流星と隕鉄
【曲芸師】ハル―――自らの目では遠目に観察するばかりではあったが、無数に上がってきた報告と合わせてその大体の性質は把握できている。
そしてそれら情報を統合して考えるに、自分は別段「相性が良いとは言えない」というのが、【重戦車】の出した結論だった。
得手不得手などを超越した例外中の例外である『お姫様』に次いで、少年は南陣営でも屈指の対人強者……というよりは、その『魂依器』の性質が対プレイヤーに特化しすぎているというだけではあるのだが―――
ともあれ、千差万別のキャラクタービルドが存在するアルカディアに於いて、『対人強者』というのは=どんな相手にも対応可能な万能であるということに他ならない。
万能とは言っても別に多芸である必要は無い。万の能力を持っていなくとも、ただ一つ万人に刺さる能力があるのならば……言葉の意味を変えても、『強者』という結果には結びつく。
ただし、万に一つなんて言葉があるように。
世の中にはイレギュラーが存在するもの―――例えば、自慢の『魂依器』の能力を、理屈も理解も諸共に『力』で吹き飛ばす【剣ノ女王】。
例えば、しかと能力に囚われた上で、それがどうしたとばかり極致の『技』でもって刃を届かせて来る【剣聖】。
そして例えば―――バチバチの近接スタイルだというにも関わらず、耐久力ステータスにびたいちポイントを振っていないのであろう、可笑しなプレイヤーとか。
横をすり抜けていくつもりなのだろう。彼方で助走の体勢に入った青年の姿を見て、ユニは逆手に携えた双短剣の柄を握り直す。
つい最近ようやく第五階梯に至ったこの【星隕の双黒鋼】の能力は、おそらくだがアレに対して十分な効果を発揮しないだろう。
……しかし、まあ―――それはそれで。
たまには普通の殴り合いに興じるというのも、楽しみとしては悪くないだろう。
自分自身も、観客も……そして、
「さあ―――通れるものなら、通ってみなよ」
例え、数字以上にかけ離れた実力で隔たれていようとも、
自分はかの【剣ノ女王】に次ぐ、南陣営の序列第二位。
無様を晒すような真似はしない―――【曲芸師】も等しく楽しませる程度の自信なら……鍛え上げたこの写し身に、しかと詰め込んであるのだから。
◇◆◇◆◇
―――踏み切りに躊躇はなく、また加速に容赦もありはしない。
天頂から迷路壁面を最高速で降落まま、盛大に炸裂させた水柱を蹴飛ばして走破によって水路を割る。
ここまで、二歩。
そして三歩目、初めの一歩から一足のインターバルを経て―――二度目の『纏移』へと迷わず踏み切る。
さあ、そろそろ重い腰を上げて働いてもらおうか。
連続での『纏移』を織り込んだ全力疾走―――それによって、ようやく起動条件を満たしたパッシブスキル《流星疾駆》の効果が発現する。
死に札となっていた《ボアズハート》からの進化を果たし、発動条件の大幅な緩和に加えて《瞬間転速》との犯罪的シナジーにより常時発動みたいな半壊れと化していた《ライノスハート》。
そこから更なる進化を遂げたこのスキルは、あろうことかまたも死に札へと逆戻り……は言い過ぎだが、そのぶっ壊れ具合はまさしく「使い辛い」の一言である。
その使い辛さたるや、ベクトルは違えども鬼札こと《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》に迫るものがあり……ちなみに、「ぶっ壊れている」というのは『性能』ではなく、『発動条件』に関してのことだ。
それというのも「パッシブ以外のスキルやバフに頼らずアバターの限界を超えた速度を出力する」なんて、発動させる気があるのか貴様といった具合の意味不明な条件であるからして。
つまるところ、例えば俺なら『纏移』を用いなければ発動不能……然して、そんな死に札一歩手前の発現難度に比例するように、その効果自体は破格のものだ。
挙動に作用しない減速無効化―――それが《流星疾駆》の持つ効果。
【Arcadia】十八番の脳内インストールが無ければ、俺も説明文だけを読んだだけで理解することは出来なかっただろう。
簡単に言えば、このスキルは跳躍⇒減速⇒落下というようなアクションの流れから、『減速』だけを削除する。
つまり跳躍から落下へと行きつく結果も軌道も変わることは無いが、その最中に速度が低下しなくなるということ。
さて、三次元高機動戦士にとって「もっとも隙が出来るタイミング」とはどこか? この二ヶ月を現在のビルドで直走ってきた俺の所感を述べるに、それは加速の切れ間となる『滞空時』だ。
切り替え跳躍などである程度は塗り潰すことが出来るものの、ゼロにすることはほぼ不可能。そしてトップスピードが速ければ速いほど、減速というのは目立つ。
目を引く隙として注目を集め、相手がその『隙』に目を慣らしてしまえば―――敏捷特化にとっては致命的な、行く先を気取られるという最悪に繋がりかねない。
その隙を見事に埋める―――というか文字通り消し去ってしまうのがこのスキル。一度だけソラに《流星疾駆》を交えた全力疾走をお披露目したことがあるのだが、その際に彼女は頬を引き攣らせてこんな感想を聞かせてくれた。
―――人って、ビームみたいになれるんですね……と。
減速の存在しない、最高速度の跳躍疾走。
自慢じゃないが……いや自慢だわ―――お師匠様ですら、コレには付いて来れないんだからなぁッ!!
水の負荷など鼻で笑い飛ばしがら、距離数百メートルを五歩で踏み潰して。
記憶に刻んだルートを辿り、俺は【重戦車】の横を瞬く間に駆け抜けた―――
―――なんて、都合の良い展開になってくれたらよかったんだけどな。
ガクンと前触れなくアバターの速度が落ちる感覚は、全くもって予想通りのもの。当然ながら、俺自身が脚を緩めたわけではない。
急速に無から線へ、線から像へと引き戻された視界に映るのは―――緑のライトエフェクトを宿した瞳でしかと俺の姿を捉え、口端を持ち上げる少年の笑み。
正直知ってた……けど、気まぐれで通してくれても良かったんだぜ?
恨み言ともつかない感情のもと、思わず俺が苦笑いを浮かべるよりも先に、
―――《強制交戦》。
短く鍵言が紡がれた瞬間、少年の周囲に平伏すプレイヤー達が転移に似た青い光に包まれて姿を消し……
速度を奪われてなお莫大な運動エネルギー―――つまり、『壁』に激突すれば=死の慣性を保持する俺の眼前に、展開した薄紅の障壁が無慈悲に立ち塞がった。
三千文字を五歩で消費する小説があるらしいですよ。
何してんの???
主人公「三次元高機動戦士にとって―――」
さも君以外にもそんなプレイヤーがいるかのように語らないでくれますかねぇ……
主人公「相手がその『隙』に目を慣らしてしまえば―――」
当たり前のように囲炉裏君やお師匠様を基準に考えるのもやめてもろて……
相変わらず言ってること大体が頭おかしくて頭おかしくなる。