うつろいの兆し
「―――……これは、そういうことかな」
迷路エリアの一区画にて。
歩けど走れど一向に序列持ちとのエンカウントは起こらず……加えて少し前からは、一般プレイヤーによる散発的な襲撃が相次ぐようになっている。
今しがたも南北連合の部隊を切り伏せていた囲炉裏は、周囲に漂う死亡エフェクトの燐光を他所に―――状況の推移を感じ取って、静かに天を仰いだ。
「ゴルドウ」
戦時限定の念話スキルは、主導権が大将に委ねられている。事前に登録した上限三十名からの「呼びかけ」であればシステムが汲み取って伝えてくれるが、こちらから通話を繋げる事は出来ない。
返事が無ければ、手が空いていないという事だが―――
『おう、どうした』
返された声に息をついて、囲炉裏は凍り付いた水路を歩むままに口を開く。
「初めにハルが大虎を落として以降、相手の序列持ちの気配が無い。多分なにか企んでるぞ」
『あぁ、ついさっきゲンからも同じ意見を貰った』
「そうか。雛世は?」
『少し前から、散発的に襲撃されるようになったとよ。それに関してはゲンも同じだが……囲炉裏』
「襲撃ね……俺も同じだよ」
それはまるで……そう、此方の位置を確かめながら、足止めでもするかのように。
「ゴルドウ、ハルはいま何処に―――」
と、予感が膨らむにつれて気掛かりとなるのは、今戦争のキーパーソンとなるであろう青年の所在。果たしてその答えは……総大将の言葉よりも先に、天へと打ち上がった光の柱が示して見せた。
「……そこか」
『……そこだな』
出現演出よりも色濃い破壊演出。つまりそれは、かの曲芸師がまた一本『柱』を圧し折ったという証左であり、
「ハルを拠点に呼び戻した方が良いんじゃないか。予感が正しければ……」
もし南北が『様子見』と『準備』を、既に終えているのだとすれば。
あの光柱は、相手が動き出す狼煙になりかねな―――
「ッ―――!!」
反応出来たのは、会話に掛かりきりにならず警戒を怠っていなかった故のこと。
すぐ背後に湧き出した気配を読み取った囲炉裏が、刀を抜き放った勢いのまま反転すれば―――目前に迫るのは、既視感のあり過ぎる半透明の姿。
薙いだ斬撃に、噛み合うは『刀』。
【蒼刃・白霜】の刃を受け止めたのは……鏡写しの、透き通る刃。
「……相変わらず、気味が悪いな」
顔の存在しない、半透明の自分自身―――ソレを透かしたその先に、通路の角から現れた二人のプレイヤーの姿が見て取れた。
南陣営序列第四位【全自動】―――フジ。
そして同じく第五位【剛断】―――オーリン。
言わずと知れた、【剣ノ女王】アイリスの側近だ。悠々と近付いて来る彼らの様子を見て、囲炉裏は自身の『勘』が正しかったことを確信する。
「まったく……―――邪魔だよ」
ギシりと諸手で刃を押し込んできた写身人形に舌打ちをして、片手一本でその刀を打ち払い―――空いた左手が、空気を裂いて無貌の首を捉えた。
人形の足先が凍り付いた水路から浮き、もがき出す―――
「凍ってろ」
己の姿を写したモノに、そんな無様を晒させる暇は与えない。
右手の『魂依器』が蒼い光を放った瞬間―――人形は真白に凍り付いて、その動きの一切を停止した。
氷像と化したソレを『主』の下へ投げ捨てれば……砕け散って足元に転がった破片へと見向きもせずに、【全自動】は眉を下げて笑んで見せる。
「―――はは……やはり囲炉裏君も、テトラ少年ほどでなくとも相性が悪い。ノコノコひとりで来なくて正解だったね」
「だからって気を抜くなよ。俺だって相性有利って訳じゃないんだからな」
大剣を提げた軽鎧戦士、そして無手にローブ姿の魔法士。どちらも知らぬ仲ではなく、また敵として相対するのも初めてではない。
そして知るが故、囲炉裏は面倒くさいとばかりに苦笑を滲ませた。
「序列七位に、四位と五位が二人掛かりか。VIP待遇で涙が出るね」
「ッハ―――東の対人戦力No.2が、何か言ってるぞフジ」
「あちらも相変わらずの軽口さ。胸を借りるつもりで挑もうじゃないか」
オーリンは大剣を構え、フジが一歩退き……まるで指揮者のように、その両手を振り上げた―――その瞬間。
音も無く周囲に現れた写身人形の数は、五体。
そのどれもが囲炉裏の姿を模しており、皆が一様に彼と同じ刀を構えている。
「………………おい、前まで四体だっただろ」
「僕だってまだまだ停滞したりしないさ。君もそうだろう?」
「当然、俺の方も新技の一つや二つは用意してきたぞ」
半眼で睨む青年に対して、【全自動】と【剛断】は視線鋭く笑みを投げ付ける。
然して、数字だけを見るならば格上と言える相手二人を前にした【護刀】は、
「……まあ、そうだな。それじゃ」
音高く蒼刀で空を裂き、
「俺にも奥の手を切らせるつもりで―――かかって来い」
口端を吊り上げ、ただ嗤った。
めっちゃイスティア。