次なる戦端
「あー……―――まあ、そうなるのか」
『予測より、ちと動き出しが早かったがな』
推察を交えた状況説明を受けて―――どう足掻いてもソレを他人事に出来ない俺は、顔が引き攣るのを自覚しつつフードの上から頭を掻く。
南北が『動き』を見せた、その直接的な原因が自身の自重皆無な得点ラッシュであることは明白であるからして……語りようから察するに、どうもゴッサンは最初からそのつもりで構えていたっぽい。
とにもかくにも、間もなく攻めて来るということだ。
おそらくは『お姫様』―――最強のプレイヤーを主戦力に据えているであろう大部隊が、我ら東陣営の拠点へと。
「そしたら……俺はどうすればいい?」
『序列持ちに関しては、向こうも半数以上をこっちの足止めに割いてるからな。守備だけなら俺達だけでも暫くは持つ―――だが、守り切るのは無理だ』
「リィナ達がいれば、お姫様はどうにかなるんじゃなかったのか?」
『姫さんだけならな。だが雛世たちからの報告をまとめると、どうも南の二位が浮いてる。【重戦車】も一緒に出張ってくるとなれば、切り札の数が足りねえ』
あー……あの二人の『必殺技』、なんか反動で行動不能になるんだっけか? お姫様にはソレで対処できても、その後の対処が追い付かなくなるってことだろうか。
それでも「暫くは持つ」なんて言ったところから、俺には何事か迷路での役目があるのだろう。で、状況から察するに―――
「成程……それで、誰の援護に行けばいい?」
流れを読み取って向かうべき先を問えば、大将殿は「話が早くて助かるぜ」とばかり機嫌良く鼻を鳴らした。
◇◆◇◆◇
「―――分かりました。では部隊を整えて準備を、すぐに出ます」
次々と届けられる念話の報告を合わせれば、状況の推移は目論み通り。
東の前線戦力として出張っている序列持ちの三人には、最も時間の稼げる組み合わせをぶつける事に成功した。
気掛かりなのは浮駒である【不死】の少年だが、アレに関しては確実な対応策を用意するなど初めから無理な話。当初推測した役割を果たそうとするなら、おそらく【護刀】へ派遣したフジの元へ現れるだろうが……
その時はその時、時間稼ぎという題目は十分に果たせる。
さすれば、真に不確定要素となる存在は―――やはり、ただひとりのみ。
「来るかな?」
「来るでしょう」
城の外へと足を踏み出しながら、言葉を交わすユニとヘレナの二人。
自然、左右へ別れるように道を開けたそれぞれが振り返り―――視線を向けられた『彼女』は、煌めく青銀の髪を風に揺らして佇む。
「……あなたに辿り着くかどうかは、分かりませんが」
続けてかけられるのは気遣いのようにも、保険のようにも聞こえるそんな言葉。
いつであろうと従者然として侍るヘレナの瞳を見返して、アイリスは僅かに―――ほんの僅かだけ、微笑んで見せた。
「その時はその時。私は待つだけ」
『期待』のままに赴くのは止めにしたと、彼女がそのスタンスを崩す事は無い。
然して、言葉を返して歩み出した【剣ノ女王】の先に在るのは、出陣の号令を待つ大部隊の列―――そして、
「行こう」
攻め入り、剣を振るうべき、敵城のみだ。
◇◆◇◆◇
東陣営序列第六位―――【熱視線】の名を冠する雛世は、イスティアの序列持ちとしては珍しく対人不得手であるとされるプレイヤーだ。
何故かと言えば、彼女はアバター操作に関して他の武闘派序列持ちに並ぶような突出したモノを持っていない……というのが、理由の一端。
中遠距離に一極化したビルドも相まって、基本的に彼女は「近接プレイヤーに近付かれると何も出来ない」という認識を広く持たれている。
そうして『明確な苦手』を周知されるということは、対人戦に於いては確かに特大の弱みであると言えるだろう。
―――ただし、雛世というプレイヤーを正しく理解する者にとっては……彼女に付された対人不得手という評価は、笑ってしまうほど不適当なものに他ならない。
彼女を表すのに適切な説明は、正しくはこうだ。
対近接プレイヤー戦に限り……加えれば、近距離からよーいドンで開始する戦いに限った話なら、彼女は自身でもその不得手を認めている。
しかし、それ以外。
例えば、距離を空けての開戦となるのであれば―――彼女は確かに、『個』の強さに秀でたイスティアの序列第六位であると。
断続的な爆音が鳴り響く、迷路エリアの一区画。
ロングブーツを濡らして水路に佇む雛世を取り巻く戦場の様子は、知らぬ者が見れば「異様」以外の言葉は出てこないだろう。
彼女の前面、自らをトーチカにするかの如く並び防御を固めるのは東陣営のプレイヤーたち。そして彼らを挟んだその先では二人組ー―――北陣営の序列持ちである男女が、そこかしこで炸裂する爆炎を相手に決死の舞踏へと臨んでいる。
戦況はと言えば……彼らの背後に控える回復役たちが次から次へ必死に治癒魔法を唱えている様が、どちらが優位であるかを如実に示していた。
何よりもおかしいのは、優位に立って怒涛の猛攻を仕掛けているはずの【熱視線】が、未だその腰の双銃を抜いてすらいないという点だろう。
足止めという目的が推測されている以上、無論のこと彼女も手を抜いていられる立場ではない。その朱色に輝く大型拳銃は、単にホルスターから抜かずとも機能してみせるというだけで―――
『―――雛世、調子はどうだ?』
と、頭に響く大将からのコール。ただジッと相対する二人組へと視線を飛ばし続ける雛世は、集中を切らさないままに口を開く。
「ごめんなさい、膠着状態よ。優位は確保しているけど、どうもそれ前提でぶつかって来たみたい」
選定条件は……おそらく雛世からの一方的な攻撃に対して、守りに振り切れば耐久が成立するタッグ。まあ、納得の人選と言えるだろう。
ノルタリア序列第八位【音鎧】―――リンネ。
同じく序列第九位【変幻自在】―――マルⅡ
雛世の『魂依器』である双拳銃の性質と相性の良い八位の少女に、彼女の相棒である青年。本来なら彼らだけでも十分に骨が折れる相手だというのに、加えて大盤振る舞いのヒーラー部隊まで添えられてしまってはこうもなるというもの。
盾役を買ってもらっているプレイヤーたちに相手ヒーラーの排除を頼む―――という目論見は、少し前に失敗で終わっている。
阻止したのは、当然ながら目前のパートナーペア。つまりは彼らも、やろうと思えばそれくらいは追加で動ける程度の余裕を残している……
「ねえちょっとマルッ!!? だいっっっぶキツいんだけどコレあと何分!? 何分頑張ればいい感じなのかなぁッ!!」
「いや知らんて!? ハギさんに聞いてよってか俺が聞くちょっとハギさん!! そんなもたないっすよコレどんだけ耐久してりゃ良いんすかねぇッ!!?」
……残している、というわけでは無さそうなものの。
「……という感じかしら。悪いけど、すぐに戻るのは厳しいわね」
『―――成程な。ヒーラーさえ排除出来れば、何とかなるんだな?』
それはそうだが、それが出来ないから困っている……そう口にする前に、雛世は何事かを察して小さく笑みを零した。
「それはもう―――何とかなるし、何とでもするわよ」
『そうか』
こういうとき、勿体ぶるように一拍空けるのは彼の癖だ。
それはつまり、そういう事で―――振り向きたい衝動を堪えた雛世と、ゴルドウと、『誰かさん』を繋いだチャンネルに、ひどく楽しげな声音で指令が下される。
『―――だそうだぞ。暴れてこい』
「―――よっしゃ了解ィッ!!!」
快活な了の声を響かせて、すぐ横を白蒼の軽躯が風のように奔り抜けた。
「おわ、っちょ!!?」
「うわぁっ!?」
示し合わせの暇も無かったというのに。当たり前のように爆炎諸共、間を擦り抜けていった突風に【変幻自在】と【音鎧】がそれぞれに悲鳴を上げて―――
次の瞬間には、『彼』の仕事はもう終わっていた。
『第一ミッションクリアってね―――援軍はいかがですか、雛世さん?』
目にも止まらぬ抜刀から、もしや丸ごと一薙ぎにしたのか。駆け抜けた速度のままにヒーラー部隊を切り捨てた【曲芸師】が、翠刀を鞘へと納めながら妙に芝居がかった台詞を送ってくる。
はて、高揚するとそういうキャラになるのだろうか。よく見れば不敵な笑みを描いている口元から、フードの奥の楽しげな表情が透けて見えるよう。
少々イメージを変えたその様子に、「可愛らしいところもあったのね」などと思わず笑ってしまいながら―――
「―――大歓迎よハル君。一緒に踊りましょうか」
素敵な後輩との共演に声を弾ませて、雛世は己が『魂依器』を抜き放った。
一度データ吹き飛んで冗談抜きに毎日更新が途絶えるところだった。