位置について、用意
一度でも速度に乗り切ってしまえば、あらかじめ誘導弾持ち魔法士の大群から待ち伏せでもされない限り足止め部隊の『上』をすり抜ける事は難しくない。
囲炉裏から先行すること百秒少々、点在する交戦域を全スルーして拠点へと舞い戻った俺はといえば―――
「オイなにがどうなってんだコレ……!?」
迷路区の入口から顔を出した瞬間、視界に広がった情報量に思わず足を止めて困惑の声を漏らす他なかった。
それは、団子のように密接した異なる戦域の三層構造。
最奥では「まさしく戦争」と言わんばかり、冗談じみた規模の大魔法合戦が繰り広げられており……そちらはおそらく、ミィナとリィナの二人が奮戦しているのだろう。
そしてあの二人が『奮戦』を強いられているということは、相手はそれに足るだけの大部隊なのであろうことが察せられる。向こう側にあの二人以外の味方がいるかどうかは判然としないが、どちらにせよ最終防衛ラインへの援護は急務だろう。
……が、それを阻むように通路を塞いでいるのは、俺自身も二度経験した《強制交戦》のフィールド障壁。外から窺い知れる内部の様子はと言えば―――粉塵、光、衝撃、以上。
以上ってか異常。なんだよアレ……中で怪獣でも暴れてんのか???
ともあれ、先程から続いている『圧』の出所は間違いなくアレだろう。間に挟まっていた迷路の壁を失い、直接相対することで感じ取れるその重圧は桁違いだ。
肌が粟立つというか……アルカディアのアバターには自ら設定して生やさない限り産毛すらも存在しないが、これが現実世界の肉体であればそれこそ総毛立つという感覚を体験できていたことだろう。
―――で、だ…………あの、ですねぇ……それよりも更に群を抜いて異様なあの光景は、一体全体なにごとだと仰るのか。
「宗教かな……?」
堂々と仁王立ちする一つの影と、その周囲に首を垂れる多くの影。傍から一瞥するに、その光景はまさしく「絶対的な存在に平伏する者達」といった具合だが……
そうではないとハッキリ分かる点が一つ―――それは膝を突く者達が皆一様に苦悶の表情を浮かべながら、
「ぬうぁあああッ!!!」
とか、
「クソッタレぇッ!!」
とか、
「【重戦車】この野郎ォオッ!!!」
……などといった恨み言の叫びを、口々に発している点だ。
いやもう、有体に言って阿鼻叫喚。
中心に立つ一人の『少年』に対して、推定いい歳した大人たちが―――見た目はディスイズファンタジーな超絶イケメンやらイケおじばかりだが―――悶え苦しみながら呪詛を撒き散らしている様は、そっと目を逸らして回れ右をしたくなる程度には地獄の様相で……
「―――良かった、来たね」
勿論、意義を持って駆け付けた俺にそんな選択肢があるはずもなく―――また、お相手もそれを許すつもりではないようで。
ジッと奥に顕現する交戦フィールドを見つめていた少年が振り返り、その深海の如き鉄紺の双眸が真直ぐに俺を射抜く。
髪の色は銀―――否、鈍く輝く『鉄』の色。子犬のようにフワフワとした質感に反して、利口そうに整えられたその髪はどこか視覚に『重さ』を伝えてくる。
軽戦士然とした革装の出で立ちだが、その両手両足を守るのは深緑の金属甲。
小柄な体躯にやや不釣り合いな手甲に包まれた指が器用に抱えているのは―――重厚な漆黒の刃を輝かせる、左右揃いの双短剣。
「【重戦車】……」
「知られているとは光栄だね。【曲芸師】さん」
愛嬌に富んだ見た目だけをいえば、大仰な称号が似合いとは言い難い少年―――南陣営序列第二位、【重戦車】ユニは悪戯っぽく笑んで見せた。
相手のことは知っている。大まかな戦闘スタイルや所持している武装の能力、特殊称号の権能など最低限の知識は押さえてきた……だからこそ、マズい。
ソレは、知らない。
守備隊の面々を水路へと縫い付けている目に見えない力の正体が、分からない。
「情報記事には、そんな手品は載ってなかったんだけどな……?」
「そりゃ、俺だって皆と同じプレイヤーだもの。成長はするし、秘密の切り札だって開発したりもするよ」
それはまあ本当に、ぐうの音も出ない正論だな……察するに、あの短剣だろう。
第四階梯『魂依器』―――【星隕の双黒鋼】。
あの特記武装が元々持っていた能力が秘匿されていたか……或いは、元第四階梯魂依器となったか、だ。
「さて、それで?」
警戒を露わに足元を整える俺を見据えるまま。自らよりも大柄な男達を苦も無く抑え付けているように見える少年は、小首を傾げて如何を問う。
「俺とやり合いに来てくれたのかな?―――それとも、この先に用事があるのかな?」
「イイ性格してんなァ……!!」
挑発めいた文言が、テトラとはまた違った『子供っぽさ』を体現するその容姿に似合うこと似合うこと……!
ある種の需要がありそうなこって―――いやアホなこと考えてる場合か。
「言うまでもないだろ―――是非そこで大人しくしといてくれ」
と、堂々のスルー宣言をすれば、飛んでくるのは再びの悪戯っぽい笑みが一つ……それに加えて、
「そんな殺生なぁッ!!」
「助けてNinthぅッ!!」
「我らの屍を越えていこうというのかねっ!?」
……等々、やたら芝居がかった野太い悲鳴エトセトラ。
「ええい喧しいぞ先輩方ッ……! 楽しそうにしてんじゃねえか、そのまま大人しくソイツの足止め頼んだわ!」
コントやってる場合じゃねえのは分かってんだろうがよ……!!
「悪いが、押し通るぞ……!」
《瞬間転速》―――は、使えない。毎度のこと、道すがら擦れ違った味方回復役の世話になり体力全快ではあるものの、だ。
おそらくこの先に待ち受けているであろうモノを考えれば、消耗はいくら抑えても足りないほどだろう。
ならば……ちょうど後ろには誰もいないんだ。思う存分、助走を付けさせてもらうとしようか。
迷路内へと反転して直進、長いストレートの終端である突き当たりの壁面を駆け上がる。もう当たり前のようにウォールランをこなしているが、現実的な物理法則が正しく働いているのならば、いかな高速と言えどこうも容易く壁を走る事など出来はしないだろう。
万歳ファンタジー、万歳ゲームエンジン―――然らば、行こうか。
敏捷偏重の我が身を支える屋台骨、《兎疾颯走》及びに《フェイタレスジャンパー》が起動して……更に重ねるは、俺だけの特異技能。
『纏移』―――かの剣聖の歩法に迫る一歩を踏み出そうとしたその時。見据えた行く先で待ち構える少年が、悠然と笑むままに口を開くのが目に入った。
―――通れるものなら、通ってみなよ。
声は届かずとも、その様子から大体のことは汲める。
上等だこの野郎。見とけよ【重戦車】、ついでに見さらせ世界。
例え『縮地』は使えなくとも、アレコレ支援効果は纏わずとも、腰に提げた暴走特急に頼らずとも……それはそう、至極単純な話。
つまりはただ真直ぐに、ありったけの助走をぶち込んだ全力走破こそが―――結局は、一番速くて疾ぇんだよッ!!
道筋は見た、ルートは敷いた、ならば後は、
「行―――――――――っくぞオラァッッッ!!!」
ただ、一歩を踏み出すのみ。
ドン!!(明日)