戦火波及
―――四柱戦争では他陣営からの侵攻に端を発し、それぞれの拠点で防衛戦の幕が開かれるのは珍しい事ではない。
拠点制圧を狙った総力戦の他にも、単純に敵情視察のため。或いは執拗に襲撃を仕掛けて注意を引くことで、敵陣営の指揮系統に負荷を掛ける戦略目的であったりなど。
それら敵拠点へのアタックは、もはや恒例行事といっても過言ではない盛り上がりの一つ。故に各陣営は突発的な侵攻を前提に、己が拠点に防衛のための戦力を駐在させるのが基本となっている。
そして守りに秀でたプレイヤー達で構成されるこの守備隊にも、陣営毎に特色がある―――というよりは、防衛の『要』となる存在の有無がそのまま現れる形だ。
例えば、北陣営。守備に特化した序列称号保持者という特記戦力を持たないノルタリアは、一般プレイヤーを手厚く配置する事で数による時間稼ぎに重きを置いている。
仮に一騎当千の序列持ちが攻め入って来たとしても、戦時効果により大幅な強化を受けた大将役を筆頭に抗い、表に出ている味方序列持ちの救援を待つというスタイルだ。
受け身に寄った手法ではあるが、ならばとりあえず北を攻める……とはならない。南北が同盟を組んでいる以上、東はどちらへ攻め込もうが挟み撃ちの構図に陥ってしまうからだ。
そのため、時間稼ぎ特化というのは極めて合理的な守りの形―――【剣ノ女王】が大将役として居座る場合を除けば、攻め難さは南とそう変わらない。
そしてその南陣営はと言えば……こちらは北とは対照的に、守備に特化した一人の序列持ちによる個人防衛体制が基本となっている。
ソートアルム序列第三位―――【城主】メイ。
百人規模の防衛体制を敷くノルタリアに、単身で同等か上回るレベルの防衛力を備える存在こそが南の『要』。
非公式ランキングの防具カテゴリにて、堂々一位を独占し続ける『魂依器』を持つ少女である。
その常軌を逸した堅牢さたるや、過去【護刀】を始めとしたイスティアの序列持ち三人による猛攻を一時間にも渡って凌ぎ切り、どちらが先かという南東の占領合戦を勝利に導いた実績を持つほどだ。
さて、では残る東陣営の『要』とは何者か。
それは―――
「いぃぃぃいいやぁあああッもうッッッ!!! ゴ ッ サ ン の ア ホ ぉ ! ! !」
「うるさい、働いて」
「働 い て る も ん ッ ッ ッ ! ! !」
イスティアの戦時拠点である妙な外観の城、その目前。
小さな身体で目一杯の奮戦を続ける二人の少女―――『東の双翼』こと左翼と右翼こそが、何を隠そうイスティアの防衛特記戦力。
数にものを言わせた幾層もの防壁。
守備最強の個人による無敵の盾。
そんな南北に張り合うイスティアの『守り』の形とは―――迫り来る全てを薙ぎ払う、徹底的な攻めの防御。
「遅い、右、早く」
「やってるよッ! やってますぅッ!! 鬼リィナぁッ!!!」
小柄な体躯、それぞれが手に振るうは細杖―――否、宙に軌跡を描いているのは、赤と青の羽根からなる精緻な造りの筆記具だ。
その様はまるで、並び立つ小さな指揮者。
或いは、共に一枚の絵画を描く画家のよう。
赤と青、二本の筆が光の輝く軌跡を奔らせるたび―――
轟と唸りを上げる爆炎が、
岩をも穿つ水流が、
嵐の如き暴風が、
次から次へ、無法に、無秩序に……天災の体現が如く、生み落とされては敵を求めて空を駆ける。
『東の双翼』……またの呼び名を、『小さな二人の魔法使い』。
イスティアの防衛特記戦力にして、対【剣ノ女王】最終兵器。
―――そして、自他ともに認めるアルカディア最強の火力砲台。
もはや攻め難さがどうこうという次元ではなく、まさしく寄らば灰。たった二人のプレイヤーから無尽蔵に放たれる大魔法の雨霰を前にして、考え無しに突撃しようものなら瞬時に消し炭。よく考えて突撃したとて、秒で灰がいいところ。
この埒外の砲火力を頼りにイスティアは防衛に割く戦力を最低限に留め、攻めの姿勢を常とすることが出来ている―――の、だが。
「無理むりムリッ! 百人相手は流石に無茶だってばぁ!!?」
「百人もいない。八十人くらい」
「誤差じゃんッッッ!!!!!」
さしもの最強火力砲台と言えど限界はある。八十倍……二人で相対しても四十倍近い魔法士との撃ち合いとなれば話は別だ。
それでも拮抗はできているのがそもそも頭のおかしな話ではあるものの、撃てど足掻けど押し返すことは叶わない。
更にはまんまと敵の策略にハマった阿呆共のせいで、壁役皆無ともなればなおのこと。
本来ならば砲台に徹するミィナたちを守護する役割を担う、二十人余りの防衛班たちが何処へ行ったのかと言えば……
ジリジリと距離を詰めて来つつある魔法士大隊のその先。薄らと視認出来る薄紅のベールの、そのまた更に向こう側である。
そしてその薄紅のベール―――展開された《強制交戦》のフィールド内に囚われているのが誰かと言えば……
「もぉおおおお馬鹿ばかゴッサンめ!!せめて突撃する前に指示よこせーッ!!」
「指示、一応あった」
「『上手いことやれ』は指示じゃなぁああああああああいッ!!!」
半泣きのまま喚き散らすミィナが、現在進行形で怒りを向ける―――【総大将】その人であった。
戦略破壊兵器ちっこいの。