歩み続ける刀
踏み切りから交錯まで、事象を捻じ曲げる『一歩』に遅滞は存在せず。
距離を踏み潰すままに一刀を繰り出せば――残念ながら、事前に察知されていたらしい。奇襲は成らず、跳んだ先で視線がかち合った【重戦車】の掲げる黒鉄に阻まれる。
基本的に、ユニの【星隕の双黒鋼】は打ち合いならば無敵だ。武器本来の攻撃力や双方の運動エネルギーなど一切を無視して、『重量偽装』の権能は特大のインチキを発揮してその有利を確定させる。
加えて、《鎮樹の王権》とかいう新たな力によって近付く者の自由まで刈り取るというならば、対人において彼は益々手が付けられなくなったと言えるだろう。
――だが、
「ッ……」
流石は【重戦車】――見た目によらずの切れ者は、即座に〝違和感〟に気付いたようだ。【蒼刀・白霜】の一閃を力みもせず弾き返しながら、少年は訝し気に目を眇めて、
「《浮――」
「あ……しまッ」
「――城》ッ‼」
僅かに動きの鈍った身体を繰り、刀を握る右手の反動を散らしながら――空いた左手が、ユニの襟首を捉える。
〝掴み〟の成立――スキルの起動。ライトブルーのエフェクトが左手から【重戦車】の全身を伝い……抵抗の隙は与えぬまま。対象の重量を無視する技をもって、小柄な身体を全力で迷路区の入口目掛けて投げ飛ばした。
これまで散々に辛酸を舐めさせられながらも、天敵とまではならずに済んでいた要因たる対【重戦車】カウンタースキル。
奴から三度に渡る完封試合を叩き付けられて取得に至った代物、というのが業腹ではあるが――使えるものは全て使う。
離れ際に舌打ちが耳に届いた通り、ユニに《浮城》に対する返し技はない。ビルドの根幹となる要素が大きければ大きいほど、それを封じられたときプレイヤーの選択肢は大きく削がれる。
どこぞの暴走特急のように、二つも三つも隠しダネを持っているような輩はそういない――が、だからといってそれだけで封じられるのであれば、【重戦車】は【護刀】に対して勝率百%を維持などできようはずもない。
変わらぬ不利は承知の上……なればこそ。
「《慧光》ッ‼」
比喩ではなく、〝全て〟を使うと決めたこの挑戦――容赦も温存も捨て置き、徹底的に攻めるのみ。
起動するは、技術を模した恩恵の一端。いつだか空を駆ける後輩を追い回した遠当ての斬撃にして、ある意味《延歩》の同類と言えるスキル。
――結式一刀流、六の太刀《重光》を模した剣。
本音をいえばシステムに文句の一つもないわけではないが……寄越したものが下位互換とは呼べぬ代物であるならば、そのくらいは呑み込んでくれよう。
その効果は、MP消費による斬撃の飛翔――特筆すべきは魔力が続く限り、《重光》では成し得ない〝無制限の連射〟を可能とする点だ。
《浮城》の効果によって、十数メートル以上も投げ飛ばされながら。着水と同時に切り返しの挙動を見せた【重戦車】へと、蒼に輝く三日月が殺到。
奴は堪らずたたらを踏んで迎撃に切り替え――《延歩》起動。
「ッだから、さぁ……! ソレ、クールタイム短すぎると思うんだよ、ねぇッ!」
「知った、ことかッ! インチキなんてお互い様、だろッ‼」
懐へ〝一歩〟踏み込んだ先で、刃と言葉を投げ交わしながら。打ち合いを避けるままに、短剣二刀を上回る手数でもって押し込み続ける。
「ちょ……っと待った! まさかと思うけど君――ッ゛!?」
【重戦車】ユニというプレイヤーは、情報を重要視する理詰めタイプの戦士だ。そのためデータに乏しい初見の相手や、ビルドを一新した既存の敵による奇襲を苦手としている。
今まさに、データと異なる挙動を披露せしめる囲炉裏に対し、戸惑いと共に焦燥を露わにしたのがその証左だ。
それはまあ夢にも思わないだろう――まさか序列持ちが、四柱当日にステータスビルドを一新させて戦場に赴いてくるなどと。
既知を上回り、防御をすり抜けたのは〝脚〟の一撃。短剣を掻い潜り腹を捉えた右の蹴撃が、スキルの光を伴って【重戦車】を吹き飛ばす。
息を漏らして宙を舞った身体は迷路区への入口を通過して……とりあえず、拠点から追い出すことには成功――このまま更に押し込むッ!
踏み出した一歩の先、瞬時に形成した氷の足場を踏み付け跳躍。これもまたユニの既知を壊す速度を出力して、足場を砕き水路を割りながら。
蹴り飛ばした奴に追い付いた先。耐久力を捨ててポイントを注ぎ込んだ過剰STRをもって、渾身の一刀を叩き付ける。
「んのッ!」
狙いは、即座に黒鋼の防御を築いた【重戦車】――
「はぁッ‼」
ではなく、その足元。
スキル及び装備の強化分込み、実数値600オーバー。かの【大虎】の《虎牙操躁》を上回り――【剣聖】の高みに届き得る剛力が、外壁の天頂へと至るほどの盛大な水柱を炸裂させる。
過剰な筋力によるゴリ押しによって実現させる、敏捷の限界値を超えた挙動。度重なる無茶の反動によって容赦なくHPが削れていくが……この程度、どこかの誰かさんの自傷祭りと比べたら大したことはない。
「だぁッ、この――」
「凍てつけッ‼」
無駄口諸共、氷漬けにするように。【蒼刀・白霜】第一の権能が、奴を呑み込んだ莫大な水量を瞬時に凍結凝固させる。
そして、
「――《燐華弌刀》」
こうしてしまえば、防御もなにも関係ない。
【星隕の双黒鋼】の『重量偽装』には知り得る限り、その反則じみた効果発現に際していくつかの制限が存在する。
一つ、発動には僅かながらタイムラグが存在すること。
二つ、計算式に介入できるのは短剣自体か接触した単一の物体のみ。
三つ、同時に効果を及ぼすことのできる対象は一つだけ。
そして四つ。介入できる計算は、短剣によって起こした何らかのアクションに起因する必要がある。
つまり、こうして瞬間的にでも一切の動きを止めてしまえば――続く一瞬の内に、〝重さ〟による防御は発生しないッ‼
眩い銀光を宿す蒼刃が横殴りに氷柱を断ち、内に囚われた【重戦車】を打つ。
氷はプレイヤーのステータスを完全に封じられる程の頑強さは持ち合わせておらず、更に序列持ちともなれば強引な防御も間に合ってしまうだろう。
だが、能力発動の猶予まで与えはしない。
「「――――――」」
砕け散る氷の奥、視線を交えた瞳に浮かぶのは素直な感服の色。
果たして、【星隕の双黒鋼】の刀身を捉えた【蒼刀・白霜】の刃は――偽装の暇を与えぬままに、轟音を上げて小さな身体を吹き飛ばした。
現ステータス
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◇Status◇
Title:護刀
Name:囲炉裏
Lv:100
STR(筋力):500(+100)
AGI(敏捷):150(+50)
DEX(器用):200
VIT(頑強):50
MID(精神):150(+100)
LUC(幸運):100
旧ステータス
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◇Status◇
Title:護刀
Name:囲炉裏
Lv:100
STR(筋力):250(+100)
AGI(敏捷):150(+50)
DEX(器用):200
VIT(頑強):300
MID(精神):150(+100)
LUC(幸運):100
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作者権限で囲炉裏君のステータス晒しときますね。スキル群は割愛
嗚呼、戦士系のお手本みたいなステータスがどうしてこんなことに……
いったい何者の影響なんだ。