紅煌の弾丸
―――まず、一歩。
行く手を塞いだ大戦斧を蹴り付けるようにして反転を試みたマルツーの土手っ腹へ、拳鍔代わりの盾甲を嵌めた左手を叩き込む。
苦悶の息を散らして身体を折った奴は即座の反撃に短剣の刃を返すが、振り始める頃には俺の姿は目前から消えていただろう。
擦れ違いざまの一撃。過剰速度から変換された衝撃が存分に突き抜け、僅かに宙に浮いた青年の後方―――《強制交戦》によって生成されたフィールド壁面に着壁した俺は、コンマの切り返しによって既にその背中を捉えている。
―――二歩。
見てからの対応が追い付かずとも、全プレイヤー保持スキル中で断トツの性能を誇る思考加速能力だ。予測に基づいた反撃をしてくるのも不思議な事ではない。
宙に浮いた身体を捻り、自らの脇を通すように短剣を投擲して牽制を放ってくるが……残念ながら、こっちにも反則級の眼はあるんでな。
事前表示されていた紅線をなぞった刃を躱し―――ガクンと膝を折って奴の『下』へと潜り込んだ俺が、繰り出すは蹴撃。
時速五百キロオーバーの慣性を存分に叩き込んだ、STR:300から繰り出されるサマーソルトキックがガラ空きの胴体に吸い込まれ……
「―――ッぐ、ふ……!?」
激甚の衝撃効果によって盛大に呼気を吐き散らしたマルツーの身体が、勢いよく真上へと跳ね上がった。
「《瞬間転速》」
―――三歩。
余すこと無く標的へくれてやったエネルギーを即座に補充。並行して呼び出した【魔煌角槍・紅蓮奮】の石突を先端に真上へ追撃を放った後、自ら投じた槍を追い越してマルツーの上へと躍り出る。
―――四歩、五歩、六歩、七歩。
下、横、上、下と、俺を捕らえる『檻』であるはずのフィールドの壁を蹴り付けながら、かち上げた奴の身体を小兎刀の紅刃で滅多切り。
その最中、奴へ追撃のジャブをくれてやった後にポロっと落下してきた紅蓮奮を掴み取り……
「《この身に込めよ》」
はためく紅布を散らして、更なる身体強化。
幾重にも真紅のライトエフェクトを纏ったアバターを駆り―――八歩。
いいようにやられているようで、むしろこれだけ一方的に連撃を浴びせられてなお生き残っているというのが割とイカれた事実。
自由の利かない空中で器用に身体を繰り、致命打を逸らし続けたその技量は天晴という他に無いだろう。
だが、
「《ブリンクスイッチ》―――ッ!」
下から上へ、尋常の理に蹴りを入れて豪速で投じられた【巨人の手斧】を、リアクションを取る間もなく必死の形相でマルツーが大盾によって迎え撃つ―――その脇を駆け抜けた俺は、
フィールド壁面の天頂スレスレへと足を着け、切り返す。
同時―――抜き放つは、右手で鞘に抑え込み続けていた紅の短刀。
さぁ、覚悟はいいか【変幻自在】。
残る歩みは、きっとお前の眼にも映らないぞ。
さぁ、準備はいいか【兎短刀】。
初の全力全開―――残り全部、ありったけ持っていきやがれッ!!
鞘から放たれた異形の短刀は、既にその奇怪な刀身の姿を見とめること叶わず。
封を解かれた瞬間に轟々と吹き荒れた魔力光が収束し―――形作られるは、燦然と輝く紅煌の大刀。
―――九歩。
「兎束ノ剣―――」
「―――くッ……!!」
刃渡りも、撒き散らすその圧力も、元の短刀とは比べ物にならない大光刃を目にして、即座に回避の択を捨て去ったマルツーが幾重もの大盾を創り出し―――
それを内から眺める俺は、ひたとその背に手を置く。
「―――――――――、な」
「悪いな」
十歩目は、もう踏み切った。
超加々速によって盛大にHPを散らしながらも、二度の連続切り返しで背後を取った俺に【変幻自在】が言葉を失い……
引き延ばされた時間の中で、捉えたその背からフッと力が抜けるのを感じ取る。
―――参った、どうぞ一思いにやってくれ。
などと言外に語られたように思うのは、気のせいか否か。
願わくば、その背中の向こうで見えぬ彼の表情が満足げなものであるならば―――それはもう、光栄の至りといったところだが。
然らば、一思いに―――迸るは、熱無き焔炎の大閃。
「―――《焔零神楽》」
上から下へ、真直ぐに振り下ろした紅煌の刃は―――果たして、好敵手のアバターを音も無く両断して……
真赤な燐光となって散ったその残滓を、まるで喰い尽くすかのように。
紅光を解いたその刀身へと、余すことなく呑み込んだ。
―――そうして「仕事は終えた」と、どこか満足げな雰囲気を纏っているように感じる兎短刀を鞘へ放り込んだ俺は、
「――――――…………ぁあ゛ー……!!」
転げるようにして水路に落ち、極度の過集中によって痺れたような思考のままに……死に体の如き声を上げ、解除されていく《強制交戦》の障壁を見送る。
―――あーもう本当に……超疲れたけど、超楽しかったし、超勉強になった。是非ともまたやろうぜマルⅡ氏。
「心の底からグッドゲーム―――」
「―――ッ隙あ」
バシャッ!!
ザッ!!
ゴウッ!!
ジュッ!!
えっ?
「へぁっ!?」
やり切った顔で月を見上げた俺の傍で、聞き慣れない女子の声から始まる情報量の洪水が吹き荒れたのは一瞬のこと。
背後に一瞬だけ感じた『圧』と、それを瞬時に蒸発させたであろう極大の熱量に煽られて。前にたたらを踏んだ俺が間抜け面で振り向けば
「アッつぅッッッ!!!??」
視界に飛び込んできたのは―――というか、俺の顔面含む全身へと襲い掛かって来たのは、爆発的な加熱蒸気の渦。
もちろん痛みなんかは発生していないが、熱いと感じるギリギリの熱量と痺れが合わさり反射的に火傷しそうなほどの高温を錯覚してしまう。
悲鳴を上げて両腕で顔を庇うも、幸いダメージには…………なってますねぇ。一歩間違えば死んでましたねぇ……!!!
『―――おい、坊主』
さて、そんな唐突な死を垣間見て戦慄する俺の脳裏に響くのは、呆れ返ったような【総大将】殿の声。
その声音に含まれる窘めるような雰囲気を感じ取り……俺は戦闘中もかくやという速度で思考を回し、大体の状況を把握するに至った。
いや把握するというか、忘れんなボケというね。
一歩間違えば死んでたとかではなく、今しがた俺を殺しかけた『熱線』がむしろ俺を救ったという……
『心の底からグッドゲーム……じゃねえ。大体の状況は察したが、目の前の相手を片付けたからって気い抜くなっての』
「は、ハハ……マジすんません」
つまるところ、俺とマルツー氏が決着する瞬間を狙って……なんだっけ、リンネさん? とやらが仕掛けてきた背後からの急襲を、
「―――油断厳禁よ? ハル君」
この雛世様がカット―――というか、吹き飛ばしてくれたおかげで命拾いしたという……あぁ、反省点が、あぁ…………
幸い「それでも戦果は文句無し」と窘める程度で見逃されたものの、お優しい年上二人の弄りに挟まれて恥を噛み締めている俺を他所に。
煌々と立ち昇った『序列持ち撃破』を示す光の柱は、三本。
一つの戦場が幕を閉じたところで―――舞台は未だ、無数の熱狂の最中にある。
ジュッ!! ってされたリンネちゃんの活躍は、待て次章。
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とても長いぞ、覚悟しろ。
・【兎短刀・刃螺紅楽群】 制作:Kagura カテゴリ:短刀
分身となる短剣【刃螺紅楽群・小兎刀】の生成能力の他、本体の刀身を破壊する事をトリガーに生成した小兎刀の一斉起爆が可能。
更に素材となった【紅玉兎の魔煌角】に共通する特性として「一定以上の速度下で耐久値がロックされる」という能力を持つ。これは【魔煌角槍・紅蓮奮】なども同様に備えるパッシブ効果。小兎刀も同じく。
なお、本装備の耐久値は『1/1』。「こんな特性を備えてるなら極限まで耐久を削って面白効果にリソースを突っ込んじゃえフフフ」とカグラさんがはしゃいだ結果この始末。ニアちゃんパンチでも余裕でポッキポキ。
・《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》……本体が備える主権能にして、製作者の意図に依らず勝手に備わったユニーク効果。
能力の詳細は作中の説明通り上限の存在しない『最高速度の更新』であり、連続で最高速をマークしなければ……というより、武装にチキった速度調整を気取られた瞬間に効果がキャンセルされる。
純粋な『身体強化能力』ではなく『限界突破能力』であり、ステータスの限界を超えた挙動を実現するという性質のため過負荷によるダメージが発生。このダメージはスリップダメージ扱いとなり、自傷ダメージとしては処理されない。
おおよそ素のステータス×1.5辺りの速度域から過負荷判定。
・兎束ノ剣《焔零神楽》……《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》発動と同時に蓄力が開始される特殊攻性スキル。勝手に生えた権能にくっ付いてきたスキルであるため、専属魔工師殿が自分で自分の名前を充てた訳では無い。
上限更新によって積み上げられた過加速分の速力が=で威力に変換され、またその蓄積量に応じて刀身が巨大化していく。
必殺であると同時に排熱ならぬ『排速』の役割を兼ねており、抜刀から一定時間が経過するか攻撃判定を起こすことで《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》の権能諸共に効果を終了させる。
なお、手を離してしまうと機嫌を損ねて強化効果がポイされるため、実質的に決めの一撃を放つまでの間は片手が封じられる。
折れた本体が勝手に治るのは何故という疑問については、そのうち作中でも触れますが『鞘』に秘密がアリ。ちなみに鞘は木製……とだけ言えば、初めから拙作を読み込んでくれているアルカディアン諸氏なら分かってしまうでしょうか。
いやソレの情報置いたの150話以上も前だしなぁ……
これでもまだ解説することは尽きていませんが、この先また作中で触れるシーンがありますのであい待たれよ。