お姫様の陣営
「―――っはぁ~……うん、まあ前日の夜からとはいえ、心の準備をする余地があっただけマシかなぁ」
「久々だねぇ」
「前、前、前……前回ぶりになるな」
三度前から、彼らの『姫』を大将に据える形で落ち着いていた四柱戦争。
平穏―――というよりは安定を求めての施策だったが……ハマっていたプランニングから逸れる事を余儀なくされた現実を認めて、並んだ面々が溜息を漏らす。
「…………今頃、画面の前で察したつもりになってる連中は『南の勝ち』とか思ってるんだろうねー」
「『連中』は良くないよ。観客だってこの世界を盛り上げるのに必要な存在なんだから、軽く見るのはいただけないかな」
「これは失敬。まあどうせ、いつも通り作戦会議は音声まで拾われないよ」
思わずと言った様子で苦い笑みを零した少年をフジが窘めれば、彼は何処から映しているとも知れない『カメラ』へ向かってヒラヒラと手を振って見せる。
「その小憎たらしい笑顔やめとけ、ファンが増えるぞ」
「小憎たらしいは余計だし、それでファンが増えるってどこ需要なの?」
「クソガキ需要」
「ちょっと話し合おうか?」
じゃれ出す二位と五位を放置して、小さく息をついたヘレナが瞼を持ち上げて視線を動かす―――その慮るような色の先に在るのは、まるで椅子に置かれたお人形のように静かに座るお姫様の姿。
「アイリス、大丈夫ですね?」
「大丈夫。勝つためなら、ちゃんと役目を果たす」
甘く、涼やかな声音―――しかし、感情が伺い知れない薄い言葉。
そうなる以前のアイリスを知る者達は胸中を一様にするが、今更なにか声を掛け合うような仲でもない。彼女が頷いたなら、支えるだけ……いつもの事だ。
「では……今更確認するまでもありませんが、東陣営を相手に真正面から攻め込むだけでは勝機はありません」
「加えて今回は、特級の隠し玉まで引っ提げてきた訳だしな」
「あっちの拠点は今回も、しっかり『二人』が守ってるだろうからねー」
何度となく戦を共にしてきたメンバーだ、認識は共通している。
世間一般が当たり前のように抱いている「【剣ノ女王】が出陣すれば勝利は確実」という認識は、全くもって正しいものではない。
この世界はゲームであり……更に言えば【Arcadia】というゲームは、既存のアナログゲームとは比較にならないほど―――馬鹿馬鹿しいまでの自由度に富んでいる。
自由度=キャラクタービルドの多様性。そして無数のユニークな個が組み合わされることによって生まれる戦略の幅は、まさしく無限大。
単騎で万を屠るプレイヤーが、百の敵に敗れる事もある。
それは仮想世界最強などと呼ばれて久しい、アイリスというプレイヤーにも当て嵌まる世界の摂理だ。
ましてや相手方に百どころではなく、ただ二人でその存在を封殺するに足る手札があるとなれば……実情として、最強の手札を抱える南陣営ソートアルムは、決して『最強の陣営』ではない。
その称号は真実―――ただ一つの陣営で南北と並び立つ、東にこそ相応しい。
プレイヤー達は、理解っている。
だからこそ、
「そうとなれば、取れる手段は限られている……だねぇ?」
「はい。既に北陣営から此方へ使者が向かっている頃です。到着次第、割り当てを決めましょう」
「ひっさびさの悪巧みだねー」
「人聞きが悪いぞ。頭を使って期待に応えるだけだろ」
彼らは期待に応えるために―――守るために、『最強』を演出する。
「アイリス?」
「……ううん、なんでもない」
傷付いても、膝など突かない。
声音が減っても、口は閉ざさない。
笑顔が薄れても、下を向かない。
「ありがとう、みんな―――頑張るね」
彼らは倣い、下など向かない。
誰を支えるため此処に在るかなんて、本当に今更の事だから。
四柱戦争の主役は東だけにあらず、ここから南もガッシガシ描き込んで参ります。
サポ専の西はともかく、北は次章のメインキャストをお待ち頂いて……
短めですね、夜にまたお会いしましょう。