願う剣、希む剣、待ち人は此処に 其ノ壱
《極致の奇術師》――師との修行に励む中で開花したこのスキルは、単なる便利な補助スキルであった《奇術の心得》の進化系。
……いや、ただの進化系と素直に呑み込むには、あからさまに特異性が強過ぎるか。なにせコイツは〝とある誓約〟の下に起動可能な、アクティブスキルを内包したパッシブであるからして。
いろんな意味でどうしようもない『誓約』の内訳については捨て置くとして、その効果の方もまあアレだ――端的に言うならば、システムに喧嘩を売っている。
基本的な性能は《奇術の心得》が元々備えていた自傷ダメージの感覚遮断、DEX補正の向上、転倒耐性と据え置きだが、後ろ二つの効果が底上げされている。
そこまでなら単なる成長で終わりだが、特筆すべきは内包するアクティブトリガーの強化効果のほうだ。
それこそが《極致の奇術師》。虚空より出でてアバターへと結ばれる、青く輝く魔力糸の正体――その効果は、操作系統の変更。
『操り人形』の如く身体に繋がれる魔力糸は、まさしく術者を『糸で操られる人形』と化す。そしてその糸を手繰るのは他の何者でもなく、術者自身の思考の腕。
つまりは、思考操作。
このスキルを獲得した当初、俺は首を傾げたものだ。変更もなにも、思考によるアバター操作は俺にとって未知のものではないから。
その頃には『内』と『外』の切り替えに止まらず『纏移』の習得も終えており、スキルに頼らずとも思考によるアバター操作……【剣聖】理論で言うところの『外』の出力は問題なく扱えていたのだ。
なので当時、ういさんと一緒になってハテナを浮かべながら《極致の奇術師》を起動した俺は――最初の一歩で、道場の壁のシミとなった。
あと十秒だけでも考えていれば、思い至れたであろう。
『操作系統の変更』が作用するのは、本来ならばプレイヤーが手を伸ばすことすらない『外』側ではなく、『内』側なのだと。
俺は、『縮地』が使えない。
何故かと言えば、師と同じように二種の出力を完璧に同期して扱うことができないからだ。それゆえの不完全であり、それゆえの『纏移』である。
ならばその二種の出力の内、片側の〝操作方法〟を切り替えられるとすれば?
本来は直感的に、身体を動かすことで身体を動かすための出力を、あえて難易度の高い思考操作に切り替えられるとすれば?
そしてその手段を、知らぬ間に全ての動作を『外』の出力で行っていたような奇特者が、手にしたとすれば?
『内』と『外』の操作は統一され。二種の出力は合一される。
それ即ち――『縮地』の境地。
効果時間、三百三十三秒――その五分と少し、限られた時間の中でのみ、
「一の太刀――」
俺は正しく、【結式一刀流】の継承者を体現する。
「《飛水》ッ――‼」
「――――――」
『縮地』の起動、『技』の成立。
瞬きをも置き去りにする一足にて距離を踏み潰し、目前へ。遂に間違いなく目を瞠ったアイリスは、しかし当然のように対応した。
起こりの存在しない奇襲の剣――しかし、ソレを知っているのならば……知っている上で、ソレに喰らい付く反応速度があるのならば、
「ッハ、流石ァッ‼」
「――ッ!」
打ち落とされることなんざ、わかっている。
そして、【剣ノ女王】がその程度であるなど、ありえないことも。
反撃一閃――そして、轟音。
スキルエフェクトを宿さぬ〝通常攻撃〟にて――空が歪み、水が断たれ、破壊不能であるはずの障壁が揺らぐ。
距離十メートルはあった《強制交戦》の『壁』を揺らしたのは剣閃自体ではなく、単なるその〝剣圧〟だ。
当たれば必死、掠れば即死、圧に煽られれば磨り潰される。実際に見ると、前情報が何の役にも立たないほどの怪物っぷり――だが、
これに関しては、原点回帰もなにもない。
俺のスタイルは、相棒と冒険を始めたあの日から変わることなくただ一つ――
全部躱せば、絶対に負けない。
青銀を振り乱し、少女が振り向くは背後。
【剣聖】の脚捌きをなぞり、神速の歩みによって一閃を躱した俺が、
「――七の太刀」
そこにいたのは、一歩前だぜ――ッ‼
「な、っ……」
頭上からの声音にようやく驚きの声を漏らしてくれたアイリスだが、ただ驚くだけの少女ではないことなど、わかりきっている。
反応は、戦慄するほどに即座。しかしまたしても――だが、
俺が【剣聖】の系譜であるとは認識していただけたか?
よろしい、ならば次のステップへ進もう。
もう自己紹介は済ませたよな? 俺の称号は――曲芸師だ。
「――《七星》ッ‼」
《ブリンクスイッチ》――鞘と入れ替わりに喚び出した得物を足場に、理を蹴飛ばして宙を跳ねる。
師には成し得ない、空を駆ける一歩。
そう、俺は【剣聖】ではない。
『弟子』ではあるが、紛い物ではない。
『師』が望むように、
『友人』が望むように、
そして、俺自身が希むように――
何もかも全部を掴み取って、どこまでも先へ走るんだよッ‼
地を踏み、壁を打ち、得物を蹴り飛ばし――剣聖の技を越えて、空を駆け巡った七閃。その最後の一刀が、
「――――――――ッ、く、ぅ」
驚異的……などという言葉で済ますことのできない、いっそ意味不明な反応速度でもって先の六閃を叩き落した少女を、捉える。
ギリギリで掠めた剣尖に逸らされた先、翠刀は僅かに――しかし確実に、『王』を冠するその身へと刃を届かせた。
書き溜め、無理でした……!
ポリシーに反するし期待もさせてしまったと思うのですが
今回は同日の連投を見送ります。
クオリティを優先してのことですので、ご理解くださいませ。