。
――ゲームには不具合も、不正の手段も存在しておりません。
――個人の『才能』に手を加える意思はないことを、ご理解ください。
非難や陰口が止むまで、少しだけ時間がかかった。
誰が悪いとか、そういう問題ではないのだと思う。私のおかしなところは、私の目から見ても〝ズルい〟と言う他になく。
それを見せつけられる周囲が、一人残らず『不公平』を呑み込める人間しかいないとなれば、それこそ異常であるとも理解できた。
また運営の声明に関しても、『力』が本当に私の『才能』でしかないのなら。一個人のプレイヤーに対して特別措置を取るなどという、ゲームの運営における特大のタブーを侵せるはずもない。
だから、敢えて『誰が悪いのか』という問いに答えを出すとするのなら、
私が――私の『運』が、悪かったのだろうと。
諦められなかったから、せめて証明することにした。
前を見て、俯かず、一心に剣を振って――『才能』と称されたこの『力』が、噓ではなく自分自身のものであると。
〝結果〟では証明にはならないと思い、ただひたすらに、在り方で。
望まれる時に、望まれる場所で、望まれる姿を見せ続ける。
ひと月、ふた月と時間が過ぎて――走り続けて三の月。『王』の名を押し付けられる頃には、批判の声を応援へと覆すことができていた。
私とは別に、一般平均を大きく超える序列称号保持者たちが出揃い始めていたのも大きな要因だっただろう。
仮想世界における『才能』による個人差が広く認められ、数多投げ付けられた非難に倍する、謝罪の声が止めどなく届けられた。
何もかも、理解できる。恨みもなにも、在りはしない。
私だって『ズルい』と〝普通のみんな〟を妬むのだから、と。
だから――変わらず理解できないままなのは、己が才能のみ。
私は特別だと言われる――そうなのだろう。
私が一番強いのだと言われる――そうなのだろう。
私に並ぶ者などいないと言われる――そうなのだろう。
「――――――」
私と歩める人は、
「――、――――ッ」
私と手を繋げる人は、
「――……ッ!――――――ッァ‼」
私の隣には、誰も追い付こうとは――
「――――――――――――追い付いたぞオラァッ‼」
――――してくれないと、諦めかけていたのに。
「――――……、……っ……」
視線を交わすたびに、歩を重ねるたびに、剣を交えるたびに――階段を一足飛びに駆け上がるように、どこまでも諦めずに追い縋るその手が、爪先を掠める。
打ち払っても、足を止めることはない。
叩き伏せても、気勢が死ぬことはない。
退けても、退けても――その顔から、子供のような笑顔が散らない。
「――……っ、…………いや」
怖い。
きっと、今回は耐えられない。
もしそうなったら……これまでのように――彼もまた違ったら。
……ずっと、結果と事実だけを求めていたはずなのに、
「――……、……の……?」
逸る気持ちが、どうしようもなく保証を求めるから、
「――た、が……くれるの……?」
歩みを止めない刀を、必死に捕まえるかのように受け止めて――
「――あなたが、私の隣に並んでくれるのっ……?」
頬を伝った熱は、一体なんなのか。
分からぬままに『彼』へとぶつけた、ひどくか細い叫びの問いに対して――
「ッ――…………さっきから、ゴチャゴチャと……‼」
変わらぬ笑みと、戦意の熱を絶やさない青年は、
「いや、もう……! 心の底から申し訳ねえけど――――知るかァッ‼」
声高に叫び放ち――縋り付くように重なる私の『剣』を、弾き飛ばした。
※空気読まずに酷いこと言ったわけじゃないから注意。
すぐに挽回するよ、主人公だもの。