歩幅を変えて
黒鋼で受けた一刀の重さは、己が知る【護刀】のそれではなかった。威力だけではなく、『技』の鋭さも見違えるほどのものであり――そしてなにより……溢れんばかりの、その気勢。
囲炉裏というプレイヤーの評判を表す言葉は無数に存在するが、中でも最も多くの人間に認められ支持されているのはやはり、歩みを止めないその姿勢だろう。
攻略の停滞した昨今のアルカディアでも、ストイックに力を磨き続ける彼の姿に感化される者は少なくない――しかし、だ。
それとしても、序列持ちである前にプレイヤー、プレイヤーである前に人であるからして……刺激が乏しい環境での鍛錬には限界がある。
四柱以外でも彼と戦り合う機会は幾度もあったが、最近では以前ほど成長のふり幅が感じられなくなっていた……――の、だが。
「どうしたっていうの、人が変わったみたいじゃん……ッ!」
「のんびり歩いてるわけには、いかなくなったんでね……‼」
推測するに、劇的なステータスポイントの移動を行ったのだろう。《鎮樹の王権》の効果範囲に踏み込めども、裃を纏う身体は僅かに動きを鈍らせるのみ。
これでは【曲芸師】と同じく……いや、
「ッふ――‼」
「ッ゛あっぶなぁ!?」
削れた敏捷を強引に――おそらくは過剰なまでに積み上げたのであろう筋力で補ってくる分、アレ相手よりも更に《鎮樹の王権》の権能が息をしていない。
双短剣の守りを抜け、首元スレスレを蒼刃が奔り抜ける。怒涛の攻勢を受けて迷路区の通路に押し込まれ続けるまま……気付けば既に、曲折を経て東拠点も見えなくなってしまっている。
――失敗した、欲張らず道を塞ぐことに注力すべきだったか。
初めのトライが失敗した時点で、無理に【総大将】を狙わず囲炉裏相手に《強制交戦》を仕掛けるのが最善だったかもしれない。
「あぁ、もうッ……叱られるなこれ……!」
今も戦場全体に散らばった、無数の足止め部隊を統括指揮している南陣営の大将役。その努めての無表情で圧をかけられる様を想像して、思わず頬を引き攣らせていれば――
「おい、いつまで余裕ぶってるつもり……――ッ‼」
と、別に余裕ぶっているわけではなかったが、そう見られる程度には気勢が足りていなかったのだろう。
ならばそろそろ、いい加減と誤解されぬように〝手〟を尽くすべきか。
謝罪に代わり――薬指と小指で短剣を保持するまま、残る三つ指で『銃』を模して掲げる……否、これは銃などではない。
〝それ〟は予備動作を見とめた【護刀】が目を瞠り、一も二も無く全力で『照準』から身体を逃がすに足り得る――『戦車砲』の具現。
「――《小人の砲手》」
「――――ッづ……!」
発動の鍵言と、轟音は同時。まるで本当に鋼鉄の塊が稼働したかの如く、耳をつんざく発射音を響かせて放たれるは実体無き大砲弾。
掠りすらせずとも余波だけで至近の敵を吹き飛ばし――破壊不能オブジェクトである迷路区の壁に着弾した一撃は、生み出した莫大な衝撃波によって一帯の水路を丸裸にした。
共に水を被りながら、攻勢を阻まれた囲炉裏は視線鋭く警戒を高め……対するユニは顕現した『王冠』を頭に載せ、変わらぬ表情で笑みを浮かべる。
「俺はいつもこんな顔だって、いい加減わかってるでしょ? ――本気だよ、ずっとね」
それはまるで、なにかしらの〝ゲージ〟を模したかのような独特の形状。目盛りの如く等間隔に並べられた宝石を輝かせる、リング状の冠。
その様子を見て……正しくは、一際強い輝きを湛える宝石の数をざっと数えて、ウンザリしたように囲炉裏は溜息をついた。
「全くあの後輩は……随分と置き土産を残していったな」
「っはは。いや、さっきの君の一撃でも三発分はもらったけどね? ……さて、それじゃ今度はそっちの番だ」
距離が離れ、言葉を交わす一時のブレイクタイム。両手を広げて笑みを深めるユニは、「さあどうぞ」とばかりに〝隙〟を与える。
これは『挑発』ではなく――過去最高の気勢を見せた【護刀】の『本気』を求む、まさしくの『催促』に他ならない。
彼に負けたことは、一度もない。
しかし、その『刀』を侮ったことも、一度もない。
前より強く、更に鋭く、歩みを止めぬその刃が、刻一刻と迫り来る様を――歓迎しなかった試しなど、一度たりともありはしない。
願わくば、その一刀がいつの日か。
【剣聖】をも超えて、『彼女』に届くときが来ればいい……と、その思惑については、どうも新たに現れた超新星に掻っ攫われかけている気がしないでもないが。
さりとて、期待が薄れるわけではなく――彼に望むのは、いつだって『先』だ。
「……いいだろう。俺もこの辺りで、歩くのは止めにする」
静かに息を吐き出した囲炉裏は、蒼刀の『魂依器』を下ろして瞑目――響音を立ち鳴らし、その足元から水を凍結させていく冷気が、
「――――……っ」
これから起きる〝なにか〟を予感させて、背筋にぞくりとした感覚を齎した。
いつにも増して、戦闘には似合わぬ笑みが漏れ出てしまっていることを自覚するユニの視線の先で……開かれた瞼の奥に嵌まる碧眼が、月光を宿して輝きを放つ。
「――《無振》」
零れ落ちるは、既知の鍵言。物理攻撃ではない『砲弾』に対しては意味を成さない、対物結界――ゆえに、その権能がユニを相手に用いられたことは一度もない。
つまり今、それを持ち出してくるということは……
「――《散華》」
その既知には、まだ知らぬ『先』が在るということ。
細氷のベールが主の言葉に従ってほどけ、まるで花弁が渦を巻くようにその身を取り巻いて輝きを放つ。そして、
「集い来たれ――《氷華》」
右手に携えるは、『魂依器』の蒼刃。そして、掲げた左手に集束する輝きは――眩いばかりの、白氷の一振りと成る。
鍔を持たず、一切の装飾が存在しない。されど身震いするほどの美しさを湛えたその氷身は、真白い冷気を放つ零度の『白刀』。
氷塵を纏い、双刀を侍らせたその立姿から叩き付けられるのは――これまでの【護刀】とは一線を画す、身震いするようなプレッシャーの波濤だ。
「…………お、思ったより、インパクトある隠し玉じゃん……? 俺が初お披露目だっていうなら、光栄な限りだけど……」
「残念ながら、生意気な後輩相手に披露済みだ」
軽口を交わしてなお、軽減されぬその重圧。静かな立姿に不釣り合いなその『圧』の大きさに、笑ってしまうくらい頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響く。
いやはや参った。なにが参ったって……アレで更に一段階先があるってところが、もうどうしようもない。それ即ち――
「《征進一刀》」
顕現するは、氷片を纏う凍てついた王冠。果たして、全ての権能を表出させた囲炉裏は……腰を落とすでも、得物を掲げるでもなく。
ゆるりと刀を下げたまま――ただ静かに、構えた。
「さあ――征くぞ、【重戦車】」
「……はは――あぁ、戦ろうか【護刀】ッ!」
戦闘狂の集まりか、それ以外か……そんなものは関係ない。この四柱の場に集う者であるならば、誰であろうと皆等しく。
人である以上に、プレイヤーである以上に、この仮想世界の戦いに魅せられた、『戦士』であるならば――
胸を震わせる『未知』を前に、湧き立たない者などいるはずがないッ!
「ッ――‼」
頬を吊り上げ、歯を剥いて。床を蹴り砕く勢いで跳び出した先、
「我流、無名二刀」
同じく凶悪な笑みを浮かべる『侍』は、絶対零度の輝きを湛えた『刀』に灼熱の戦意を込めて――歩みから疾走へと移り変わる一歩を、
「推して、参る――ッ‼」
ただ一つの迷いもなく、真直ぐに踏み出した。
各序列持ちの詳しいスペックなんかに関しては、
一人残らずこの先の物語で活躍の場があるため意図してお預け。
フィーリングと考察でアレコレ楽しんでいただければと思います。
本番はPvEだからね、仕方ないね。