並び立つ
「―――ゴルドウ、状況は」
後輩に後を任せ、駆ける最中。【蒼刀・白霜】最初期の固有能力である氷結効果を用いて氷の道を作りながら―――拠点への道を急ぐ囲炉裏は、暫く前から沈黙を保っていた【総大将】へとコールを送る。
余程の有事でもなければ、三秒もあれば何らかの反応を示すものだが……三秒、五秒、十秒、二十秒。応答は、無い。
「…………成程」
つまりそれは―――向こう側は既に、余程の有事に入ってしまった可能性が高いということだ。
「時間を掛け過ぎた……―――なッ!!」
消耗がどうのと言っていられるラインは過ぎた。抜き放った蒼刃の出力を全力で開放すると同時、温存の択を切り捨てて機動力系のスキルに軒並み火を入れる。
しかしながら、特化型ほどは敏捷にステータスを振っていない身だ。どこかのアレな後輩のように、おかしな速度は出せない―――加えて、
「―――チッ、間が悪い…!」
向かう先に現れたのは、北陣営の青い『柱』とその周囲で派手な交戦を繰り広げるプレイヤーの大集団。
遠目から見た限りでも倍以上の数を相手に善戦はしているものの、劣勢に追い込まれているのは味方部隊の方……ならば必然、
「―――ッ! うおっちょ、【護刀】だ!」
「ヤベぇのが来た!!」
「足止めで良いんだよな!?」
「前衛割れ! 勝ちは捨てて引き延ばし重点!!」
「ヒーラー回せ! 集団戦は死ぬ気でライン維持しろッ!!」
余剰戦力に絡まれるのは、避けられないということで。
別に切り抜ける分には問題無いが……気が急いている今、瞬く間に行く手に形成された『対護刀』の陣形に囲炉裏は苦笑いを隠せない。
脅威ではない―――しかし、簡単な相手でもない。
対エネミーに止まらず対人戦にも重きを置く東陣営ほどではないにしろ、相手も四柱出場を果たした南北の精鋭揃いである。
個人の戦闘力だけではなく、その連携の巧妙さも―――そして何より、格上への対応力こそが何よりも厄介なもの。
勝てないまでも、足止めを果たす。その役割に振り切った場合、例え序列持ちでなくとも彼らは十分に難敵となるのだ。
「―――…………」
一瞬迷い、選択を切り捨てる。
例えこの場を一息で切り抜けたとて、息切れした状態で拠点へ舞い戻っても待ち受けるのは【重戦車】と【剣ノ女王】―――格上が、二人。
それでは意味が無い。到着して即座に討ち取られでもした日には、それはもう援軍ではなく間抜けな野次馬である。この戦争を観ていらっしゃる『先生』にも顔向けできないし、何よりそんな無様を晒せばアイツに合わせる顔が―――
「っ……はは!」
今の自分は、ソレが何よりなのか。無様を『先生』に晒すことよりも。
―――元競技者が、負けて悔しくないわけないじゃん。
先日、チビ助にツッコまれた言葉が脳裏を過ぎる。成程―――万能ではないにしろ、『女子の目』とやらは中々侮り難いものらしい。
元スポーツ選手ではあるものの、自分はそういった性質とは無縁と思っていたのだが……これまで、出会っていなかっただけか。
負けて悔しいと思えるような、ライバルと呼べる存在に。
ならば、なおのこと。これまで以上に―――
「無様は晒せない……なッ!!」
油断ならない精鋭揃い―――関係無い、足止めすらもされてやるものか。
音高く刃で空を裂き、踏み込んだ脚に意気と戦意を叩き付ける。
敵は目測で二十余り。【剣聖】が残した五十人斬りの伝説と比較すれば、武威を示すには少々足りないが……贅沢は言うまい。
敵が在る、戦意が在る、ならば数字を冠する我が身に望まれる戦果は唯一つ。
「―――押し通る」
蹂躙、あるのみだ。
《延歩》起動―――理を歪める『一歩』が十数メートルの距離を呑み、敵陣の真只中へとアバターを放り込む。
いきなり折角組んだ陣形の内へ潜り込まれた集団は、泡を食って―――なんてことは、勿論ない。これは、『対護刀』の陣であるからして。
いまや代名詞の一つともなっている《延歩》の性能は、当然ながら割れている。予測されていた『一歩』に対する反応は即座、瞬時に包囲陣形へと転換した前衛陣が一斉にその壁を狭めて、
「二つ」
「かッ―――」
「クッソ―――」
その程度で止められるならば、自らに強者としての尊大な振る舞いを許したりはしない。一息で二人を斬り捨て、返す刀で殺到した敵の得物を纏めて打ち払う。
全体の比率で言えば少ないながらもヒーラーが存在するように、アルカディアには治癒魔法自体はあるものの蘇生魔法は確認されていない。
ならば、どれだけ数が多かろうと―――
「三つ」
「っ―――」
ひとつずつ首を落としていけば、終わりは来る。
燐光となってほどけるアバターを踏み越えて、脚を向けるのは前衛プレイヤーの背後に控える後衛陣。一撃で落とせば関係は無いと言えど、ヒーラーの存在は数値的な戦力だけではなく士気にも直結する。
壊滅させれば、敵は浮足立つもの。なればこそ―――『そちら』を狙えば、『あちら』の動きもコントロールする事が出来る。
包囲を抜けられ、狙いを定められたという時点でそれは致命。たとえ罠だろうが、前衛は後衛を守るために真直ぐ追ってくる他に無い。
一歩、二歩―――進んだ後に転進すれば、絶対的な優位は駆け引きのタイミングを支配する攻め手にある。
「四、五、六……七つッ!」
追手を立て続けに斬り伏せれば、これにて前衛は約半数。
この分なら、数分と掛からずにこの場を切り抜けられ
「だぁあ!! やっぱ強―――ぇ゜っ」
「ッ……なに?」
―――スコン、と。頬を引き攣らせて叫びを上げたプレイヤーの腹に、突如飛来した『槍』が突き立つ。
…………否、飛来したのは槍だけではなく。
「―――よう先輩、手伝おうか?」
瞬きの間に現れたのは、白蒼の姿。
フードを被った青年は僅かに見える口元に笑みを浮かべながら、真紅の長槍を掴み取りつつ軽口を叩いて見せる。
「……余計なお世話だ。それと―――」
「ぁ、ちょッやめ―――!?」
コツッと、串刺しにされていたプレイヤーの命乞いを無視して首を落としながら、囲炉裏は『後輩』へと半眼を向けた。
「お喋りするなら、ちゃんとトドメを刺してからにしろ」
「なんてことしやがる、バフ要員に取っといたのに」
然して、あんまりな会話を繰り広げる二人を囲む南北のプレイヤー達は、文字通り瞬く間に現れた援軍を前にしてジリジリと後退しながら頬を引き攣らせていた。
「来ちゃったよ……」
「曲芸師サン……」
「え、無理なんだけど」
「あの流石に武闘派の序列持ち二人はちょっとですね」
「せ、戦略的撤退を進言……!」
戦意を失った―――というよりも、退こうが向かおうが大して変わらない余命を感じ取ってしまったのだから仕方がない。
世界中で観戦する数多の者達にも、彼らの様子を「情けない」と笑うものはそういないことだろう―――ならば、代わりに向けられるものは何か。
おそらくそれは、それぞれの国で「ご愁傷様」を意味する一言のみ。
「雛世はどうしたんだ?」
「ちょい後ろ、すぐ追い付くよ」
「女性はしっかりエスコートするものだぞ」
「最近はいい顔しすぎるのも考え物かと思い始めてだな……」
「それはいい心掛けだ―――仮に先生に手を出すつもりなら、決闘の申し込みはいつでも受けるからな」
「あれお前そういうのじゃないって」
「そういうのじゃなくても、俺は『剣聖様ファンクラブ』名誉会員だ。No.0のカードだって持ってる」
「だからなん……え、なにそれちょっと羨ましいんだが???」
「いいだろ、やらないぞ―――無駄話が過ぎたな、半分やれ」
「あいよ―――五秒だな」
「ならこっちは三秒だ」
戯れの言葉を交わしながら、七位と九位が拳をぶつけ合う。
さすれば次の瞬間、吹き上がる真赤な燐光は立て続けに―――終わりまで止まることなく、戦場を彩り染め上げた。
序列持ち共闘に湧く観客たち「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuu‼」
主人公と推しメンの共闘に湧く作者「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu‼」