不穏も不安も不要にて
「―――あぁ、そこから四ブロック先の……そうだ。アイツならまず落とされはしねえだろうが、出来るだけ急いでくれ。後から追加の部隊も向かわせる」
東の戦時拠点、屋外にて。
設営された指揮所の中心―――卓上に広げた戦場マップと顔を突き合わせるゴルドウは、推移を始めた状況に流されるだけを良しとせず。
【総大将】たる金の偉丈夫は、序列持ち各位及び一般プレイヤーの部隊長へと矢継ぎ早に指令を飛ばしていた。
《念話》スキルによって指示を送る口は休めないままに、視線と手振りを駆使して同じく卓上を囲む補佐官達へと情報を伝達。
意図を読み取った彼らが次々と駒を置き、付箋を貼り付けていく事で―――【見識者】手製のマップは、瞬く間に単なる迷路から戦局図へとその姿を変えていく。
「よし……とりあえず急行してくれ、追って指示は出す―――待たせたな雛世、状況はどうだ?」
文字通り、指揮官然としたその姿は……どこか隙があり、妙に愛嬌を感じさせる普段の様子とは別人のようだ。
それはもう―――いつもは無遠慮な序列四位が、慎重に声を掛けるタイミングを見計らうくらいには。
「どんな感じ?」
と、彼が一息ついたところで隣から顔を出せば……上から降ってきた大きな手が、孫でもあやすかのようにミィナの頭をボフボフと撫でる。
「どんなもこんなも……ヘレナの奴、予想以上にド直球で来やがった」
言いつつ空いた片手で示すのは、冠を模した大駒の置かれているマップの三ヶ所。
「囲炉裏、ゲンコツ、雛世―――三人同時襲撃と来たもんだ。しかも、それぞれに序列持ち二人体制の大盤振る舞いだぜ」
逆側から顔を出したリィナの方も構いつつ。ゴルドウがそう状況を説けば、東の双翼はそれぞれに渋い表情を浮かべた。
「うへ……イロリンとゲンちゃんはともかく、雛ちゃん大丈夫?」
「近接系のペアが相手なら、危ない」
一対一なら、早々心配は必要無いだろう。しかし相手が複数で、尚且つ接近戦を強いられる状況ともなれば……如何なイスティアの序列持ちと言えど、中遠距離型の雛世は分が悪い―――
「いや、むしろ雛世だけは何も心配いらん状況だ。近くにいた味方部隊に壁やらせて、滅多撃ちにしてるってよ」
「あっ……」
「南無……」
小さな手で作られた二組の合掌は、果たして『壁』をやらされているイスティアプレイヤー達へ向けられたものか、はたまた【熱視線】の『的』にされている南北の序列持ちへ向けられたものか……
「ゲンコツは……まあ放っといても大丈夫だろ。囲炉裏の方にも助っ人は送った―――だからまあ、不安があるとすれば……」
ゴルドウが指し示し、注目が集まるのは―――迷路エリアの中央部付近。ランナーを表す、羽根飾りの付いた靴の大駒。
「ハル、状況は―――」
◇◆◇◆◇
「―――いまちょっと忙しいんだわぁッ!!!」
大将殿からのコールが届くも、誠に申し訳ないが畏まって応答している余裕も暇もありはしない。
目前に迫った火矢を【輪転の廻盾】を装備した右手で打ち払い、真後ろへ肉薄する気配へ向けて《ウェアールウィンド》を纏った左脚で回し蹴りを叩き込む。
手応えならぬ足応えは確かなもの。しかし迎撃の成果を一々確認している場合ではなく―――ほら、顔を上げた視界一杯に広がるのは、色とりどりの雨霰。
This is 追尾魔法。
推定弾数、沢山。
脳内ロックオンアラート―――常時最大音量ッ!!
「ちょっと皆さん加減ってものをですねぇッ……!!?」
「どの口が言ってんだオラァ!!」
「曲芸師だ!! ぶち転がせぇッ!!」
「墜とせッ! 墜とせぇエエエエエエエッ!!」
「当然のように空飛んでんじゃねえ!!」
「一人だけ空中ジャンプは犯罪だと思いまーすッ!!」
「ニアちゃんとはどういう関係なんだテメェごらぁッ!!!」
圧倒的、暴徒の群れっ……!!
『おいハル、お前さん大丈―――』
「大丈、夫ッ……では、あるんだけ―――どぉおぁッ!!?」
いやキツイキツイキツイ!! 序列持ちとかいう強烈な個は不在にしろ、四柱選抜の精鋭多数による『袋』はダメだって!!
「ゴッサン、悪いッ! 聞いて―――ルアらぁッ!! 聞いてるからッ、そのまま、ご用件をッ……!!」
「くたばれぇッ!!」
「―――ご用件をどうぞォアッ!!!」
目前へ飛び込んできた軽戦士の脳天に踵落としをぶち込み、その場に喚び出した【序説:永朽を謡う楔片】及び【巨人の手斧】を掴み取らずに放置。
落下した軽戦士を追いかけていった数百キロの大得物がダブルでゴシャァ!! とえげつない音を立てるのを他所に、再び隙を狙って放たれた無数の火矢を右の盾で叩き落とせば―――漸くだこの野郎……反撃の時、来たれりィ!!
「廻り拓け―――《盾花水月》ッ!!」
「なんそれ!?」
「ちょ、カッケェ!!」
「それどこ産です!?」
「プレイヤーメイドかなぁ!?」
「良ければ職人さん紹介して―――」
「だぁああああッうるせぇ!! 気が抜けるんだってのッ!!」
上限一杯のカウントを湛えた小盾を胸へ叩き込み、ド派手に光甲の鎧を纏って見せれば―――敵であるはずの南北プレイヤー諸氏、爆盛り上がり。
―――いやもう、本当にね。
一切の気が抜けない、強者揃いってだけではなくてさ……
「行くぞコラご先達ども―――蹂躙の時間だオラァアアアアアアアッッ!!!」
「「「ッシャかかってこいやァアアアアアアッッ!!!」」」
どうにもこうにも、ノリまで最高なもんだから―――こっちもテンション上がっちまうのは、仕方ねえってもんだよなぁ!?
両手に喚び出した小兎刀を握り込み、俺一人に対して当たり前のように陣形を組んで挑み掛かる精鋭部隊へ躊躇なく踏み切る。
序列持ち=ボスエネミーってか?
―――宜しい、期待に違わず存分に暴れてくれようぞ!!
《ブレス・モーメント》起動。正面、側面、頭上に撃ち分けられた弾幕を個人的には『反則』に両足突っ込んでると思しき身体配達スキルで擦り抜け、目前でギョッとした顔を見せている軽戦士を擦れ違いざま三分割。
役目を果たした両手の得物を左右へ放てば、方向転換のために咄嗟に足を止めた両脇のプレイヤーそれぞれの胴体に狙い違わず着弾、
「爆裂兎ォッ!!」
そして腰の鞘から抜きざまに―――握り込んだ右の【兎短刀・刃螺紅楽群】と左の拳を打ち鳴らせば……破砕、響音、炸裂。
腹に埋まった短剣が爆散するという特大の衝撃に片やHPを丸ごと散らし、片や強制硬直で行動不能。そうして前衛の壁を切り拓いた俺の正面には、頬を引き攣らせながらも健気に援護魔法を組み上げている後衛部隊の姿。
目算、十メートルってところかな?
悪いけどそれ、俺にとっては一歩の距離でしかないんだよ。
『纏移』―――踏み切った後から追加速する異常の技により、俺のアバターは瞬く間に僅かな距離を踏み潰して……
数分後。
「あの、ごめん。片付いたから、最初から話してもらって良いか……?」
『………………』
ポツンと俺一人を残した水路は静まり返り―――未だ繋がっているはずの《念話》の向こう側も、それは同じく。
暫しの間、返ってくるのはこれでもかという呆れを湛えた沈黙だけであった。
嗚呼(諦観)