繋いで紡いで
「――…………ごめんなさい、一応確認するけど……本気?」
二人の後輩に遅れ、拠点へと歩みを進める最中。ひとまずは危機を脱したのであろう大将から指示を受け取った雛世は、そのあんまりなオーダーに堪らず問いを返す。
さすれば、再び伝えられるのは変わらぬ意思を示す『是』であり――ソレが冗談などではない本気であるということを理解して、彼女は大きく溜息をついた。
「あのねぇゴッサン……最初からそのつもりだったなら、事前に一言くらいほしかったのだけど?」
と、つい責めるような口調が出てしまうが、そのくらいの権利はあるだろう。一丸となって勝ちを目指すチームである以上、戦の中で〝博打〟を……それも勝敗に直結する大博打を打つというのなら、共有は必須事項だろうに。
「本当にもう……――了解よ大将さん。そっちもしっかりね」
そうたとえ――異を唱える者などいるはずのない、有意義な……そして何より、楽しそうな悪巧みであったとしてもだ。
指揮に復帰したばかりで大忙しなのだろう、『了』を確認した後にすぐさま《念話》のラインが切れる――まさにそのタイミング。
「……さて。それじゃ〝後の楽しみ〟もできたことだし」
彼方で立ち上がった序列持ち撃破を示す光の柱に目をやりながら、呟きを零す雛世は迷いなく踵を返す。
攻め入られている拠点の援護へと急がせていた足を別に向け、優美なドレス姿を水面に移す淑女の顔には――
「私は迷路で――暴れるとしましょうか」
実にイスティアの序列持ちらしい、楽しげな笑みが浮かんでいた。
◇◆◇◆◇
「――ちょっと待って、本気?」
余裕ぶった啖呵を思い返しては苦い顔になる程度の〝激戦〟を経て、どうにかこうにか【全自動】を下して息をついたのも束の間。
疲労から壁に凭れて隠形していたテトラは、大将から飛んできたあんまりなオーダーに呆れたように問い返していた。
さすれば、再び伝えられるのは変わらぬ意思を示す『是』であり――ソレが冗談などではない本気であるということを理解して、少年は『先輩』のこれからを思い静かに黙祷を捧げた。
「いや、まあ、うん……了解。もう文句なんか言わせないほどの戦果は稼いだんだし、いいんじゃないの。どっちに転んでもさ」
それにしても大した〝博打〟を企画するものだと呆れは隠せないが……そんな面白そうな提案、先に言おうが言うまいが決行は確定路線だっただろう。
大将役としての責任を考えれば、本来なら糾弾もの――しかしながら東より四柱の場に出てくるような連中は、責任になど蹴りを入れてサプライズを喜ぶ者ばかりであるからして。
そして幸い、いつもならそこまで東のノリにはついていけないテトラも――
「じゃ、そっちも頑張って――後の楽しみにしとくよ」
誰かさんに感化された今日に限っては……悪くはないと、笑えてしまうから。
◇◆◇◆◇
「――そうか、わかった」
「クッソ……! この人とうとう余裕の通話まで始めやがった‼」
「気張れリッキー……! 【双拳】相手に持ちこたえてるだけで大戦果だ……‼」
北陣営の序列持ち二人を相手に戦場の片隅を賑やかしていたゲンコツは、しばらくぶりに届いた大将のオーダーにただ一つ『了』を返して……
「《憧憬の体現者》」
「おいッ!? なんか前触れなく本気モードになったんだけど!?」
「きっ、気張れリッキー……! ここで踏ん張れば、俺らがヒーローだッ‼」
期待を掛ける新入りの活躍を喜ぶまま、不器用に口の端を歪めて笑い――
「行くぞ」
機嫌良くも硬い表情のまま、跳ね上げたギアでもって〝蹂躙〟にかかった。
◇◆◇◆◇
「――馬鹿じゃないのっ!? 馬鹿だよねぇっ‼ バーカバーカ!」
「左、早く」
「やってますぅ‼」
一体全体いつまで続ければいいのやら、終わる事のない魔法合戦に息を切らす最中のこと。どうもまんまと助け出されたらしい大将から届いたあんまりなオーダーに対して、ミィナは怒りのままに語彙力を喪失させていた。
相も変わらず淡々としたリィナの催促が飛んでくるが……そちらも既に、顔には隠し切れない疲労の表情を浮かべている。
「そりゃもうそろそろ〝維持〟は厳しいけど……! え、本気? 本気でソレやれって言ってんの!?」
と、「余程のことがなければ問い返し禁止」の緩いルールを蹴り倒し、まさしく余程のことゆえに提示されたオーダーの是非を問い直す。
さすれば、再び伝えられるのは変わらぬ意思を示す『是』であり――ソレが冗談などではない本気であるということを理解して、
「ミィナ」
「…………あぁ、もう」
文句を言うよりも先――相方より差し出された左手を見て、諦めのままに深い深い溜息を吐き出した。
「リィナちゃんがやる気になってしまいましたよーっと……――もう止めないからね、早く守備隊全員逃がして……え、もう逃げた? アイツら皆ミナリナファンクラブ除名の刑に処してやる……!」
阿呆な男連中への恨み言をそこそこに、《念話》を交わす間も雨霰と降り注ぐ無数の魔法を撃ち落としながら――
小さな手と手が繋がり、細い指と指が絡み合い……そして、
「――《描現せす絵筆》」
「――《描夢せす絵筆》」
少女たちの頭上に顕現するは、二人で一つの巨大な王冠。
しかして、それこそが――
「『ひとつ』」
「『ふたつ』」
「『みっつ』」
「『よっつ』」
「『連ねて』」
「『重ねて』」
「「『織り成す真事』」」
――仮想世界における、最高火力砲台の起動を告げる輝きに他ならない。
「『火入れの献儀』」
「『風の抱擁』」
「「『焚べいる薪は廻り廻りて黒を過ぎり』」」
「「『透いて透いて透き通るは金剛の架け橋』」」
同一の声音は時に分かれ、時に交わり、おそらくは世界ですらどちらの声か判別が付かぬほどに溶け合いながら――
「『光を呑み、熱を見て、時を聴く汝は輝石の王』」
「『悠久は此処に至り、憧憬をその身に集め』」
「「『今、産声を上げる――かがやけ』」」
「『輝け』」
「『耀け』ッ」
「『赫け』ッ!」
「「『はるか、遥か、遙か、見果てぬ彼方まで』――ッ!」」
果たして、詩は紡がれる。
いつしか、その手に握られていた羽根は朱と蒼の大翼へと変わり……激しく水を吹き荒らす莫大な魔力の奔流の中心で――
『二人の小さな魔法使い』が、その名に相応しき〝魔法〟を呼び起こす。
「双翼をもって――」
「此処に、描く――――行くよゴッサン覚悟は良いかぁっ‼」
加減など、不要にして無用にして不能。
――自分ごとやれというオーダーに従い、解き放たれるは無差別の蹂躙。
発動の宣言を今か今かと待ち侘びるように、少女たちの目前から彼方の迷路区入り口……そしてその先の通路に至るまで。
眩い光りを放ち始めた水面を見て――彼女らの『詠唱』を止めるために続けられていた必死の砲撃がピタリと止んだ。
向かう正面、百人に迫るプレイヤーたちが一様に浮かべた絶望と諦観……そして、ある種の〝昂揚〟を見とめながら、
「「せーの」ッ‼」
不敵な笑顔と、小さな微笑。異なる表情で、違わず振るわれた双翼が――
「「《斯く輝くは金剛の地平》――‼」」
比類なき〝大魔法〟を、仮想世界に描き出す。
詠唱は万病に効く。