願う剣、希む剣、待ち人は此処に 其ノ参
ある意味、仮想世界で最もそれを戴くに相応しい者。透き通り月光を映すガラス細工の如き王冠を顕現させ、『本気』を宣言したアイリスが剣を振るった。
迎え撃つ――などという選択肢は端から存在していない。こちらから打ち込んで〝受けさせる〟ならばともかく、彼女の剣を俺が受けなどしたら蒸発待ったナシ。
更にはその一閃が《ひとりの勇者》――称号のユニーク効果を発現させた本気モードの一振りとくれば、余波だけでも消し飛びかねないだろう。
「あ――――ッッッっぶねぇッ!!?」
――ので、回避は正真正銘の全力にして全身全霊。限られた時間のみ『縮地』を可能とする我が身を存分に繰り、剣閃だけに止まらずその余波が及ぶであろう彼女の正面から死に物狂いで離脱する。
そして次の瞬間、アイリスの前方から『水』が消える――次いで、『結果』に遅れて追い付いた轟音や衝撃波その他諸々が、背後へ回り反撃の一歩を踏み出しかけていた俺のアバターを押し止めた。
いやちょっと待て……水が、物質が消滅するレベルの剣圧ってなに???
そんな無茶苦茶、俺のお師匠様にもでき……なくは、なさそうだなぁビックリ達人どもめ――ともあれ、その怪物スペックは事前にリサーチ済みだ……!
とにもかくにも、俺たちは互いのことを知らなすぎる。本気になってくれたのは大いに結構だが、果たして何が〝刺さった〟のやらといったところ。
しかしながら『知らない』のはあくまでも人となり、そして抱え持っている事情に限るわけで――【剣ノ女王】のカタログスペックについては一応、公開されている分は頭に入れてきた。
何よりまず特筆すべきは、彼女の持つ『才能』についてだろう。俺の『記憶』がそうであると言われるまでは、この世界で唯一の存在だった才能持ち――それは何を隠そう、目の前の『最強』に他ならない。
元々唯一の存在であるからして、彼女の才能は『才能』と呼ばれるままに詳しい名称は付けられていない。
しかし俺の才能が『記憶』という呼び名を頂戴するにあたり、彼女のソレにも名を付けるとするのであれば……――それはもう、『全能』以外に相応しい言葉など存在しないだろう。
『才能』とはつまるところ、突出した『仮想脳』との適性によって生じる異能のようなものだ。
俺の『記憶』しかり……おそらくだが、ソラの魔剣操作に関する滅茶苦茶っぷりも何らかの『才能』ではないかと睨んでいる――それはさておき。
『全能』と、そう称す他にないであろうアイリスの異能がもたらすものは――シンプルに言えば、強化と拡張。
なにを強化して、拡張するのか?――ありとあらゆる、彼女の〝全て〟をだ。
弾き飛ばされた【早緑月】を拾い上げ、再び『師』の技を主軸に攻め立てるが――届かない。先程までの比でないのは、剣の重さだけにあらず。
そのガーネットの瞳に宿るのは、自前の透き通るような輝きのみ。思考加速スキルのエフェクトを宿すこともなく……跳ね上がった感知精度と反応速度でもって、アイリスは俺の振るう悉くを打ち落とす。
「――まだまだ、ついてきて」
「知ってるとも……ッ‼」
数十秒前までは遅れていたその瞳も今や、縦横無尽に駆け巡る俺の姿をしかと捉えて離さず――こっちはもう残念ながら、不器用な微笑みに見惚れているような暇も余裕もありゃしない……‼
数値上の性能を超越するアバタースペックに加えて、思考、知覚、反応速度に至る全てに作用する『全能』のギフトが、否が応にもアイリスというプレイヤーを〝別次元〟の存在へと押し上げている。
更には純粋なステータス強化型の効果を持つ《ひとりの勇者》によって、ギフトで拡張強化される下地までも能力が跳ね上がっているのだから手に負えない。
その総上昇幅は、もはや加算に止まらず乗算レベル――しかも、だ。
「常時リジェネは反則なんだよなぁッ……!」
徐々に攻撃と回避の比率が後者に押し込まれつつある中で、口の端から零れ落ちる文句が止められない。開戦から何度かこちらの刀は届いていたものの、既にそのわずかばかりのダメージも無かったことにされてしまっていた。
《ひとりの勇者》――その権能はパーティ人数に応じたステータス補正、及び強化効果の付与。端的に言えば『共闘する味方が少なければ少ないほど強くなる』という、その名を正しく表すものだ。
そして完全なる孤立無援の状況下において、その権能の強化内容は『滅茶苦茶』にして『無茶苦茶』にして『破茶滅茶』に至る。
全ステータスの大幅強化は勿論のこと、加速倍率は控えめながらも常時思考加速効果が発現。更には被ダメージの割合軽減、各種抵抗値の上昇、状態異常の無効化に加えて……果てはHPとMPの持続回復ときたものだ。
そうして完成するのは、まさしく万軍を要さぬ孤高の女王――
……そりゃまあ、そうもなるってもんだろうよ。
彼女がそれを望んだか否かは知る由も無いが――反則紛いの力を押し付けられちゃ、楽しめるものも楽しめないだろうて。
なら自分で調整する……ってのも違うよな。自分で自分を律するセルフ縛りプレイも一定層に需要があるのは理解するが、その行為の本質は単なる『我慢』だ。
仮にアイリスが、俺と同じタイプであるのなら――我慢や遠慮になど蹴りを入れて、何もかもを注ぎ込んだ『全力』に楽しみを見出す人間であるのなら、
「――耐えられねえよな」
あぁ、無理に決まってる。
――そんなクソみたいな退屈、それこそ『我慢』できるわけがないんだよ。
どうしてだろうか、いつも以上に感情があふれて止まらない。
鏡を見るのが恐ろしく思えるほどまで、頬が吊り上がるのを自覚しながら――『こんなもの?』と、そう問う少女に『否』を叩き付けるべく。
「――行くぜ、アイリス」
掠れば即死、誠に結構――そしたらHPなんざもういらねぇわ。
絶えぬ交錯の最中、出掛かりで『剣』を叩くことで強引に作り出したブレイクポイント――距離を取り【早緑月】を頭上に投げ、右手で抜き放つのは【兎短刀・刃螺紅楽群】の紅刃。
そして――鋒が向かうは、己が心臓ただ一つ。
胸を穿ち、赤を散らして、響くは些細な破砕の音色。
《決死紅》発動――この身は【紅玉兎の髪飾り】の加護を宿し、即死は回避するも胸に刃を埋め続けることでHPは急減少していき……続けて、特殊称号【曲芸師】の強化効果《鍍金の道化師》が発現する。
そうして結んだ髪が解けたアバターの頭上に、割れた王冠が顕現すれば――
「正真正銘――全力全開だ」
左手の鞘を送還、落下してきた刀を掴み取る。
右に紅刃、左に翠刀、そうして一歩を踏み出せば、
燐光と魔力糸を纏うアバターは理を踏み潰して、常軌を逸する速度の下に――俺の視界は、真実その意味を失った。
・仮想脳の適性イメージについて
まず仮想脳を『海』であると想像してください。これに対するプレイヤーの適性というのは、その『海』との間で思考という『水』をやり取りする管のようなもの。その管の特異性により発現するのが『才能』という異能です。
さて、それではその『管』について、主人公とソラさんとお姫様でどんな違いがあるのかを簡単なイメージでお伝えしましょう。
・主人公……『海』と超至近距離で繋がれており、かつ上り下りの速度がぶっ壊れている。〝太さ〟は一般的なプレイヤーと大して変わらないので、『並行限界』に関しては並程度。
・ソラさん……『管』というか巨大な『トンネル』で繋がってる。
・お姫様……『管』なんてねえよ。直接『海』にドボン。
と、そんな感じ。怖いね。