戦場並びて
「ッ゛……まぁ、オッサンにしては健闘した方か…………」
時間にして十分―――には、少々届かないか。
負けるつもりで挑みはしないと本心からの啖呵は切ったものの、意気込みだけで覆せるほどこの世界に於ける『王』の称号は甘くない。
体感ではもっとずっと長い時間を凌いだように思えるが、稼いだ時間と言えば精々その程度だろう。『魂依器』の全開放に称号の権能まで併せた全力をもってソレがやっとだ、全くもって堪らない。
余程おかしな仮想脳の使い方でもしていない限り、仮想世界での戦闘に慣れ切った序列持ちともなれば数時間の連続戦闘でも音を上げたりはしないものだが……
良くも悪くも、この世界のフィジカルとメンタルは直結している。
規格外のプレッシャーを前に死ぬ気で気張ったのであれば、例え十分程度の戦闘だとしても―――冗談みたいな幻感疲労に引き摺られ、膝を突くことを笑われたりはしないだろう。
「…………ビックリした。一年前とは全然違う」
荒い息を吐き出して膝を折った【総大将】に対して―――目前に佇む少女は、呼吸一つ乱さぬまま。ただただ静かな声音で……しかし、その表情に僅かばかりの『色』を宿して。
自身を嗤ったゴルドウに対して、首を振る。
アイリスの言葉に顔を持ち上げ、その作り物めいた美貌に浮かぶ表情を目にすれば―――散々に鎧を砕かれて露出した戦士の片頬が、喜色を噛み締めるようにほんの少し緩んだ。
「……ッハ、そいつぁ嬉しいねぇ。この世界なら、オッサンでも多少は成長できるってこったなぁ」
再び失われた右腕に代わり、左手で兜に載せていた王冠を外す。さすれば主の意思に従って、限界を迎えていた【英傑の黄金鎧】が末端から罅割れ崩れていった。
つまりは、降参の意思表示―――個人的には徹底的に足掻いて見せる方が好みではあるが……威厳とカリスマを欲される【総大将】の外面が、あまりみっともない真似を許してはくれない。
負けならば負けと潔く。だからこそ、悔いなど残さないよう全ての戦に全身全霊。それが東陣営序列第三位―――現イスティアトップであるゴルドウのスタンスにして矜持。
「ゴルドウ」
「おう」
「……久しぶりに、少し楽しかった―――ありがとう」
「おいヤメろ。歳食うと涙脆くなんだよ」
照れ隠しの軽口に、楽しかったと口にしたアイリスは言葉通り「少し」だけ笑って見せて―――彼女が幕引きのために剣を持ち上げたのと、膝を突く戦士のアバターが青い光に包まれたのは同時のこと。
「おっと、こりゃ……」
時間稼ぎが実った、と戦士は笑い……
「…………」
トドメに水を差された『女王』は珍しく、分かり易い不満げな表情を浮かべる。
転移は即座、満足に言葉を交わす猶予は無く……しかし、久しく目にできずにいた彼女らしい、無垢な子供じみた表情を目に焼き付けながら。
―――お前だろ? 坊主。
―――まずは顔合わせ、気張って臨めよ。
果たして、少々の紆余曲折はあったものの。
ようやく望んだ状況の入口に辿り着いたと、機嫌を良くした【総大将】は不満げな【剣ノ女王】を他所に。
まるで悪戯の成功したガキ大将のような笑みを残して―――転移の光と共に、舞台から一人退出していった。
◇◆◇◆◇
「《強制交―――っだよねぇ!!?」
「当たり前だッ!」
ハルの姿が消え、入れ替わるように酷い有様のゴルドウが障壁の外へ現れた瞬間のこと。当然の如く《強制交戦》を仕掛けに掛かった【重戦車】を、《延歩》からの抜き打ち一閃で逆方向へと弾き飛ばす。
《居喝》―――短剣で容易く防がれはしたものの、特大のノックバックに加えてスキル妨害効果を持つとっておきの一撃だ。
一時凌ぎはできた―――だが、一息入れる暇は無いッ!
「守備隊ッ‼」
「「「応ッ‼」」」
号令に応じ、吹き飛ばされた少年を待ち構えるは東の精鋭二十余り。先刻は完封されて地獄絵図を形成していた彼らだが……瞬時に其方を視認した【重戦車】は、「うげっ」と言わんばかり盛大に頬を引き攣らせた。
それはそうだろう―――全ての防具を脱ぎ捨てた、裸一貫の野郎集団が目に入ったのだから。
「ッ《鎮樹の王権》‼」
発生するエフェクトは、瞬時にして些細。『領域』囚われた者自身では気付けないだろう、影のような薄暗い光が足元を奔り―――
「ぐぬッ……!」
「重、いッ……がぁ!」
「動 け な く も な い ッ ‼」
元より防御に秀でた者たちだ。素の耐久ステータスだけでも敏捷値の減算は相当なものなのだろう。各員の動きは鈍重でキレもなにも無い。
しかし、這いつくばって呪詛を撒き散らすことしかできなかった先程とは違う。動くことさえできるのならば、戦闘は成立する。
そして戦闘さえ成立するならば、たとえ敵わずとも―――生きようが死のうが、役割を果たせる。
「あーもう失敗した……! ネタばらしが早かったかなぁっ‼」
「残念だったな重戦車ぁッ!」
「さぁやれ殺せぇッ! 俺はリィナちゃんを援護しに行くんだッ‼」
「ミィナちゃんが壁の向こうで待ってんだよッ‼」
「ミナリナの肉壁となる本懐を遂げさせてくれぇえアッ!!!」
……なんというか、別の意味で地獄絵図には相成ったが。
「阿呆どもめ……―――調子はどうだ、大将」
「ッハ、世話かけたな。ちょうど首を差し出してるとこだったぜ」
特大のデバフを吹っ掛けられているとはいえ、此方への不利を維持したいのであれば倒してはならない兵隊たちである。イスティアの連中は、基本的に阿呆ではあるが馬鹿ではない。
その状況を利用すれば、圧倒的格上であっても囲んで足止め程度ならでき―――……てくれると、大いに有難かったんだが。
「流石に厳しいか……無駄話をしてる暇は無さそうだ、こっちは任せたぞ。さっさと指揮に復帰してくれ」
思うようにアバターが動かせないことに加えて、そもそも得物以外の装備を全解除した状態である。防御力は当然として、彼らはそれぞれの装備の各種強化や補助効果も丸ごと失ってしまっている訳だ。
それはまあ、満足な足止めもままならないのは無理からぬ話だろう。あっという間に軽々とあしらわれ始めた守備隊を見て、仕方無しと苦笑いを噛み殺す。
……然らば、予定通り。
「【重戦車】は俺がやるよ」
「ま、だわな―――任せたぜ【護刀】」
気安く叩かれた肩に伝わるのは、これまで称号を背負い積み上げてきた信頼の『熱』―――そう、「やる」と言えば必ず成してきた。
だから、今回も同じく。
例え相手が、これまで一度も白星を上げられずにいる難敵であろうとも。
「さて、それじゃ……俺も後輩に続くとしようか!」
気取って、勝利を仄めかしたのであれば―――
「《延歩》ッ‼」
ただ赴き、斬り伏せるのみ。
ちょーっと無視できないミス……というか説明抜けがあったので捕捉。
四柱戦争に於ける大将役の専用スキル《念話》ですが、大将役のプレイヤーが序列持ちであった場合《強制交戦》の障壁内に囚われると使用不能になります。
ゴルドウがアイリスとの戦闘にかまけて指揮を放棄しているように見えるのはこの仕様のせい= 悪 い の は 全 部 作 者 。
つまりゴッサンは悪くない。さぁ私を責めろ……‼