変幻自在
互いに飛び出し、盛大に水を弾き飛ばしながら刃を交えた瞬間―――【白欠の直剣】を握る右腕に伝わって来たのは、特大の違和感だった。
重過ぎる。受け止めたのは短剣のはずなのに、何だこの金槌でぶん殴られたかのような衝撃は……と、瞬間的にバグった脳が遅れて認識する。
しかと俺の『魂依器』を打ち付けたのは短剣などではなく、まさしくその「ような」を体現する片手鎚であった。
交錯する瞬間の武装切り替え―――心が浮き立つ俺を他所に、一拍遅れで振るわれるのは右の短剣。
ほぼ反射で首を傾ければ、
「―――ッぶねぇ!?」
『予感』に従って咄嗟に膝を折った俺の頭上を、長剣へとリーチを変じた刃が勢いよく通過していき……そして当然、それで終わりではない。
そうだよな、俺ならそうする。
体勢を崩した俺を見据える【変幻自在】が掲げるは左手。振り下ろされる片手鎚が、スイングの過程で当たり前のようにその姿を変じた。
―――《浮葉》起動。勢いよく膝を折るまま、仰向けに倒れゆく身体のベクトルをだまくらかして前方へと迫真の膝スライディング。
水へと潜り込み、渾身の大振りに浮いた奴の下を滑り抜ければ―――駆け抜けた衝撃が水越しに伝わり、振るわれた得物は水路の床を露わにすることでその威力を示して見せた。
床を割り砕いたのは大剣と称すに止まらない、刃渡り二メートルを越えようかという巨剣で……それが存在を続けたのも、また一瞬のこと。
インパクトの反動で浮いた身体をそのまま、前宙で転じたマルツーが上下逆さまの状態から両手に携えた投剣を振りかぶる。
思考加速は無くとも極限の集中状態で僅かに引き延ばされた時間の中、蒼く燃える奴の瞳と視線が噛み合って、
「―――こっちの番だ」
ずっと俺のターンなんて許さねえかんな?
制動、からの《瞬間転速》、からの《ウェアールウィンド》―――暴風を纏った両腕で放たれた投剣を叩き落とし、宙に遊んだ奴へと肉薄。
振りかぶった【愚者の牙剝刀】の黒刃に、マルツーが反応を見せた瞬間……そらお返しだ、《ブリンクスイッチ》。
喚び出すは【巨人の手斧】―――情け容赦無しに振り抜いた過剰重量の刃が、まるで鋼の塊をぶん殴ったかのような轟音を響かせて、
「……いや、流石」
ド派手に水を巻き上げて吹き飛んだアバターは、しかしその頭上に浮かぶHPバーを欠かすこと無く。水煙の晴れた先に在ったのは、まさしく巨大な鋼の塊―――彼の身の丈をスッポリ覆い隠すようなタワーシールド。
直剣、短剣、片手鎚、長剣、巨大剣に果ては大盾。
全てが同一の意匠で形作られたそれら数多の武装形態こそが、マルツーというプレイヤーの武器にして【変幻自在】という名の体現。
武装形態……そう、あれらは独立した別々の武器というわけではない。
《無貌の英典》―――登録した多様な形態への自在な切り替えを可能とする、不定形の『魂依器』こそがその正体だ。
……無数の特大ブーメランが返ってくることは承知で言わせてもらうけど、それはもう本当にズルだろ。形どころか数や質量まで思いのままとか、色んな法則に真向から喧嘩売ってんじゃねえ。
と、視線の先。グニャリと形を変えた大盾の影から姿を現したマルツーが、再度の短剣二刀を両手に作り出して……果たして、何事か言いたげな俺の様子を読み取ったのだろう。
彼は柄を握るまま、片手で人差し指を立てると沈黙のジェスチャーをして見せた―――あぁ、分かってるとも。
「お喋りしてる暇は無い、だよなァ!!」
勿論承知しているさ【変幻自在】殿。そして勿論、喧嘩を売ったからにはその状態から逃げる気も更々無い。
腰の【兎短刀・刃螺紅楽群】を抜き放ち、飛び出したアバターの出力を重ねる。剣聖様のお墨付き、序列持ちと言えど易々とは反応出来ない筈の『纏移』の挙動に……蒼光を宿す青年の瞳は、当然とばかり喰らい付いてきた。
《時欺の慧眼》―――奴の特殊称号『変幻自在』が持つ強化効果にして、《全武器適性》も顔負けな『魂依器』の形態変化を実現しているタネ。
その権能の正体とは、実に百秒にも及ぶ長時間常時思考加速効果。
加えて通常の思考加速スキルが基本的に二倍から三倍の倍率であるのに比べて、《時欺の慧眼》が誇る加速倍率は何と十倍にも届くという。
マルツーは開戦前に「百秒間の殴り合い」などと口にしたが、百秒を体感するのは俺だけ―――百秒を駆る俺に対して、彼は千秒。
そこに生じる思考量の差が、壁を跳ね回るピンボール戦法までをも容易に捌かれる現状を生んでいるという訳だ。
「チィッ……!!」
―――マズいな、攻め切れない。
兎短刀の紅刃は悉くを流され、それだけに留まらず少なくない反撃が飛んでくる始末。絶対的な敏捷の優位で脚を止めさせることは難しくないが、腰を据えて構えさせてしまうせいでカウンターの余地を与えてしまっている。
かといって、連撃の手を緩めれば……ハイ一転攻勢だよな知ってた!!
俺が脚を緩めたことを察知した瞬間、魂依器の形態を切り替えたマルツーが躊躇なく攻めへと転じた。一秒で十秒分の思考ができるのだ、アクション毎の繋ぎのラグが少なすぎる―――ってなんだその素敵武装は!?
「蛇腹剣ッ!!?」
振るわれた両手からカッ飛んできた伸びる斬撃に目を剥いて回避に走るが、初見かつ不規則な挙動が全くもって見切れない。
《先理―――
「ッ、まだまだァ!!」
反射的に日和かけたメンタルをねじ伏せ、前へ。
喚び出し投じた小兎刀を足場に宙を駆け抜け、頬を掠めるようなスレスレで刃を躱しつつ剣嵐の及ばない奴の頭上へと躍り出る。
《フリップストローク》起動―――そして小兎刀、小兎刀バレットォッ!!!
迷路の壁面と《ブリンクスイッチ》による切り替え跳躍を併用し、トンビの如く頭上で輪を描きながら紅刃の雨霰を連続射出。
おそらくは、こんな攻撃に晒された経験など無いはずだ。
俺比十倍は冷静であろうマルツーも、これには堪らず驚いた顔を―――してくれると嬉しかったんだけどなぁ!!
「んのッ、亀この野郎……!!」
至極冷静沈着にドーム型の防壁を築いて引き籠った巧者に対して、ならばと俺は突貫敢行。得意の曲芸を透かされたのは残念だが、完全に動きを止めたのならばそれは好機。
如何に思考速度が十倍と言えど、アバターの行動速度までは変わらない。
認識が追い付くというのなら、
「《瞬間転速》ッ!!」
対応を許さぬ更なる速度で、ぶっちぎればいい話だろうよ!!
《エクスチェンジ・ボルテート》起動。カウントMAXには程遠いが、そもそもの得物が対人戦では威力過剰。
加えて言えば、自慢の語手武装は過去にどこぞの高位魂依器を圧し折った実績持ち―――容赦なく行くぜ【変幻自在】ッ!!
喚び出すは【序説:永朽を謡う楔片】の偉躯。いざ唱えるは、必殺の鍵言。
「顕 現 解―――」
―――正直に言おう。その瞬間、真実俺は調子に乗っていた。
別に悪い意味ではないが、ノリにノっていると表すにしても前のめりが過ぎたのだろう。初参加の大舞台に、テンションのツマミが狂っていたというのもある。
だからまあ、多少なり冷静さを残せていたなら、おそらく気付けた。
気付くというか、疑いは持てたはずだ。
内部を窺い知れぬ防壁、そして足元を隠す水。
さて―――敵は本当に、そこにいるか?
瞬間、
「ッ―――」
チリと脳裏を駆け巡った『予感』に従って、解放を失した大剣と宙で咄嗟に身体を入れ替える。
直後、掲げた【序説:永朽を謡う楔片】の剣身と、水面を突き破って背後から現れた奴の振るう長槍が交錯し―――
防御を抜けて走った穂先の刃が、守りに乏しい俺のアバターをしかと貫いた。
ついXの方では告知しましたが、リアル多忙につき暫く不定『時』更新となります。
毎日投稿は継続しますのであしからず……
来月半ば辺りから色々と余裕ができる予定でございます。