似つかぬ友人
「―――久々だなぁ、お前さんと戦場で顔を突き合わせんのはよ」
しみじみと呟きながら、いつもの癖で顎を擦ろうとして―――肘から先が消えている右腕を思い返し、ゴルドウは頬を吊り上げながら鼻を鳴らす。
「やられたな全くよ……ミィナの奴が散々文句を言ってるのが目に浮かぶぜ」
やれやれとばかり、首を振って溜息を吐く【総大将】と相対するは―――大柄な偉丈夫の対極とでも言うべき、華奢で可憐な少女の姿。
人間離れした美貌に浮かぶ表情は薄いが、その存在感は目前の大男に迫るかそれ以上。白を基調としたドレスアーマーに身を包む彼女は、青銀の髪を揺らして微かに首を傾げて見せた。
それは疑問ではなく、とりもなおさず呆れの意。
「やられたもなにも無い。次から次に、そっちが勝手に飛び込んで来ただけ」
東の拠点へと攻め込むにあたり、南の侵攻部隊が策を弄したのは本当のこと―――しかしながら、その悉くに喜び勇んで身を投じてきたのはイスティアの方だ。
まずは挨拶代わりと序列持ちを単身で送り込んでみれば、やれ出番だ逃がすな囲えと守備隊総出でお出迎え。
結果、喜び勇んでわらわらと集まってきた彼らを【重戦車】が隠し玉で行動不能にして……第一段階クリア。
続いて第二波として魔法士大隊を東拠点へ向かう通路へと流し込み、『双翼』の迎撃を凌ぎながら前進することで守備隊と分断……第二段階クリア。
最後に、仕方無しと前衛を張りに来た大将役を、魔法士の集団に紛れ込んでいた彼女―――【剣ノ女王】が強引に此処まで引き摺り込み……第三段階もクリア。
正直、どうかと思う。こんな作戦とも言えない行き当たりばったりの策に、自ら全速力で転がり込んでくるのは。
「ヘレナも呆れてる。東はもう少し思慮深くなった方がいいって」
「っは、余計なお世話だ。俺らはコレでいいのよ―――コレで、勝ってんだからな」
「勝ち越してから、言うべきね」
「―――カッカ! 本当にウチが勝ち越しちまったら、それはそれで問題なんだがなぁ」
貫禄ある厳つい大男と、天使や妖精と見紛うような華奢な少女。それぞれ表情の温度がかけ離れていることもあって、二人が向かい合う様は見るだけならば異様な絵面だ。
しかしながら、交わされる言葉は互いに慣れ切ったもので―――アイリスをよく知る者であれば気付くだろう。『友人』と軽口を交換する彼女が、僅かながら頬を緩めていることに。
「……それで、時間稼ぎはいつまで続けるの?」
「いつまででも―――と言いたいところだが、そろそろ観客も焦れる頃だわな」
「観客より先に、後ろの二人が音を上げるかも」
「援軍は見込み無さそうだしなぁ―――本当に、やってくれる」
振り返るゴルドウが目を向ける先は、迷路へ続く道の先ではなく背後―――戦時拠点であるルヴァレストの方だ。
常であれば、喧嘩っぱやい東のプレイヤー連中は引っ切り無しに死亡からのリスポーンを繰り返すものだが……暫く前から、その『常』がピタリと止まっている。
「ウチの連中相手に、不殺の足止めなんてご苦労なこったぜ」
「人数の差は、有効に使うべき」
四柱戦争に於いて、一般プレイヤーの死亡は=ゲームオーバーではない。序列持ちや大将役でもない限り、力尽きれば拠点である城で蘇生される。
つまり拠点での有事を察して援護に向かうのであれば、『敵に倒される』のが一番の近道であるということだ。
重要なのは、倒される必要があるという点。倫理観がどうのという理由からアレコレと制限の存在するアルカディアだが、中でも『自死』は特大のペナルティが課せられる一種のタブー。
その制限は戦争の最中でも当然適用されており……自ら命を散らして拠点へショートカットを目論もうものなら、一時間余りの蘇生待機時間に加えて実質戦闘不能レベルのステータス低下デバフを課される始末。
勿論そんなことになれば元も子もないわけで―――故に、不殺の足止めというのは拠点隔離の戦法に於ける前提条件。
数の有利と言ったが、この場に魔法士以外の南北プレイヤーが一人も現れなかったのはそのためだろう。おそらく迷路の中では、近接戦闘系&回復役の混成部隊がイスティアプレイヤーに対して徹底的な足止めを展開しているはず。
言うまでもないが、精強な東の強者たちを相手にソレをやってのけるというのは生半なことではないだろう。
いつまでも続くものではないはずだが―――いつまでも続くものではないのは、お互い様。役割対象を目前にして『切り札』を浪費することができずにいる『双翼』の二人には、いつか限界が訪れるだろう。
……しかし、まあ。
「―――なんとかなるだろ。そのうち、活きの良いのが飛んでくるさ」
「……そう」
ゴルドウの視線に釣られるように、一度迷路の入口へと振り返ったアイリスは―――小さく呟き返して、それっきり。
努めて、興味が無さそうに。
「あんだけ暴れりゃ流石に釣られるかと思ったんだが……凝り固まっちまったな、お前さんも」
「…………別に、少し賢くなっただけ」
心の奥底にある、僅かながらの感情を振り切るかのように。
目を閉じ、開いて―――【剣ノ女王】は剣を取る。
腰にも、背にも、鞘は無く。
ただ彼女が求めれば……『剣』は、その手の中に馳せ参じる。
空恐ろしいほどに美しい、両刃の直剣。
ただそれ以外の形容を必要としない、唯一にして究極の輝き。
【Xultiomart-type Calibur-】―――異質な名を持つその剣こそ、『世界』より『最強』へと贈られた無二の神器。
―――それは彼女にとって、無用の長物にして忌むべき呪いの具現。
目にするたびに見惚れさせられ……その主たるアイリスの胸の内を知るゴルドウが、同時に願うのはいつも同じこと。
―――なあ、神様、頼むからさ。
心から楽しみたいと願う奴は、好きに楽しませてやってくれよ。
「お喋りはお仕舞い―――そろそろスーツを着たらどう?」
己の娘よりも年若い少女を苛む仮想世界に、溜息を嚙み殺すゴルドウの内心を知ってか知らずか。感情の乏しい声音で、【剣ノ女王】は戦意を促す。
支える者があっても、結局は高みにただ一人だけ。
ギリギリで折れず、孤独に立ち続ける―――そんな彼女の心を、自分だって分かってやることはできない。
もう随分と前から知れたことだ。
なればこそ、
「そう急かすな……いつの時代だって、変身は勿体つけなきゃな?」
理解が及ばずとも、力が及ばずとも―――暇潰しくらいには笑って付きあってやるのが、『友』ってものだろう。
笑みを一つ、出会い頭に吹き飛ばされていた右腕を掲げる。
ゲームチックな誤魔化しが施された断面の先で、失なわれた右手を強く握り込めば―――顕在するは、黄金の光。
右腕を形作り、肩を覆い、胴を伝い、脚へ至り……笑みに歪んだ凶悪な顔を、戦士然とした兜が包み隠す。
衣装というには鋭角的で、鎧というにはスマート過ぎる―――まさしくそれは、先程アイリスが口にした『スーツ』という表現が的確だろう。
【英傑の黄金鎧】―――東陣営序列第三位【総大将】が誇る、現在のアルカディアにて唯一の第七階梯『魂依器』。
そして、掲げた右手の中に現れるのは王冠。
数ある序列持ちの冠の中でも、最も純粋かつ荘厳な黄金の大冠が―――まるで誂えられたように、兜の頂へカチリと嵌まり込んだ。
「《轟き鳴らす金色の獅咆》―――っと、待たせたな」
ただでさえ目に眩しい金色の鎧に、更に煌々と輝く黄金の光線が走り……オマケに、戴冠に合わせて煌びやかなマントまで出現する始末。
兜の下で迫真のドヤ顔をしている【総大将】を他所に、さしもの【剣ノ女王】も眩しさに目を細めて微かに苦笑いを零していた。
「相変わらず、一人だけ世界観がおかしい」
「そう言ってくれるな。ちびっ子たちには大好評なんだぜ?」
武器は無く、スーツを纏った己が肉体こそが得物。ヒーローよろしくスマートな構えを取りながら、派手にマントをはためかせてファンサービスは忘れずに。
「さて―――アイリス、負けるつもりで戦る気はねぇ」
「……そう。なら、私も」
澄んだガーネットの瞳に、熱が灯る。
勘違いしてはいけない。
孤独に苛まれようと、気力を失おうと、望みを薄れさせようと―――
「本気で頑張る、ね」
おそらくは、この世界の誰よりも。
夢に焦がれ、焦がれ、焦がれて、仮想世界へと飛び込んだ少女の胸の奥に―――灯り続ける小さな火は、いつまでも消えぬまま揺らめいているのだ。