転進投身
「えぇ……ヤバ……」
「耐久力参照の敏捷デバフぅ? 勘弁してくれ」
「それで動けてるって、つまりそういうことだよねぇ」
「我らがNinthは想像以上に紙装甲と……」
「AGI&DEXの余りSTRとかかねぇ。いやそれにしても」
「技巧もいける口かー。益々ヤベェな」
「はは―――半月前から、更に見違えたな……」
イスティア守備班、三パーティ+α計21名。《強制交戦》起動に際してフィールド外へと排除されてしまった面々が、障壁の周囲に噛り付くようにして観戦している―――その様子を、
「………………周囲警戒もせずに、いい度胸だな諸君」
「「「―――ひゅっ……!?」」」
背後から呆れた様子で眺めていた囲炉裏が言葉と『冷気』を投げかけるに至り、彼らは息を呑んで一斉に背筋を伸ばして見せた。
「や、やぁ囲炉裏君。すまないね、『彼』とは縁もあってつい……」
「気持ちは分かるけど、しっかり頼みますよ防衛隊長。……大将補佐も、なにを一緒になって相手の策に転がり込んでるんだ」
「「「面目ない……」」」
と、年若い青年に叱られて素直にシュンとする大人たちを他所に―――【護刀】が目をやる先では、障壁に囚われた『後輩』が【重戦車】を相手に攻防を繰り広げている。
「全く……なにをやっているんだか」
先を見据えて温存を意識するのは結構だが、それで役割を果たせなければ意味が……―――あぁ、いや、成程。
多少の格上程度に手を拱いているように見えるのは、そういうことか。
言っていたもんな―――「さっさと追い付いて来いよ」と。
おそらくは、そういうことだろう……ほら。障壁越しに視線を送れば、労せず目が合ったのがその証拠だ。
「こっちもこっちで大した度胸だ―――いいだろう」
散々勝手に掌の上で踊らせてきたのだ、一度くらいは後輩に使われてやるのも吝かではない……というよりも、
結局のところ、あの生意気な後輩には特大の『借り』がある訳で。こうして、少しずつ返していくのも悪くはないか。
―――ならば、此方はいつでもいいぞ。
障壁の向こう、刀一本で双短剣に抗う【曲芸師】へと真直ぐに視線を送れば……フードの奥ではきっと、囲炉裏によく見せるあの憎らしい笑みでも浮かべているのだろう。
微かに頬を吊り上げたハルは、此方に背中を向けさせられ続けている【重戦車】の注意をより一層に引き付けるが如く。
まだ拙いながら確かな『面影』をその身に重ねて、意気揚々と刀を振るう―――
◇◆◇◆◇
―――ようやく来やがったな先輩め。
障壁の向こう側にある「お前の考えなんてお見通しだぞ」とばかりの澄まし顔が若干腹立つが、以心伝心はこの場に於いて大いに結構。
実際問題、とにかくこのカオスな団子状態を動かすにはソレが一番手っ取り早いわけで……然らば、後はタイミングだ。
意識の間隙を突き、明確なブレイクポイントを作り出す―――ための、まずは下地を用意しなければならない。
盛大に『驚かせる』ために、焦燥を連鎖させる。
だからまあ―――とりあえず、温存を維持できる範囲で気張ってこうかッ‼
「おわ、ッと……! 急に張り切るじゃん!」
「いい加減、遊びに付き合ってる暇も無さそうなんでなぁッ!」
敏捷が削られようと、《兎疾颯走》による特殊な踏み込み挙動で不意を突く動きは有効だ。極小の予備動作から深く懐に踏み込み―――
そこは流石に序列二位。僅かに目を瞠る程度のリアクションしか引き出せないが、それこそ此方とて想定通り。
悪いが、ここまでで散々『癖』は見せて貰ったぞ。
ちょっと驚いたとき―――左手がやや浮き、体重が微かに右寄りに。そして右手に握る短剣の鋒が上か下か……下を向いた、ならばッ‼
右の逆袈裟と同時に一歩退く―――と見せかけてからの左の突き、だろ!!!
「は―――うっそッ」
『記憶』と推測を信じ抜き、紙一重で立て続けの迎撃を擦り抜けて肉薄。目前で流石に驚愕のまま目を丸くした【重戦車】に―――残念ながら得物を振るうほどの余裕は無い!
間隙を突くための強引な突破に加えて、相手の体勢を崩した訳では無い。無理な態勢から欲張れば、手痛い反撃はほぼ確定―――なの、でぇッ‼
「オッ―――ラァッ‼」
「うわぁッ!?」
喰らいやがれ全力の体当たり、からのォッ!
「《瞬間転速》ッ‼」
「ッ゛―――」
振るえずとも、握る程度ならどうとでもなる。翠刀に代わり喚び出した【愚者の牙剥刀】のトリガーを引き絞り―――ぶち込んだ肩口から、加速の過程を省略した最高速の運動エネルギーをその身に叩き込む。
ダメージは、残念ながらほぼゼロ。しかしながら特大のノックバックに加えて……おうその顔が見たかったんだよ。これは流石に驚いただろ?
そしたら重ねて――!
「ッ―――囲炉裏ィ‼」
「―――《交戦割込》ッ‼」
もっと隙を晒してくれや【重戦車】‼
「なっ―――……ッ‼」
障壁の内外で声を掛け合い、更に片方は割り込みの宣言……咄嗟に『新手』が現れるであろう背後へと振り向いて構えを取ったのは、流石の即応力と言ったところ。
だが、
「あぁ、もう……やられた」
振り返ったその先、堂々と『宣言』を叫んだ囲炉裏が壁に手を触れないまま……どうせまた、人を食ったような笑みでも浮かべていたのだろう。
振り返らずとも思い描ける少年の苦笑いを背に、悠々と『壁』へと辿り着いた俺は―――
「《交戦解除》」
掌を押し当て、思えば今戦争初の『宣言』により序列持ちの権限を発動させる。
瞬間、けたたましい響音を上げて《強制交戦》のフィールドが砕け散り……これで、二点の消費。
戦争開始時点での序列持ちの持ち点は三点だが、俺はここまで【大虎】と【変幻自在】の二人を撃破しているため、追加二点によって《交戦解除》分の消費は差し引きゼロだ。
故に……立て続けの行使によって、ようやく役目を果たせる。砕いた障壁を越えた先、更なる『壁』へと手を伸ばし―――消費は、三点ジャスト。
「《交戦割込》ッ‼」
まあ、役目とはいってもだ―――
「……………………で、こっからどうすんだ?」
とりあえず大将様を引き摺りだす―――そのあとは、全くもってノープランなんだよなぁッ……!
どのみち、このまま司令塔が落とされたら東は極大の不利を背負い込む……どころか、この中にいるのが想像通りの人物ならば、そのままがんダッシュかまされて拠点制圧まで有り得る。
対応策が必要だ。そしてソレを打ち出すために必要なのは、手足ではなく頭。犠牲駒上等まで言うつもりはないが、このトレードは必要なことだっただろう。
《交戦割込》は原則として内部の味方を自身の位置へ。そして自身を接触した『壁』のすぐ内側へと交換転移する。
つまり単純に囲炉裏に割り込みを入れて貰うだけでは、此処には辿り着けなかったわけで……だからこそ、この考え抜いた上での考え無しだ。
せめて内外を入れ替えた障壁越しに、ゴッサンに指示を仰ぐ暇があればいいのだが―――転移の光に呑まれる最中、ピタリと止んだ『圧』に内心ではビビり散らしつつ……
俺は『怪獣』がおわすフィールドの中へと、放り込まれていった。
書け……! 書き続ければストックは出来るんだ……!