赤の詩
「―――り、リースッ……!!」
「ッ゛う、わ!?」
長槍と入れ違いに、胸倉へ差し込んだ掌底より暴風を解き放つ。
思わずといった具合に驚きの声を上げながら、激しくノックバックした奴に連れられて――俺の脇腹、その最端を抉った穂先が外れる。
途端にドッと流血代わりの真赤なダメージエフェクトが溢れ出す……が、状況としては実のところ間一髪の僥倖であった。
あの一瞬で何かを感じ取れていなかったら、
或いは【序説:永朽を謡う楔片】の防御がズレていれば、
また或いは、咄嗟に槍先を叩いた手に《ウェアールウィンド》の効力が持続していなければ……どれか一つでも欠けていたら、腹のド真ん中を穿たれていたことだろう。
逸らすことに成功した槍撃は脇腹を貫通したものの、これでもゲーム的にはカス当たり判定―――なのだが、素のVITステータスがゼロとかいう一般基準と比すればふざけ倒している俺のビルドの場合……
ちょっと腹の横を突かれた程度で、ダメージは全体HPの約四割。これまでの自傷と合わせて、あっという間に体力は半分を切り注意域へと落ち込んでしまっ―――
「ッたぁっと……!!」
反省会だろうがなんだろうが思考の隙は与えないとばかり、許されたインターバルはコンマ五秒にも満たない一瞬のこと。
長槍から投槍へと形状を変えて投じられた刃を左手に残った暴風で相殺すれば、離された距離を踏み潰したマルツーは下手を打った俺を畳もうと一層激しいラッシュを仕掛けてきた。
あちらさんは十倍の体感時間ゆえ、必然お喋りも無くなるらしい。それも相まって、淡々とした攻めの圧がですねぇ……!!
さておき―――『択』だ。
大口叩いて喧嘩を売ったのは、当然ながらアレコレ生じるであろうリスクも踏まえた上のこと。つまりは現状のように、駆け引きで後れを取って追い込まれるパターンも想定はしていた。
故に、ひっくり返すプランはある。
ひとつは、ただ一つのリスクを呑み込んで盛大に捲るか。
ひとつは、多数のリスクと殴り合ってギリギリで捲るか。
二つのプランニングの違いは、『切り札』をここで切るかどうか―――
「―――ッづぅ……!!」
頬を掠めた短剣が、肩口を浅く裂いた長剣が、迎え撃つ小兎刀を弾き飛ばした棍棒が、ただでさえ不利を強いられているこちらの思考を削り取る。
真直ぐに俺を見据える蒼光と視線が交錯して―――よし、決めた。
【紅玉兎の髪飾り】には頼らない。
その代わりと言ってはなんだが―――似通ったスタイルでこちらの上を行く駆け引きを披露してくれた先達に、今度は『俺』というプレイヤーの全身全霊を御覧に入れるとしようではないか。
「リリースッ!!」
残していた両足の暴風を炸裂させて派手に水を撒き上げると同時、こちらにピタリと張り付いて連撃を仕掛けていたマルツーと強引に距離を離す。
押されているのは間違いなく俺だが、時間が無いのは向こうの方だ。
《時欺の慧眼》の刻限は一秒一秒確かに迫っており、その効果が切れた瞬間に奴は特大の代償に見舞われて実質戦闘不能となる―――つまり、こちらが退く限り相手には攻める以外の選択肢が無い。
なればこそ、距離を離したのは苦し紛れの時間稼ぎではなく、
「っは……!」
とある期待を持って、計算ずくの時間稼ぎ―――果たして、距離を詰め直す手間を嫌ったマルツーの両手に再び蛇腹剣が現れるのを見とめた俺は、望み叶った状況に口の中で小さく笑った。
間髪入れず振るわれる刃の嵐は、相も変わらず複雑怪奇な軌道を描く回避困難な包囲攻撃―――だが、その挙動は余りにも複雑が故に。
複雑にして不規則が過ぎる故に、使い手の挙動には綿密な規則性を生む。
右手首を軽く外側へ捻りながら左手を打ち下ろす―――その場合は右剣が足元を薙ぎ払い、次いで一拍遅れで左剣が降ってくる。
両腕を大きく開いた後、勢いよく左腕が上、右腕が下で交差させる―――その場合は左右から同時の挟み撃ち、と見せかけて左剣が途中で減速しリズムを狂わせてくる。
左腕を後方へ引き打ち、右腕は真直ぐ真上に振り上げられる―――その場合は引き戻す左剣の鋭い逆袈裟の後、足元からのたうつような挙動で右剣が跳ね上がってくる。
一通りの規則性と癖は、さっき見た。
そしてこの世界に於いて―――俺は、見たからには忘れない。
蛇腹剣なんてファンタジー武器には初めてお目に掛かったものだから、さっきはそりゃ驚いたってもんだが……その特異性と強みは、やはりその見切りの困難さに集約されている。
裏を返せば、その複雑な挙動さえ見切れる目があるのならば―――こんなもの、ただの殺人縄跳びに過ぎねえんだよなぁッ!!
「おい、ちょ、待―――ウソでしょッ!?」
「ハッハァ!! これぞ【曲芸師】ってなぁッ!!」
その驚きの様相も俺の体感では一秒だが、彼の視点では十秒かけて驚愕を示しているものと考えれば若干笑えてくる……いや笑ってる場合じゃねえんだわ。
一応見切れるようになったとはいえ余裕綽々と言うまでには届かない。ガッツリ消耗してしまった体力は、次に何かしらの攻撃が掠りでもすれば消し飛ぶ可能性も十分に有り得るのだから。
―――ということで、準備はいいか兎短刀よ。
思えば初舞台の頃から、お披露目と宣った上で《爆裂兎》の起動鍵として折って折って折り続け……目立った活躍をするのは、決まって子機こと《小兎刀》の方。
お師匠様に初めての一撃を見舞ったという特大の戦果はあるものの、あれとてコイツの『権能』を活かした成果という訳ではない。
そろそろ、鬱憤が爆発しそうな頃合いなんじゃないか?
然らば……見せ付けてやろうじゃねえか―――【兎短刀・刃螺紅楽群】。
「―――『赤は此処に』」
腰に提げた紅短刀の柄を握り、荒々しく空を噛み千切る刃の網を掻い潜りながら―――小さく口ずさむは、献儀の詩。
「『地を見よ、瞳は在る』」
「ッ……―――!!」
相対する【変幻自在】が、ソレに気付くのは即座。一層激しさを増す剣閃は、紙一重で俺を捉える事は無い。
「『空を見よ、瞳は在る』」
通じないと断じれば、判断は瞬時。牽制に放られた幾多の投槍を躱して見据える先、得物を短剣二刀に切り替えた奴が水路を蹴る。
「『敗北、失墜、喪心、枯朽、されど胎動するは心服の焔』ッ!」
《先理眼》起動―――俺の『詠唱』を阻止せんと襲い来る、変幻自在の攻め手をスキルの力で強引に避け切り、
「『祀り崇めよ、恐れ跪け、赤円の眼差しは途絶えない』ッ!!」
紡ぐ祝詞を締め括れば……拍動する紅光を、鞘の隙間から溢れさせる兎短刀がこの身に宿すは―――ただ一つ、奇異なる権能。
その名は、
「起きろ―――《兎く駆りゆく紅煌の弾丸》」
Q.詠唱についてコメント回で触れられてなくなかった?
A.意図しての小声はシステムちゃんがマイクで拾わない判断をする場合がある。